今は目的に向かって羽ばたく
電車で行こうか迷ったけど、楓さんに頼んでヘリを飛ばして貰う。
文字通りの職権濫用だけど、今は兎に角時間が惜しかった。
待ち時間とか渋滞を気にしなければ、こんなにも早く着くのかと驚く。
村へ近付く程に、不思議な現象がある事が分かる。
空を欠片が漂って。
唯一つの場所におりて行く。
ここが翔太の生まれた場所。
風舟村と、駅の看板に書いてあった。
見える所々に風船が飾ってあり、夢の国とまでは言わないけど、別世界に来たような感想を抱く。
翔太から、ここで遭った殺人事件については聞いてない。
言いたく無さそうだったから。
故郷の村で何かがあった。
あたしの中ではそこまでに留まってる。
森林豊かなこの場所で、翔太がどうやって育ったのかは興味があった。
けど、今はそれが目的じゃない。
柳生さんから、聞くべき情報を詳しく聞く。
周辺の画像を印刷したから場所に困る事は無い。
今は少ない人通りの、商店街と思われる場所を通り過ぎると、そこには少し広めの祭り会場と思われる場所があった。
祭り会場だと思ったのは、大きな櫓があったから。
神社だと思ったけど、それらしい鳥居も無かった。
ここから暫く歩いて行けば、目的の場所がある。
翔太が、あたしの隣に引っ越して来たのが12年前。
姉弟2人だけで住んでた事に、当時は尊敬してるだけで疑問は一切無かった。
吉野会。
翔太と優子さんの生い立ちに驚かない訳が無かった。
立ち止まり、辺りを見回す。
目の前にある大きな屋敷。
テレビでもあんまり見た事無いけど、その筋の人が住んでる事がはっきり分かる。
倉田さんが親切に色々と会長の柳生さんに話をしてくれたお陰で、より緊張してしまう。
意を決し、インターホンを押そうとすると、スーツ姿の男の人と目が合ってしまう。
蛇に睨まれた蛙とは、まさにこの事を言うんだろう。
噛みながらも男の人に用件を伝えると、思った以上の優しい声で中に案内される。
和で統一された中はもっと人が多く、こっちを睨まれるものだと思ったら、中に人はあまりいなかった。
そして一番奥の部屋。
日本刀を構える柳生さんがそこにいた。
一刀両断された巻藁。
何をしてたのかが直ぐに分かる光景。
柳生さんから感じる会長としての凄み。
日本刀を収めた柳生さんが、柔らかな笑みをあたしに向ける。
「ようこそ。鮎川由佳さん」
正座で礼をされ、慌てて入って正座する。
「坊ちゃんの事、まずは宜しくお願い致します」
ありがとうございますが上ずってしまう。
けど、目的はもっと詳しい情報。
「本題に入りましょう。私も倉田警視や桜庭さんからお話がありまして、現在会の連中に調べさせております」
もしかしたら、今もその為に動いてる人が多いから、中に人がいないのだろうか。
「組員同士の争いが無い訳ではありません。道を歩いていて偶然会ってしまえば、そこから争いが始まってしまいます」
だとしたら、それが増えてるって事は他の勢力が入って来たって解釈をすれば良いんだろうか。
「それもございます。ですが問題はそこではありません。争いの内訳の殆どが理由無き抗争なのです。そしてその介入勢力の正体が不明な点。この事から私は意味のある抗争ではなく、手当たり次第に因縁をつけて意図的に抗争を引き起こしているのではないかと考えています」
……。
犯罪組織が、障害となる組織の動きを見る為。
多分そう言う事だろう。
「ええ。ですがそのような得体の知れない勢力に、私は心当たりがございません」
……黒の御使い。
意味の分からない行動を起こしてるって事は、人の動きをつぶさに把握する為に違いない。
やり方が黒の御使いそのものだ。
それなら、実際起こってる地域はどこなのか。
日本全国を舞台にした犯罪を考えてるとは思えない。
「地域で申し上げますと、やはり関東地方が多いです。数値が少しずつ増えていると言う情報も、数字だけで見ますとそうなのですが、増える事がおかしいのです」
問題はどの位増えたかじゃなく、増える事が問題。
……考えてみればそうだ。
昔に比べて、純粋に犯罪は減少傾向にある。
凶悪犯罪は特にそう。
あたし達が出会ってるのが奇跡に近い。
それが増えてるって事は。
……気付けなかった。
数字はただの数字だけど、その意味をちゃんと見とけば良かった。
多分、気付けたのはあたしだけだった。
頭を振る。
黒の御使いが実際に動いてるなら。
確かめる方法はある。
その組織の中に、女性がいたかどうか。
阿武隈川愛子と皇桜花。
分かってるだけでも2人いる。
どっちかがいたなら、分かる筈。
「女性がいた話は伺っていませんね……」
分かり易いって思ったけど、簡単に尻尾を見せるとは思ってない。
うーむと悩んでると、柳生さんが納得したように何度も頷く。
「こちらにいらした時の坊ちゃんは、とても内気な方でした」
……そうなんだ。
そんな翔太の想像がつかない。
初めて会った時は初対面だから何も気にしてなかった。
「貴女がいたからなのですね」
にやけないように顔を必死で作るけど、物凄く顔が熱い。
「ありがとうございます」
嘘偽り無いお礼に、あたしは居心地悪いながらも礼をした。
ひったくり事件が起こった事を聞き、警官2人は急いで現場に駆け付けた。
事件によっては捜査を1人で行う場合もあるが、今は刑事が連続で殺害されている為、常に複数での行動を義務付けられていた。
倉田への信頼が絶対的と言って良い程に厚いのは、エリートではない状態からの昇進が話題となっている為。
現場は人通りの少ないコインパーキングのすぐ近くだった。
携帯を握り締め、辺りを見回している女性を直ぐに発見し、駆けつける。
犯人の特徴、逃走経路、聞き込みを効率良く行う上で、チームプレーが必須となる。
しかし、いざ聞き込みを開始しようと思った矢先、警官は異変を感じる。
女性が急に真顔になったから。
「ごめんなさいね」
背後から来る2人の黒服が素早く警官のこめかみを貫く。
防刃ベストの着用を義務付けられていたにも関わらず、いとも簡単に犯行を完遂してしまう。
「次。行きましょう」
携帯を捨て、警察を呼んだ女性、阿武隈川愛子は素早く去って行った。
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