ついつい作りすぎちゃうお隣さん
山田 マイク
第1話 田畑さん
ピンポーン。
午後7時。
自宅に帰って飯を食い終わり、スマホでまったりYouTubeを見ているとインターホンが鳴った。
アポなしで人が来るなんて珍しいな、すわ新聞の押し売りや宗教の勧誘か何かかと警戒したが、扉を開けると綺麗な女の人が立っていた。
「夜分にすいません、ちょっとおかず、作りすぎちゃって」
女性は笑顔を作り、タッパーを差し出した。
「お口に合うか分かりませんが、よろしかったら」
「ああ、どうも。いいんですか」
「はい。一人暮らしなので、余っても食べきれないので」
「ありがとうございます」
「タッパーは食べたら外にでも出しておいてください」
それでは、と言って、女性は帰っていった。
あれは確か、ひと月ほど前に隣に引っ越してきた女性だ。
引っ越しの時にちらっと見ただけだったが、すごい美人だったからよく覚えている。
確か、田畑さん。
しかし――と、俺はタッパーを見た。
思わずにやけてしまう。
古いテレビドラマなんかではよくあったが、こういうことって本当にあるんだな。
俺はリビングに持って帰り、冷蔵庫からビールを持ってきた。
匂いや色味からして、中身はたぶん肉じゃがだ。
もうご飯は食べちゃったけど、ありがたく頂戴しよう。
§
ピンポーン。
一週間後。
午後7時。
ベッドの上でゴロゴロしながらYouTubeを見ていると、インターホンが鳴った。
どうせ新聞の勧誘だろうから、面倒だし居留守を使おうかと思った。
――が、先週のことを思い出して起きあがった。
もしかしたら、と思ったのだ。
「すいません、ちょっと作りすぎちゃって」
田畑さんだった。
今度は陶器のお皿にケーキを置き、その上にラップをかけたものを持っている。
「よろしかったらどうかと思いまして」
「マジですか。ありがとうございます」
「甘いもの、平気ですか?」
「はい、大好物です」
「よかった」
「あ、この間は肉じゃが、ありがとうございました」
「いえいえ。お口に合いましたか」
「めちゃくちゃ美味しかったです」
「よかった」
田畑さんは満面の笑みを浮かべて言うと、帰っていった。
また来てくれた。
扉が閉まると、俺はガッツポーズをした。
正直、嬉しくなった。
あんな綺麗な人と会話が出来るだけでも嬉しいのに、ケーキまで食える。
俺はリビングに取って返し、インスタントコーヒーを入れた。
ケーキはものすごく美味しかった。
あの人、スイーツも作れるんだ。
Ж
ピンポーン。
一週間後。
午後7時、トイレでYouTubeを見ていると、インターホンが鳴った。
田畑さんだ。
とっさにそう思った俺は、すぐにトイレを切り上げて手を洗い、扉を開けた。
「すいません、作りすぎちゃって」
田畑さんは手にマフラーを持っていた。
「よろしかったら、どうかと思いまして」
「え? それ、田畑さんが作ったんですか?」
「はい。私、手芸が趣味で。夢中で練習してたら、いつの間にかたくさん出来てて」
「あはは。すごい集中力っすね」
「奥村さん、よろしかったらどうかと思って」
「ありがとうございます。まだまだ寒いですから、助かります」
「よかった」
田畑さんはそう言うと、扉を閉めようとした。
俺はそれを遮り、切り出した。
「あ、あの」
「はい?」
「なんか、いつももらってばかりで悪いので、何かお礼をさせていただけませんか」
「お礼?」
「ああいや、なんか、欲しいものとかあれば、お返ししようかなと」
「いえいえ。いいんですよ。ほんと、余っているだけですから」
田畑さんはそう言うと、さっさと帰ってしまった。
扉が閉まると、俺は頭をがりがりと掻いた。
しまった。
焦りすぎたか。
俺はリビングに取って返し、さっそくマフラーを首に巻いた。
それを鏡で見てみる。
とても手編みとは思えない。
すごくよく出来てる。
なにより、とても暖かい。
明日から、これを巻いて会社に行こう。
§
一週間後。
午後7時。
俺はそわそわしていた。
そろそろ来る頃だ。
いや、来るとは限らないが、来るならもうすぐのはず。
俺は長細い箱を持って待ち受けていた。
箱の中にはトトロのマグカップが入っている。
女性に何をプレゼントすれば喜ぶのかよく分からないけど――ジブリなら無難だろう。
あまり高いものあげるのも不自然だし、コップなら邪魔にもならないだろうし。
お裾分けのお礼としては順当のはず。
俺はコホンと空咳をした。
少し緊張していた。
正直言うと、俺はちょっと期待していた。
もしかして、これは“運命の出会い”という奴ではないのだろうか。
田畑さんは、これまで彼女を作ったことのない俺に舞い降りたチャンスなんじゃないだろうか。
というより――
田畑さんは、俺のことがちょっと好きなんじゃないか。
だって、普通こんなにお裾分けを持ってくるか?
なんとも思っていない男に、マフラーまで編んで来るか?
お裾分けと言うのはただの口実で――実は俺に合うためにわざと作りすぎてるんじゃないのか?
だって、一度や二度じゃないんだ。
先週で3度目。
今週来たら――期待してもいいんじゃないだろうか。
ピンポーン。
心臓が止まるかと思った。
俺はゆっくりと深呼吸をしてから、玄関へ向かった。
「すいません、作りすぎちゃって」
田畑さんは大きめのラジコンを持っていた。
「奥村さん、男の人だから好きかなと思って」
「あ、あの、それ、ラジコンですか?」
「はい」
「えっと……それを、田畑さんが作ったんですか?」
「はい。最近、ちょっとプラモデルとかそういうの作るのに凝ってて」
「す、すごいっすね」
「もしかして、迷惑ですか?」
「い、いえいえ、僕、結構車とか好きなんで」
思わず嘘を吐いてしまう。
「よかった」
田畑さんは天使みたいに笑うと、ラジコンを俺に手渡してきた。
この笑顔を見ると、変な人だなとか、そういう雑念はすべて消し飛んだ。
「あ、これ、いつももらってばかりで悪いんで、お礼です」
帰ろうとする田畑さんを呼び止め、プレゼントを渡した。
あらあら、と田畑さんは目を丸くした。
「なんだかすいません。気を使わせちゃって」
「いえいえ。ほんと、助かってるんで」
「そうですか。そう言って頂けると、嬉しいです」
失礼します、と言って田畑さんは帰っていった。
リビングに戻り、俺はテーブルにラジコンを置いた。
その前で腕を組み考えた。
これ、完全に俺に気があるよな?
だって、普通に考えておかしい。
なんだよ、ラジコンを作りすぎるって。
こんなもん、作りすぎるようなもんじゃないよ。
つまり、これは不器用な田畑さんからのアプローチなんだ。
俺が好きそうなものを選んで、わざわざ買ってきてくれたのだ。
そうとしか考えられない。
俺は嬉しくなって、ベッドに飛び込んだ。
それからふとんの上でゴロゴロと転がった。
人生で一度もモテたことがない俺に、ついにチャンスが巡ってきた。
ありがとう神様。
俺、絶対にこのチャンスをモノにするよ。
§
一週間後。
午後7時。
俺はスーツを着て、花束を持ち、扉の前に立っていた。
今日は、彼女を食事に誘おうと思う。
いや、デートとかそういうんじゃないんだ。
お礼。
あくまでお礼に誘うだけ。
ピンポーン、とインターホンが鳴った。
扉を開けると、田畑さんはなんかものすごい武器を持っていた。
「すいません、ちょっと
俺は思わず持っていた花束を落とした。
「な、なんスか、それ」
「これですか? これはアーサー王が国を治めるのに使っていたジークフリートという大剣と、ベーオウルフがドラゴンを殺すときに使ったネイリングと言う武器を合成させた合成武器です」
「は、はあ」
「実は私、鍛冶・鍛造が趣味なんです。夢中になっていろんな伝説の武器を合成してたら余っちゃって」
「ご、合成?」
「あ、もしかしてご迷惑でした?」
田畑さんは不安そうに眉を下げた。
「い、いえいえ」
俺は反射的にぶんぶんと首を振った。
「ちょ、ちょうど武器が足りなかったんで助かります」
「よかった」
田畑さんはそれだけ言うと、さっさと帰っていった。
俺はリビングに帰り、くそ重たいその武器を机にどさりと置いた。
物々しい刀身が光り、鍔の辺りには恐ろしい鉤爪がついてある。
これ――本物なんだろうか。
俺はキッチンからまな板を持ってきて、刃に当ててみた。
すると――ほとんど手ごたえがなく、それは真っ二つに切れた。
俺はごくりと喉を鳴らした。
田畑さん――一体、何者なんだ。
§
一週間後。
午後7時。
俺は決意と共に玄関の前で立っていた。
今度は、彼女は何を持ってくるのか。
楽しみよりも、恐怖の方が勝っていた。
あの剣は毛布でぐるぐる巻きにして押し入れの奥に隠してある。
多分、警察に見つかったら銃刀法違反で逮捕される。
あんなものをくれるなんて普通じゃない。
今日は何を持ってきても、受け取らない。
ピンポーン、とインターホン。
扉を開けると、彼女は大きな水槽のようなものを胸に抱えていた。
「すいません、ちょっと
水槽の中には、見たこともない生物が蠢いていた。
頭に大きな角が生えていて、体はヌメヌメとヌメっていて軟体生物のようだ。
背中には虫のような薄く透けた羽が生えている。
耳を澄ますと、ソイツはプギュルプギュルと鳴いていた。
「な――なんですか、これ」
「実は私、錬金術が趣味で。ホムンクルスを
「ホ、ホムンクルス?」
「あ、もしかして生き物とか駄目な人ですか?」
「い、いや、そういう問題では」
「……ごめんなさい。そうですよね。いきなりこんなものを持って来られても困りますよね」
上目使いでそう言い、目をウルウルさせる。
死ぬほど可愛い。
「そんなことはないッス」
と、俺はキリッとカッコイイ顔になって言った。
「一人暮らしなんで、実はちょうどペットが欲しいなって思ってたんです」
「よかった」
田畑さんは女神のように笑った。
「その子、ホムンクルスのホムちゃんって言います。エサは生きたコオロギとヤモリが好物です。可愛がってあげてくださいね。あ、うっかりすると指を食いちぎられるかもしれないんで、ご飯をあげるときは注意してくださいね」
田畑さんはそう言うと帰っていった。
§
プギュルプギュル。
ホムちゃんが気味の悪い鳴き声で鳴いている。
何をやっているんだ俺は。
ベッドに腰かけて頭を抱える。
先週の俺は、どうしてあんな化け物を受け取ってしまったんだ。
ピンポーン。
インターホンが鳴った。
俺はふとんに潜り込み、もう出ないぞと耳を塞いだ。
だが。
田畑さんの天使のような顔が思い浮かぶ。
あの子、俺のことが嫌いなわけじゃないはず。
そして俺が、あんな美人の女の子と仲良くなれるチャンスなんて、今を逃したら二度とない。
それに、ここまで来て諦めたら、ホムちゃんを飼ってきた意味がないというものだ。
――やるしかねえ。
俺はベッドから起きだし、ずんずんと歩いた。
変人でも変態でもいい。
俺は田畑さんに――告白する。
扉を開けると、田畑さんは何やら“紫色の空間”を持っていた。
「すいません、ちょっと
“空間”の中には、蒼く美しい天体が浮いていた。
まるで――地球のミニチュアだ。
「こ、これ、なんですか」
「私、
「そ、それ、宇宙なんすか?」
「はい。今のところ、約5兆個の天体がこの中に生まれてます。地球に似てるものもいくつかありますよ」
「そ、そうっすか」
「あ……もしかして、迷惑でした? 宇宙なんて」
「い――」
俺は言葉に詰まった。
さすがに予想外すぎる。
まさか宇宙を
こんなもの、さすがに不用意にいるとは言えない――
「やっぱり、要らないんだ」
田畑さんは目を伏せ、悲しそうに呟いた。
「ごめんなさい。人の迷惑も考えずに。そうですよね。創生(つく)りすぎちゃったからって、なんでもかんでもあげるなんて節操がなさすぎますよね――」
「要ります!」
俺は言った。
「要ります! ちょうど神様ごっこしたいと思ってたんです。だから、手頃な宇宙ねーかなって思ってて」
「そうですか。よかった」
田畑さんは満面の笑顔を言い、それじゃあ、と扉を閉めようとした。
「ちょっと待ってください」
俺は思い切って言った。
「はい?」
「あの」
「なんでしょうか」
「あの! 実は、ずっと田畑さんのことが好きでした! 俺と――俺と、付き合ってくれませんか!」
田畑さんは驚いたように目を丸くした。
それから顔を耳まで赤くして――
はい、と頷いた。
「あ、あの、嬉しいです。私も、奥村さんのこと、ちょっといいなって思ってて。でも、私、恋愛とかよく分かんなくって」
「そ、そうだったんだ」
「はい。不器用で、ごめんなさい」
「そんなことないって」
「あの……不束者ですが、よろしくお願いします、奥村さん」
「あ、俺のことはコウタって呼んでよ」
「……はい。では、今日から、私とコウタさんは彼氏と彼女ということで」
「うん!」
「では、また」
田畑さんはそう言うと、扉を閉めようとする。
「あの」
「はい?」
「あ、上がっていかない? その、ホムちゃんもいるし」
「いえ。今日は私、ちょっと仕事が忙しくて」
「そ、そうなんだ」
「ごめんなさい」
「いやいや、こっちこそごめん。じゃあ、今度、空いてる時間はいつかな?」
「来週のこの時間なら」
「わかった。じゃあ、またこの時間に」
「はいっ」
「ところで、田畑さんって、何の仕事してるの?」
「私ですか?」
田畑さんは自分を指さし、こう言った。
「一応、
§
一年後。
午後7時。
俺はだいぶ大きくなったホムちゃんを胸に抱きながら、YouTubeを見ていた。
そろそろ彼女が来る時間だ。
ピンポーン、とインターホンが鳴る。
案の定、いつものぴったりの時間。
俺はホムちゃんを抱いたまま、はーい、と言いながら玄関へと向かった。
すると扉の向こうから、俺の彼女の声が聞こえてきた。
「ごめーん。またちょっと
ついつい作りすぎちゃうお隣さん 山田 マイク @maiku-yamada
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