第64話 辞令


 そして翌日の朝、出勤前に病院へいってみる。

昨日よりは顔色いいかな?


「おっす」


「おっす。来てくれたんだ、待ってたよ」


 何か期待するかのような眼差しで俺を見てくる。


「ほら、これ持ってきた」


 雅は袋をあさり、ベッドに備え付けられたテーブルに置き始める。


「そうそう、これが一番欲しかったの! さすが純平、私の事よく知ってるね」


 取り出されたのは耳かきと爪切り。

俺も昔入院したことがあったけど、これが欲しかった。


「まーなー。ほら、これも読んでみてくれ、良い暇つぶしになるよ」


「ありがとう。これ食べる?」


 出てきたのはカットされたリンゴ。


「これは?」


「朝食の残り」


「折角だからいただこうかな」


 雅と半分にしてリンゴを食べる。

本当だったらここに先輩もいるはずなんだけどな……。


「じゃ、俺仕事だからもう行くよ」


「うん。お仕事頑張ってね」


「おうよ。一社会人として頑張って来るさ」


 雅に見送られ、俺は廊下を歩く。

早く退院できるといいな。

また時間があったらお見舞いにこようっと!


――


 そんな日が続き、雅の退院の日がやってきた。

本来は親が来る予定だったが、雅のご両親と何度か病室で俺と鉢合わせ。


 病室で何度か話す事もあり、すっかり仲良くなってしまった。

そして、退院の日は俺が雅を実家まで送る事になる。

ま、一回行った事あるから別にいいけどさ。


 季節も春から夏に変わり、今年入ってきた新入社員もみんな頑張っている。

既に何人が退職してしまったが、しょうがない。

理想と現実の差は実際にしてみないと分からないしね。


 世間では夏休み。だが、俺には夏休みが無い。

成瀬さんも一緒に講義室に缶詰だ。


「片岡さん、忙しいですよね?」


「んー、まー、それなりに」


「今年の夏は何か予定あるんですか?」


「特に無いかな」


「良かったら花火見に行きません?」


 花火か。

去年はなんだかんだで見に行かなかったし、今年は見に行こうかな。


「二人で?」


「仕事終わってからなので、みんなで行こうかなって」


 何となく成瀬さんに気を使われている気がうする。

二人だとちょっとね……。


「みんなで花火を見るのもいいかもね。幹事を任せても?」


「もちろん」


 成瀬さんが幹事となり、夏にみんなで花火を見に行くことになった。

夏祭りに打ち上げ花火。

きっと楽しいくなるんだろうな。


 そんなある日。


「片岡君、ちょっと会議室にいいかな?」


 俺を呼び出したのは人事部長。

何だろう? まさか首って事は無いよね?


 広めの会議室に俺と部長。

なんだろ、最近真面目に仕事しているし、それなりに頑張っている。

へまは……、たまにしかない。


「あの、俺なにかしましたか?」


「あー、そんなに緊張しないで。社員になってからも仕事頑張っているみたいだね」


「はい、頑張ってます!」


「突然なんだが、辞令が出た。秋から本社に行ってほしい」


 はい? 本社? え? 転勤?


「転勤ですか?」


「そうなるね。また、こっちに戻ってくると思うけど、今一番片岡君の力を伸ばしたいんだ。行ってくれるね?」


 本社。いつかは来ると思った転勤。

この地を離れる事になるのか……。


 ここではいろんなことがあった。

大学のメンバーもまだいるし、馴れた土地を離れるのは少し寂しい。

でも、俺の人生は俺が作り、自分の力で進んでいかないと。


「分かりました。頑張ってきます」


「ありがとう。まだ、この事は内密にね」


 転勤か……。

雅も先輩も来年には就職する。

優希や北川、大原、細村ともさよならか。

ま、みんな就職したらバラバラだし、いつか来る時が必ずある。


 たまたま俺が先にいなくなるだけだ。

残りの期間、悔いのないようにがんばらないとな。


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