47 「あなたと幼なじみってだけでもイヤなのに!」「あわわ」
乱入劇の幕は下りた。
敗北した五人の傭兵は、高屋敷家のSS、黒服たちによって引き取られた。氷上零が連絡してくれたようだ。「ブタのお守りも大変だな」と声をかけると、「おしごとだから」という簡潔な答え。たまに口を開くと可愛いな、こいつ。
美術部員たちへの説明も黒服が行ってくれた。「これは高屋敷家が、帝皇戦の余興のために用意している寸劇です」「練習に付き合ってくださってありがとうございました」。部員たちはみんな「そんなわけないやろ……」みたいな顔をしていたけれど、誰も異論を挟まなかった。高屋敷家が白いと言えばカラスも白いのだ。
さて――。
肝心のブタさんはというと。
「……カズ……」
ケリがついた後も、ぷるぷる震えていた。俺をにらみつけている。いよいよ自分で戦うつもりか? ならば受けて立つ。動物愛護団体や畜産農家から非難されても、しばき倒す準備がある。
「カズ。アンタの本心、わかったわ」
暑苦しい顔を近づけてた。
やるか? やんのか? 言っておくが俺はお前を女と思っていない。男女平等パンチならぬ男ブタ平等キックが炸裂するぞ?
「カズってば、カズってば――やっぱりアタシのこと、チョー☆絶☆愛しちゃってるのね!!!!」
…………。
…………こいつ、ついに妄想と現実の区別がつかなくなって…………。
「だってだって、アタシの絵をあーんな大事そうに抱えて戦うなんて! よっぽど気に入ってくれたのねッ!! だったら言ってくれればいいのに! 本物をいくらでも見せてあげるわよ♥ ……ああでも駄目! これ、OKって意味じゃないから。一線は越えちゃだめ! 結婚するまで清い体でいましょ?」
「…………」
クネクネしながら頬を赤らめるな。鬱陶しい。
ていうか。
俺、お前の絵を思いっきり弾よけにしてたんだけど……。
ブタさんズアイにはそんな風に映っていたのか。
勝ち誇るブタさんは、戦いの衝撃覚めやらぬましろ先輩に言い放った。
「可哀想に。アンタってば、アタシたちの仲を深めるダシにされちゃったわね。ラブコメでいう当て馬ヒロインってやつ? アワレwww 負け犬www すべり台決っ定www」
ひとりで滑ってろや。
まぁいい。ブタの解釈に首を突っこもうとは思わない。夢を見るのは勝手だ。こっちが付き合う義理はないが。
ひとり満足して帰っていったブタさん。
黒服たちも撤収し、部員たちも帰宅して――。
部室に残されたのは、俺とましろ先輩、そして荒田興二の3人だけになった。
「…………」
荒田は未だショックから立ち直れないようだ。
素人同然と侮っていた俺に絵で負けて、さらに超常バトルを目の当たりにしてしまった。オリンピックを期待される拳闘士(ボクサー)として、己の「強さ」には並ならぬ自信があっただろう。その鼻をへし折られたのだ。おまけに名字まで変えて媚びたブタさんは自分を置いてさっさと帰っていった。すでに用済み。もうブタが興味を示すことはないだろう。
床に膝をつき、うなだれているその横顔からは、魂が抜けているようだった。
「コウちゃん……」
そんな幼なじみを見つめるましろ先輩の胸中は、複雑だろう。
元来、優しい少女(ひと)である。
俺は彼女に絶縁を勧めたけれど、そう簡単に断ち切れるものじゃないのはわかってる。幼なじみ。そう簡単になかったことにはできない。人間、すぐには変われない。俺が絶縁できたからといって、他人もそうできるとは限らない。人にはそれぞれ事情があり、背負うものがあるのだから。
「先輩。俺はこれで帰ります」
立ち尽くす先輩の肩を叩いた。
「かず、くんっ……」
彼女は切なげなまなざしで俺を見上げた。置いていかないで、ひとりにしないで、とその目が語っている。
こんな可愛い先輩を、俺だって置いて行きたくはない。このまま連れて帰ってしまいたい。
だけど――。
「これからどうするかは、先輩次第です」
「あたし、次第?」
「そうです。こればっかりは誰にも口出しできません。先輩の自由にしてください」
「自由って言われても……」
先輩は迷うようにまつげを伏せた。
「ですよね」
俺は微笑みかけた。
「自由って、良いことばかりじゃない。リスクだってある。今日みたいにわけのわからない戦いに巻き込まれることもある。命が惜しいなら、黙って飼われるままっていうのもひとつの生き方です。その方が賢いかもしれません」
だけど――。
「俺は、それでも自由が好きです。自由な人が好きです」
「……!」
「俺に絵を教えてくれて、ありがとうございました」
お礼の言葉とともに、頭を下げた。
心から感謝していると、こんな風に自然と頭が低くなるんだな――。
◆
ましろ先輩とその幼なじみを残して、部室を出た。
もう話す機会はないかもしれない。
一緒に絵を描くこともないだろう。
ちょっぴり寂しいけれど――それもしかたがない。
心の中で、もう一度礼を言った。
ありがとう。
可愛い先輩。
ほんのひととき、俺に「普通の部活」を味わわせてくれて――ありがとう。
◆
翌日の昼休み。
今日のランチは、地下書庫で甘音ちゃんと。
声優業で忙しいなか、彼女が作ってくれた特製の鮭バターおにぎりをいただいている。前に「美味しい」と言ったら、しょっちゅう作ってきてくれるようになった。食費が浮いて助かるけど、甘音ちゃんのファンが聞いたら怒り狂うだろうな……。
「じゃあ、結局美術部には入らなかったんですね」
「ああ」
今朝、部長のところへ挨拶に行った。入部しないことを告げると、あからさまにホッとした顔をしていた。昨日みたいなことがあれば当然の反応……なんだけど、ちょっと傷つく。
やっぱり俺、「普通」は無理なのかな……。
ちなみに、部員がブタさんから受け取った一億のワイロは全員返還したらしい。絵の勝負はうやむやになってしまったし、さすがに受け取れないと思ったのだろう。
「涼華会長には悪いことしたよ。せっかく部活を勧めてくれたのに」
「いいじゃないですか。部活なんかしなくって。一緒にいられる時間、減っちゃいます」
なんて言いながら、甘音ちゃんは俺の左腕を引き寄せて密着してきた。
「そんなんされたら、おにぎり食べにくいんだけど」
「だってだって、最近全然『和真ぱわー』が足りてなかったんだもん。花火大会も、結局邪魔が入っちゃいましたし」
ぴたっ、と俺の肩に肩を寄せて。
髪から漂う甘い香りが鼻をくすぐり、唇から漏れる甘い声が耳をくすぐる。
「だから、ね? 和真くん……」
「しょうがないな」
そんな潤んだ目で見つめられると、弱い。
口の中のおにぎりを呑み込んでから、彼女の顎を持ち上げて――。
「おじゃましまーす!」
唐突に地下書庫の扉が開いた。
入ってきたのは、ふわふわ綿菓子みたいな髪の美少女。
ほんわかとした笑みを浮かべる彼女の名は――。
「ましろ先輩?」
「はいっ、ましろですよー」
にこにこしながら歩み寄ると、密着していた俺と甘音ちゃんをぐいと分け入るように離した。
「どうしてここへ?」
「美術部、辞めてきたの!」
……え?
「あ、でも絵を描くのはやめないよ? フリーの立場で、帝皇戦の展覧会に出品するつもり。で、その絵のモデルに和真くんになってもらおうと思って!」
そう言いながら、先輩は持ってきた画材入れを広げ始める。
「昨日の勝負では、かずくんがあたしの絵を描いてくれたでしょ? だから今度は、あたしがあなたの絵を描こうって思って」
「……はは、なるほど」
それが、先輩の選んだ道ってわけだ。
再びドアが開いた。
今度は荒田興二である。血相を変えている。俺や甘音ちゃんには目もくれず、もつれる足でましろ先輩のところへ駆け寄った。
「まっ、ましろ待ってくれ! 美術部辞めるってマジかよ!?」
「わ。荒田くん、情報はやいね。もう知ってたんだ?」
答えながら、先輩は画材を準備する手を休めない。てきぱき進めていく。
「あ、荒田ってなんだよ? やめろよ他人行儀な! 俺たち幼なじみだろ!? なあっ」
いっぽうの荒田は必死である。大の男が媚びるような声を出して、小柄な少女にすがりついている。
「もう、あなたの絵は手伝えない。これからは自分の力で頑張って」
「ふ、ふざけるなよっ!! お前が描かなくなったら、オレの〝武芸両道の天才〟って名前はどうなるんだよ!?」
結局、この男の本音はそれだった。
そんな情けない男を、ましろ先輩はじっと見つめた。
はあっ、とため息を吐き出して、それから言った。
「もうつきまとわないで。あなたと幼なじみってだけでも嫌なのにっ!」
地下書庫の湿った空気が浄化されるかと思うほど、清廉な声。
清々しいまでの〝絶縁〟であった。
言われた幼なじみ君のほうは「ああ、オレもだよ」なんて返しはしなかった。みっともなく床に尻餅をついて、「あぅ、あぅ、ああぅぅぅう」と赤ちゃんみたいな声を発しながら痙攣していた。
哀れな彼の肩を掴んで、立たせてやった。
「聞きましたか先輩。あなたは絶縁されたんです」
「あわわ、あわわわわわわわわわ」
「このうえは、スポーツマンらしく潔い退場を。お帰りはあちらです」
扉を指し示してやると、とぼとぼと歩き出した。
出て行く時、未練がましくましろ先輩を振り返ったが――もう、彼女は別れた幼なじみのことなど気にも留めず、真っ白なキャンパスに向かい合っていた。
これにて一件落着。
めでたし、めでたし――。
「いやいやいやいやいや!! ちょ、ちょっと待ってください!」
と、異論を挟んだのは甘音ちゃん。
悠々とスケッチを始めたましろ先輩に食ってかかった。
「勝手に入ってこられちゃ困ります先輩っ。ここはわたしと彼のお部屋なんですから!」
……え、そうだったの?
しかし、ましろ先輩はまったく動じない。なんだか一皮むけたみたいだ。堂々としている。
「じゃあ、これからは三人のお部屋ってことで!」
「そっそんなのおかしいでしょ?」
「もう決めたもーんっ。ね、かずくーんっ」
ぎゅっ、と俺の腕を引き寄せる。
甘音ちゃんはそれを見て絶句した後、天井を仰いで叫んだ。
「ああんもおおお!! またライバルが増えてますうううううううううううっっ!!」
……はは。
なんか、ますます俺の周りが修羅場になってる気がするけれど。
まぁ、これも自由の代償ってやつ……なのだろうか?
その時、みたび扉が開いた。
入ってきたのは、銀髪の生徒会長こと、胡蝶涼華さん。
二人の女の子に両サイドを挟まれている俺を見て、こめかみをひくつかせている。
「和真君……。私、部活に入れとは勧めたけど、新しい女の子をゲットしてこいと言った覚えはないわよ?」
「いや、これは別にそういうつもりじゃ」
なんて言ってはみたものの、甘音ちゃんもましろ先輩も、俺の腕をぎゅっと掴んだまま離そうとはしなくって。
我ながら、説得力皆無。
「部長から話は聞いたわ。美術部でも大変な〝ご活躍〟だったそうね?」
「……すみませんでした」
素直に謝った。この人には俺を責める権利がある。
先輩は首を振った。
「既存の部活を勧めたのがそもそもの間違いだったかもしれないわね。貴方を枠にはめようとしても、無駄なのに」
次に彼女が言い放った言葉は――意外なものだった。
「もう、こうなったら最後の手段よ。オリジナルの部活を、自分たちで作りましょう」
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