46 ブタをもってブタを制す
美術室はしんと静まりかえった。
恐怖で声も出せない美術部員たち。
泡を吹いて気絶している荒田。
俺の背中でぶるぶる震えているましろ先輩。
ほとんどの人間が声を発することができない状態だが、ブタだけが例外である。
「コロセ!! コロセ!! そのブスコロセエエエエエ!! あああああもうううううううむっかつくうううううううアタシのカズをよくもよくもよくも!!! 怒りが臨海学校おおおおおおおおおおおおおおおお!!」
コサックダンスのように地団駄を踏みながら、猛り狂っている。いちいち踊るなよ鬱陶しい。
護衛の氷上零が下がるように手振りしても聞かない。自分でましろ先輩を絞め殺しに行きそうな気配である。
まぁ、そんな豚(こと)より――。
俺が対処すべきは、銃を構えた四人の傭兵たち。
さらに、向かいの校舎にはライフルを持った狙撃手が俺を狙っているはずだ。
五つの銃 VS 一人。
普通なら勝ち目はない。俺だけならさっさと白旗を上げて投降するところだ。
だが、今回は守るべき人がいる。
ありとあらゆる手を使って、この場を切り抜けて見せる。
「おい。そこのお前」
一番ノッポの男に声をかけた。
「とぼけるなよ。お前がリーダーだろう?」
目出し帽から見える青い目が微かに瞬いた。何故わかったのかと言いたげだ。
さっき舌打ちしたのはこいつだ。そこからカマをかけたのだが、どうやら図星だったらしい。運は俺に向いているようだ。
「さっきの狙撃、何故外れたと思う?」
「……」
男は無言で銃を構えている。その狙いはぴったり、俺の足元に向けられている。もし妙なマネをすれば撃ち抜くつもりだろう。
「答えは簡単。事前にお前らのフォーメーションを知っていたからだ。あの狙撃手は俺の内通者だからな」
ハッ、と口元が歪むのが見えた。
見え透いたウソを言うガキめ――そんな顔である。俺(ターゲット)の情報は事前に知らされているのだろうが、何しろ見た目は陰キャそのものだから、警戒が薄れても無理はない。
そこが付け目だ。
駆け出す。
泡を吹いて倒れている荒田興二のところまで駆け寄って、その隣に落ちている絵を拾い上げる。
ブタの絵だ。
俺にとっては醜悪なラクガキだが――やつらにとってはどうか?
高屋敷家令嬢、今をときめく超人気声優、この学園一の権力者の絵である。
それを、印籠のように四人の前にかざした。
一瞬、やつらが怯んだ表情を見せる。
なかなかの忠誠心だ。
高屋敷家の権力は、無頼の傭兵たちの間にも轟いているらしい。馬鹿馬鹿しいことだが、今日だけは感謝しておこう。
奴らが怯んだそのスキをついて、跳躍――。
ましろ先輩と傭兵たちを結ぶ直線を遮るように、やつらが撃つより一瞬速く、俺は天井近くまで跳び上がった。
銃撃をかわすためのジャンプ――それを、そのまま攻撃につなげる。
跳び蹴り!!
「っぐ!!」
一人目を蹴る。
そいつのみぞおちを踏み台にしてもう一度跳んで二人目も蹴る、さらに踏み台にして三人目も――蹴る!!
「ガッ」
「ァッ!?」
声にならない悲鳴が傭兵どもから漏れる。
空中を跳びながら一瞬にして倒してのけたが、問題はここからだ。
最後の一人、青い目の男が冷静に銃を構えている。徒に撃たず、タイミングを計っている。俺が着地した瞬間の無防備に合わせて発砲する気だ。
そして――外からも殺気!
準備室に潜むスナイパーがこちらに狙いを付ける気配がある。見えないが、わかる。うなじがチリチリするこの感覚、命を狙われているのだ。もう、ブタの命令など頭にない。ブタの絵やましろ先輩ごと俺を撃ち殺すつもりだ。
最初からこの戦術を取られていたら、俺の命などなかった。
だが――もう、遅い。
遅いんだよ。
「――――ッッ!?」
勝利を確信していた青い目が、驚きにカッと見開かれる。
俺の姿に驚いている。
左手にブタの絵を盾として持ち、そして右手には――一本の長杖を持っている。
ただの杖ではない。
仕込み杖。
白木拵えの鞘を抜き放てば、そこから現われるのはギラリと輝く白銀の刃。
その名は〝孤狼〟。
俺の愛刀である。
こいつを、美術室の天井にあらかじめくくりつけておいた。
跳躍したのは、三人を倒すと同時に、こいつを手にするためだ。
お前らが引き金を引くより、俺が相棒(こいつ)を振るうほうが――速い!!
「ウッ!?」
男が構えていたグロック19の銃身を真っ二つに切断する。綺麗に輪切りにする。こうなったらもう飴玉だって撃てやしない。
お次は外だ。
射撃の角度はさっきと同じ。すでに頭に入っている。そして狙うのは俺の足。ならば弾丸の軌道は――ここだ。
斬る――のではなく、逸らす。
弾丸の軌道を「川の流れ」のようなイメージで捉え、その流れにそっと棹を差すような感覚で優しく差し出す。
対銃の極意「斬弾」。
猛スピードで跳ぶ弾丸はとてもデリケートだ。ほんの少しの加減で軌道が逸れる。
だから、強く打ち返すのではなく、そっと撫でるような感覚。
相棒に優しく愛撫されたライフル弾は、俺のはるか後方――壁に飾られた偉大な画家達の肖像画に着弾した。
同時に、反撃。
俺は鞘をやり投げのように放り投げる。今の射撃で開いた窓の穴を通すように、ヒュッ、と素早く放る。向かい側の準備室でライフルを構えていた男の額に命中、悲鳴がこちらまで聞こえた。
倒れている四人から、念のため銃を奪う。
すべてを終えて――ようやく俺は、ましろ先輩に微笑みかけた。
「もう大丈夫ですよ、先輩」
「何が大丈夫なの!??!?!?!!」
…………。
めちゃくちゃ驚いていた。
ていうか、ドン引きされていた。
他の部員も似たようなものだ。口をぱくぱくさせながら、俺のことを信じられないバケモノでも見る目で見ている。
……まぁ、そりゃそうだよな。
絵で勝負だ! とか言ってたらいきなり銃撃戦だもの。
でもまぁ、これがブタさんクオリティと思ってもらうしかないかな――。
「お、おおお、おまえ、ななな、なんなんだよ?」
いつのまにか、荒田興二が目を覚ましていた。
腰が抜けているようで、立ち上がることはできない。青ざめた顔で口だけを動かしている。
「て、てめえ、なんなんだ? 何者なんだ!? ただの陰キャじゃないのかよ!?」
ふむ。
問われたならば、答えよう。
最後くらい、格好をつけさせてくれ――。
「俺は、絶縁者(ノーブランド)」
ただひとり、この学園の理(ことわり)から外れた男だ。
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