35 天才達に混じれば俺も〝普通〟になれるという完璧な理屈



 翌日の朝である。


 晴れ渡る青空の下、通学路途中にある公園の入り口で待っていると、流線型を白銀色で彩るスポーツカーが横付けされた。


 運転席のウインドウが開き、銀髪の帰国子女が笑顔を覗かせる。


「ごきげんよう、和真君。会いたかったわ」


 胡蝶涼華(こちょう・すずか)会長。


 クルマで迎えに来るというから、運転手つきのリムジンか何かかと思いきや、まさかまさかの自分で運転。


「おはようございます。免許持ってたんですね」

「まあね。どう? このクルマ」

「会長と同じ髪の色で、かっこいいです」

「ん。90点。かっこいいじゃなくて『会長綺麗です』だったら、100点だったわ」


 生徒会長は微笑を浮かべた。まぁ、赤点ではなかったようだ。


 俺が助手席に乗り込むと、先輩はクルマを発進させた。ぐいぐいスピードを出して、あっという間に公園が見えなくなる。見かけによらずスピード狂のようだ。


「ところで先輩。『天才会議』ってなんですか?」


 昨日のメッセージのことを俺は尋ねた。


「その名の通り、学園が認めた天才だけが出席を許される会議よ。議題は様々だけど、今回は秋に迫った〝帝皇戦(ていこうせん)〟についてね」

「帝皇戦?」

「一年の貴方は、知らないわよね」


 赤信号で停車した。横断歩道を渡るサラリーマンがまずクルマに見惚れ、次に運転手が制服姿の美少女であることに目を丸く見開いた。


 道行く人々の注目を集めながら、美貌の生徒会長は会話を続けた。


「私立・皇神(こうじん)学院との対抗戦のことよ。学問・スポーツ・格闘技・芸能などなど、あらゆる分野で激突して勝敗を決めるの」

「皇神学院っていうと、あの皇神グループが運営している学校ですよね」

「そう。帝開グループの、宿命のライバルよ」


 皇神グループとは、帝開グループに負けずとも劣らない規模を持つ大企業群である。帝開と同じく旧財閥系の流れを組み、そのライバル関係は江戸時代にまで遡るという。


「皇神が相手じゃ、御前(ごぜん)――高屋敷理事長が血眼になってそうですね」

「ええ。みっともない負け方をした生徒には、罰が与えられることもあるわ。逆に功績を残せば、奨学金の名目で莫大な賞金が出たり」


 信号が青になり、クルマが発進した。


「そんな大事な対抗戦について決める会議に、俺が? どう考えても出る幕じゃないと思いますが」

「十分、参加資格があると思っているわ。あのバッジ制度を叩き潰した貴方の知略を、天才たちに認めさせるチャンスよ」


 学園の建物が見えてきた。


 五つもあるグラウンドの近くを通りがかると、そこには炎天下で汗を流す部員たちの姿がある。校舎からは吹奏楽部の楽器の音や演劇部の発声練習が聞こえてくる。夏休みとは思えない活気だった。


「みんな、帝皇戦に向けて燃えてるのよ」


 そんな彼らに、涼華会長が向けるまなざしは優しい。


 毎朝毎朝、人知れずグラウンドの石を拾っている姿が、その横顔に重なった。


「お願い。和真君。私を救ってくれたあの力を――みんなに貸して頂戴」







 帝開学園には、巨大な地下フロアがある――。


 噂には聞いていたが、足を踏み入れるのは初めてだった。


 昇降口近くの一階エレベーターに乗り込むと、会長は自分の指紋を装置にかざした。液晶パネルに見たこともない表示が浮かび上がり、エレベーターが静かに下降を始める。


「すごいな。秘密基地みたいだ」

「ちょっと、わくわくするでしょう?」


 会長の言う通り、なんだか昔のロボットアニメみたいで「男の子」の心をくすぐるものがある。


「学園が認めた天才しか、足を踏み入れられない場所よ」

「天才、か……」


 その時、ひとつの考えが浮かんだ。


 俺の目的は「普通」の学園生活を送ることだ。


 しかし、ブタさんの婿候補として洗脳(きょういく)されてきたため、なかなか普通のことができない。


 甘音ちゃんや鮎川先生に教えを請うて、「普通」は引き続き学んでいくとして――別の方策も考えておいた方が良い。


 自分を目立たなくする方法だ。


 学園が誇る天才たちの端っこにいれば、俺は目立たなくなるのでは? 木を隠すには森の中――とはちょっと違うが、すさまじい才能を持った人々の中にまぎれてしまえば、俺の存在なんて誰も気にしなくなる。


「いいですね、天才会議。ぜひ参加したいです」

「どうしたの? 急に」


 地下5階でエレベーターを下りると、そこは黒い無機質な壁と床に覆われた部屋だった。かなり広い。普通の教室の4倍、いや6倍くらいはあるだろう。


 間接照明が点る薄暗い空間、その中央に円卓があった。


 7人の男女が着席している。


 7つの視線が俺を鋭く射抜いた。



「おい胡蝶。なんだそいつは」


 3年生らしき男が不機嫌な声を出した。


 7人の中でもっとも老け顔。長い髪をちょんまげのように結っていて、サムライ――いや「野武士」の風格。


 鞘に入った刀を椅子の横に置いている。模造刀の類いではないことは、その質感でわかる。


「〝剣の天才〟。剣持凶二(けんもち・きょうじ)よ」


 会長が小声で説明してくれた。


 ふむ。確かになかなかの殺気である。それなりの場数を踏んでいるのだろう。あの空手3バカやネズミ程度なら相手にもならない。「超高校級」って感じ。


 剣道なら、多分勝てるやつは高校生にいないんじゃないか?


 剣「術」ではなく、剣「道」なら。


「一年生だな? 見るからに弱っちい感じだが、何者だ?」

「昨夜メッセージを送ったでしょう? 彼が鈴木和真君よ」


 剣持は無精髭が伸びた顎をさすりながら、俺をにらみつけた。


「冗談だろ胡蝶。そんなひ弱なやつをオレたちの仲間に入れろってか?」

「彼の取り柄は腕っぷしではなく、知略よ。あのバッチ制度を叩き潰したのは彼。知ってるでしょう?」

「はん。余計なことしやがって。オレはあの制度、賛成だったのによ」


 刀を持ち、剣持は立ち上がった。


 ゆっくりと近づいてくる。


 見事な足運びだが――わずかに足音がする。重心の移動が甘いのだ。あれでは、横から足を掛けられただけで簡単に転ぶ。師匠ならきっと「30点」と言うだろう。赤点である。「足音立てずにお屋敷の外苑を百周して来なさ~いっ」とか言われるパターンだ。


 気持ちに、技術が追いついてない。


 これで「剣の天才」か。


 …………。


 ……これは、ひょっとして、意外に大変かもしれないぞ……。


「おい、一年坊主」


 他の天才たちが見守るなか、剣持は刀を抜いた。


「オレから一本でも取ったら、天才会議の見習いにしてやる。構えろ」


 ……えーと……。


「はは、安心しろ。殺しゃしねえよ」



 ……どうしよう。



 殺さないようにできるだろうか?

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