29 邪悪なる胎動 of 幼馴染み



「その女の子、誰ですか? ずいぶん、親しそうですけど」


 甘音(あまね)ちゃんが放った質問に、どう答えたものか。


 鮎川本人が答えてくれれば楽でいいのだが――ダメだこりゃ。完全にフリーズしている。俺が来た時もそうだったが、よほどここでバイトしてるのを知られたくないらしい。


 一方の甘音ちゃんは、このメイドさんが鮎川彩加(あゆかわ・あやか)とは気づいてないようだ。


 ダンス部の有名人だから、甘音ちゃんも顔くらい知っていると思うのだが、ギャル制服とは似ても似つかないフリフリの衣装と下ろした髪のせいでわからないのだろう。


 ならば、俺が答えるべきは――。


「バイトの先輩だよ。今日が初日だから、いろいろ教えてもらってる」

「……そうでしたか」


 甘音ちゃんは、むうっと頬をふくらませた。


 あれ? 回答、間違えたかな……。


「ほら、先輩。ここは俺に任せて休憩行ってくださいよ」


 立ち尽くしている鮎川の肩を叩いた。


 鮎川はロボットみたいに頷いて、そそくさとバックヤードへ消えていった。


「それじゃあ甘音ちゃん。こちらの席へどうぞ」

「はぁい」


 席に案内して、彼女が好きなクリームソーダを持っていった。クリーム山盛りてんこ盛り。鮎川に叱られるかもだが、このくらいは許してもらおう。


「和真くん、タキシード似合いますね! 本物の執事さんみたい!」

「格好だけだよ」

「そうかなあ。立ち居振る舞いとか、すっごく本物っぽいですよ!」


 本物の執事見たことあるのかな? と思ったが、突っこまないでおこう。


「今日はこれから収録なんです。その前に、和真くんの顔を見てパワーをもらおうと思って」

「忙しそうだね」

「はい! レギュラー三本も決まったんですよ! チョイ役ですけど」


 声優業は極めて順調のようだ。あのブタの事務所を抜けてから、幸運続きだな。


「ところで胡蝶会長はもう来ました?」

「いや、まだ」

「えへへ。じゃあわたしがいっちばーん! ですねっ!」


 あいかわらず、胡蝶涼華(こちょう・すずか)会長にライバル心を燃やしているようだ。仲良くしてくれた方が助かるんだが。


「じゃあ、瑠亜さんは来ました?」

「ブタさん? いや、来てないよ。バイトすることも教えてないし」


 何故話す必要があるのか。


 俺たちしかいない店内で、甘音ちゃんは声を潜めた。


「事務所の人が教えてくれた話なんですけど、瑠亜さん、2週間オフなんですって。いっさい仕事入れてないって」

「へー」


 そのまま俺の周りからもテイク・オフしてくれないだろうか。


「あれだけの売れっ子さんが長期休暇なんて、珍しいから。また変なことを企んでるのかも知れません。気をつけてくださいね」


 今まで酷い目に遭わされてきた彼女だから、その忠告には真剣味があった。


「ありがとう。気をつけるよ」


 メロンソーダを飲み干して、ついでにキスもねだって(おでこで勘弁してもらった)、甘音ちゃんはパワー満タンで収録現場へと向かっていった。







「よっ、チャラ男」


 グラスを片付けて振り向くと、鮎川が腕組みして立っていた。


「あれ、声優の皆瀬甘音でしょ? あんたと付き合ってるって噂、ホントなんだ」

「付き合ってない」

「嘘ばっか。あのコ、あんたにガチ惚れじゃん」

「どうしてわかる?」

「さっき、あーしが誰か聞いてたでしょ? あれは『どういう関係か』って意味っしょ? 超妬いてたよあれ。怖っ」


 なるほど。あのふくれっ面は、そういう意味か。


「仲良くはしてるよ。でも彼氏彼女ってわけじゃない。そういう手続きは踏んでない」

「なんで? 踏めばいいじゃん」

「慣れてないんだ」


 鮎川は呆れたようにため息をついた。


「あんな可愛くて、しかも声優やってる子が彼女だったら鼻たかーいじゃん。どうして付き合わないの?」

「誰かに自慢するために、女の子を好きになったりしたくない」


 それでは、アクセサリーにしているのと同じだ。


「なによ、かっこいいこと言って。男なんてみんな、女の子をアクセサリーとしか思ってないじゃん」

「そうかな」


 もし俺に彼女ができたら、見せびらかしたりせず、ひたすら大事にしてやりたい。


 だが、鮎川の恋愛観は違うようだ。


「あの浅野だってそう。花火大会に一人で行くのが恥ずかしいからって、あーしに声かけて。一番の瑠亜にフラレたから順番に声かけてるだけなのよ。そんなん誰が行くかっての!」

「そういえば、鮎川には大学生の彼氏がいるんだったな」


 彼女はぎくりと頬を強張らせた。


「そ、そうよ? 同い年の男なんかキョーミないし。最低限、クルマは持ってないとさぁ」

「すごいな」


 心の底から感心した。


「え、何がすごいの?」

「大人だなと思って。彼女すらいたことがない俺から見れば、恋愛の達人だよ」

「そ、それは…………ま、まぁね! あーしくらい経験豊富なオンナになると、もうフツーの男じゃ満足できないってゆーかっ!」


 胸をどんと叩いた。強く叩きすぎて、ゴホゴホ咳き込んだ。可愛いなオイ。


「俺は、その『フツーの男』になりたいんだがな」

「あんたが? 難しいんじゃないの~? 帝開の普通ってレベル高いしっ。でもま、見どころないわけじゃないし、頑張りなさい」

「了解です。先輩」

「えへへ。よろしいっ後輩クン!」



 機嫌の良い時と悪い時の差が激しくて、ちょっと疲れる部分もあるが――悪いやつじゃないよな。



 夏休みのアルバイト、楽しくなってきた。







【ほぼ毎日投稿】るあ姫様が斬る!~わきまえなさいッ~

チャンネル登録者数112万人


『おっはこんばんちわーっす♪』

『いろんなアニメで声優やってます! るあ姫こと、高屋敷瑠亜です!』


『あのねー、瑠亜ねー、夏休みとったんだあ。二週間ガッツリ』

『しばらくお爺さまと一緒にのんびりしようと思って~。アタシから誘ったげたの』

『お爺さまったら、アタシのこと大好きだからさぁ。もーはしゃいじゃってw 血圧あがらないか心配www』


『でね、その代わり、お爺さまにはワガママ聞いてもらったんだぁ』

『高屋敷家のシークレットサービスから、選りすぐりのツワモノをるあに貸して♪ って』

『元自衛官とか、傭兵さんとか、あとなんかよくわからん特殊部隊? のヒトとか、いろいろいるのー』

『なかにはちょーっとガラの悪いのもいるみたいだけど。ま、強ければ問題ナイよねっ♪』


『で、そいつらで何するかってゆうと――』


『もちろん、例の〝女友達〟をガードしてもらうの!!』


『彼女、『カズコ』ってゆうんだけどね?』

『カズコったら、めちゃめちゃモテるくせに、自分の魅力に無自覚でさあ』

『悪い虫がたくさん寄ってきて、もー、見ててハラハラしちゃう!』


『夏休みって、いろいろと誘惑が多い季節でしょ?』

『だから、そのツワモノたちにカズコを護ってもらうの!』


『アタシに出来るのはこのくらいだけどっ。なんにもできないんだけどっ』

『やっぱ、大切な幼なじみのこと、護ってあげたいからっ。おめめきらきらっ♥』




『……思い知るといいわ……アタシのカズに手ぇ出したら……どうなるか……』

『…………甘音でも涼華でも……他の誰だろうと……ユルスマジ……』




『ってなわけで、夏を満喫ちうの瑠亜ちゃんでしたー!』

『まったねーい!』




【コメント欄 1054】

ババムーチョ・1分前

姫さまが元気になってよかった~!


るあ様のしもべ5号・1分前

おじいちゃん想いの瑠亜姫、尊い


ドドールコッフィー・1分前

幼なじみLOVEのるあちゃん、てえてえ……てえてえよぉ……


真実の使徒・1分前

カズって、女の子だったんだ! なっとく!


さざんかさんさん・1分前

護衛って大げさすぎない?


香港・1分前

なんか最近、独り言多くね?



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