第123話 盗賊の臭い

「先生、相談があります」


 授業が終わったミニアが男子生徒に話し掛けられた。

 まさか告白じゃないよね。


「うーん。これから私は授業に出ないといけないの。学生だからね」

「そんな」

「そうよ。ホムン、出番です」

「なんだ」


 俺は黒板を拭きながら答えた。


「この人の相談を聞いてやって」

「暇だから聞いてやるよ。話せ」


 告白だったら人柄によってはキューピッドになってもいいな。


「あの笑わないって約束してくれますか」

「うん、笑わない」

なまっていて魔法が発動しないんです」


 なんだ魔法の相談かよ。

 少しがっくり。


「聞いたところ大丈夫そうだが」

「それが特定の発音ができないんです」

「ここでは危ないから、訓練場に行くぞ」


 訓練場に場所を移して相談を再開した。


「魔法を撃ってみろ」

「はい。シラニシ「ストップ」」

「最初の文字はヒだ」

「それが発音出来ないんです」

「人が歩いている。言ってみろ」

「しとが歩いている」


 おう、地方によってはこんな訛りもあるんだな。

 『ヒラニシ』の魔法語を使わなければいいのか。

 なら、こんなイメージはどうだろう。


int main(int argc)

{

 fire_ball_test();

}


 えっと詠唱は『ニミカ・モチニミゆニミカ・チスキソよ・が・ハニスイろコチリリろカイトカゆよレ・む』だな。

 『ヒ』は入ってないはずだ


「よし、俺に続けて詠唱しろ。ニミカ・モチニミゆニミカ・チスキソよ・が・ハニスイろコチリリろカイトカゆよレ・む」


 俺はゴーレムなので火の玉は出ない。


「ニミカ・モチニミゆニミカ・チスキソよ・が・ハニスイろコチリリろカイトカゆよレ・む。やった、ファイヤーボールが撃てた」

「良かったな。冒頭部分が『ヒラニシ・モチニミゆヒラニシよ』だった場合は『ニミカ・モチニミゆニミカ・チスキソよ』に変えれば問題ないはずだ」

「ありがとうございます」

「ただな誘導弾は撃てないぞ。『ヒ』が誘導部分にどうしても入る」

「それは諦めてます。一流の魔法使いにはなれないですから」


「呪文翻訳学にかなり興味が出てきました。ちなみに今のはどう翻訳するのですか」


 『返答期待する 主よ(注文数受け取る) { 火、玉、試験(); }』と空中に文字を出した。


「なるほど。勉強になります」

「これからも呪文翻訳学をよろしくな」

「はい」


 男子生徒を見送って俺はダッセンの所に行った。

 カウンターでダッセンを呼び出す。


「またあんたか。俺は忙しい」

「さっき『ヒ』が『シ』になる生徒がいたんだが、どこの出身だ」

「そんなの生徒に直接聞けよ」

「地方の人間って出身を隠したがる奴もいるから」

「その気遣いを俺にも発揮してくれ。たぶんダタン地方だな」

「ところで暇なんだが、何か面白い話はないか」

「俺は忙しいってのに。そんなに暇なら従魔小屋でも見物に行けよ。癒されるって女生徒に人気のスポットらしい」

「おう、行ってみる。ありがとよ」


 従魔小屋に行くと人気はなかった。

 今は授業中だもんな。

 ドラゴンの臭いが染み付いているゴーレムに近寄ってくる奴はいない。

 そう言えばゴーレムの頭に入っているティを最近かまってやってないな。

 まあスライムは人になれたりしないけど。

 ティを取り出し、手に持って撫でた。


 嫌がる素振りも懐いた様子もない。


「可愛いですね」


 ピンク色の髪のメイリーンだった。

 授業の合間なのかな。


「メイリーンさん、だったよな」

「はい、ホムンさん」

「何か用か。相談事なら乗るぞ」

「スライムと感覚共有しているって聞いたのですが、どうやるんです」

「普通に感覚共有しているだけだが、俺の脳みそは特別製らしい。なにせ今まで食った食事は全て覚えている」

「ちっ、これだから天才は……」


 メイリーンが何か呟いた。


「なんか言ったか」

「才能があってうらやましいといったんです」

「努力の方が俺は凄いと思う」

「神様が何か一つ魔法を教えてくれるとしたら、何が良いですか」

「そうだな。絶対防御かな」

「枯れてますね。男の子なら透明人間とか透視とか言いそうですが」

「俺は百歳を越えているからそれは要らないな」

「要ちゅ……」


 また何か言ったな。


「私はそうですね。魅了がほしいと思います」

「隷属魔法があるだろう」

「男を骨抜きにするって素敵だと思いません」

「俺が女を魅了してもな」

「そうですね。おじいちゃんですもんね。少しお喋りが過ぎました。もう行きます」


 なんか第一印象とかなり違うな。

 なんか毒のある感じがしたな。

 色っぽい話が出たが俺を誘惑するつもりだったのかな。

 分からん。

 とにかくミニアに警告せねば。

 ミニアと伝言魔法をやり取りして位置を確かめた。


「メイリーンには注意しておいた方が良い」


 ミニアは教室で次の授業に向う準備をしていたので俺は話し掛けた。


「そんな事。カフェでセラリーナがトイレに立った時に、盗賊の臭いがするって言っちゃった」

「そんな事、言ったのか」

「彼女顔を青くして、すぐに帰ったよ」


 盗賊の臭いねぇ。

 盗賊と暮らしてきたミニアの言う事だから間違いないと思う。

 それともどこかの暗部の人間かな。

 表向きは生徒として生活しているのだから、警備兵に突き出す訳にもいかないな。

 何かあったら考えよう。

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