第29話 追跡訓練

「おい、お前ら。追跡訓練だ。ヒュージムースを追ってもらう。ミニア、お前からだ」


 教官の言にミニアは頷く。

 追跡ね。

 普通なら足跡とか木や草をかじった跡とか排泄物で判断するんだろうけど。

 ミニアには俺が居る。

 ドラゴンの嗅覚を舐めてもらっては困る。

 一度かいだ事のある臭いなら犬並みの鼻で追跡できる。

 それで今回の目標のヒュージムースってのは大きな角が特徴の5メートルもある大鹿だ。

 仕留めるのなら角を使った突進とかに気をつけないといけない。

 まあ、ドラゴンには関係ないがな。


 四足でゆっくりと追跡を開始した。

 むっ、この臭いはヒュージムースとフォレストウルフが混ざってやがる。

 伝言魔法でミニアにその事を伝える。


「フォレストウルフいる」


 ミニアは教官にその事を伝えた。


「戦闘なしでやり過ごせ」

「了解」


 オーダーは気づかれずにやり過ごすと。

 ここでフォレストウルフが去るまでじっとしているってのも一つの案だ。

 しかし、それじゃあ面白くない。

 フォレストウルフは目があまり良くないので探知はもっぱら嗅覚頼りだろう。

 臭いを消す手だな。

 魔法の出番だ。


 今回使うのは洗浄の魔法。

 有りそうなんだが、まだ知らない。

 この魔法は俺のオリジナルだ。


 イメージは。


void main(void)

{

 MAGIC *mp; /*魔法定義*/

 char orbit[100]; /*軌道データ*/

 mp=water_ball_make(1000); /*水玉生成*/

 bind_move(mp); /*水玉で拘束*/

 magic_straight(mp,orbit,100); /*水玉を前に飛ばす軌道に*/

 magic_move(mp,orbit,100); /*飛ばす*/

}


 この魔法は水の玉を作りそれを体に絡みつかせる。

 そして水を最後に一メートル飛ばす。

 なんて事のない魔法だ。

 この魔法では1000の魔力で88センチの水球を出している。

 人一人洗うのなら充分だ。

 俺、俺は洗わないよ。

 ドラゴンの臭いがしたからといってフォレストウルフが喧嘩を売ってくるとは考えにくい。

 教習生全員と教官を洗って、ヒュージムースの追跡を続行する。


 ヒュージムースの臭いが段々強くなる。

 人間でも目視できる位置まで接近した。

 その時スリングで教官が小石を投げる。

 小石はヒュージムースの尻に当たり、驚いたヒュージムースは一目散に逃げて行った。


「合格だ。お前らに言っておくこの方法は他の者には出来ない。みんなは独自の工夫を考えるんだ」


 教官は教習生に少し運動して汗をかかせた。

 臭いを復活させて挑めということなんだろう。

 男だけの挑戦者パーティが課題に取り掛かる。

 男達は地面に何かを探していた。

 見つけたみたいだ。

 草の汁を体に塗りたくる。

 臭い消しなのだろう。

 さてと、お手並み拝見。


 運の良い事に他の魔獣には出会わなかった。

 だが、最後でミスをした。

 風上に立ってしまったのだ。

 ヒュージムースが草を噛んでいた所には何も居なかった。

 草を食べられた跡が残るだけだった。


「ここまでだな。草の汁の工夫は良い。だが、鼻の良い奴はそれでも誤魔化せない。もっと工夫しろ」


 次のパーティは男女二人ずつの四人パーティだった。

 体に香水のような物を振り掛けてから課題に望んだ。

 臭い消しのポーションか。

 そんな物もあるんだな。

 このパーティは運の悪い事にキラービーのテリトリーに踏み込んでしまった。

 虫の探知は臭いより目だ。


 俺はミニアを背に乗せたまま静かにテリトリーの外に出る。

 蜂ぐらいなんともないが、これは彼等の課題だ。

 ちょっかいはいけない。


「ファイヤーウォールを張るわ。ヒラニシ・モチニミゆヒラニシよ・が・

モチキニソ・けモセレ・

モセほハニスイろテチリリろモチノイゆヌワワよレ・

モチキニソろトセスイチシゆモセネヌワルワよレ・

カニモイろテチニカゆオワワけヌワワよレ・む」


 一メートルある炎の盾が出たと思ったら十倍に広がった。

 ふむ、拡大というよりは薄く伸ばしたと見るべきか。


 魔法のイメージは。


void main(void)

{

 MAGIC *mp; /*魔法定義*/

 mp=fire_wall_make(100); /*炎の壁を作る*/

 magic_spread(mp,10.0); /*十倍に薄く伸ばす*/

 time_wait(600*100); /*十分待つ*/

}


 こんな感じだと思う。

 戦闘はというと炎の壁に接近する事を躊躇したキラービーは弓とスリングによる攻撃で数を減らしていく。

 炎の壁を回り込めばいいのにキラービーは慌てているだけだ。

 虫の知能なんてそんなものだろう。

 でもこんな事をしているとターゲットのヒュージムースが逃げるぞ。


 キラービーを討ち取り追跡を続行するがヒュージムースの影も形もない。

 俺の鼻にも反応がないぐらい遠くに逃げてしまった。

 森に生きる者は煙の臭いに敏感だ。

 山火事は恐いからな。


「どうする、降参するか。別のヒュージムースを追跡するのでも良いぞ」

「魔力に余力はありますが。少し消耗しました。万全のコンディションで望むべきだと考えました。降参です」


 教官の問いにパーティリーダーが答える。


「正しい判断だ。少しでも不安があるなら狩りは中断した方が良い。引き際を間違うと自滅する」


 そう教官はレクチャーした。


 次のパーティは斥候の格好をした者が三人のパーティだった。

 こいつらは成功しそうだな。

 頭巾で顔を隠しているから表情は見えないが、余裕たっぷりなのだろう。


 このパーティは手際よくヒュージムースの痕跡を探し当てると、小声で魔法を作動させた。


「ヒラニシ・モチニミゆヒラニシよ・が・

トントカイモゆふチカカスニコ・れク・トソラナカルコラシンふよレ・む」


 俺の耳には呪文がはっきり聞き取れた。

 おお、認識されなくなったぞ。

 認識阻害って奴か。


 魔法のイメージはこんなだな。


void main(void)

{

 system("attrib +H トソラナカ.body"); /*体の属性を隠し属性に*/

}


 短くて便利そうな魔法だ。

 しかし、足音は誤魔化せない。

 それでも訓練を積んでいるのだろう。

 他の人間の足音とは雲泥の差だ。

 ほとんど足音を立てない。

 教官は騙されることなく一定距離で彼らを追跡している。

 教習生はパーティが見えないので教官の後ろを大人しくついていく。

 俺はなんと赤外線の目って奴があるのだ。

 まじドラゴン万能。

 パーティを邪魔しない様に足音を消してついていく。

 途中何度か魔獣には出会ったが斥候三人組は魔法のおかげでやり過ごした。

 魔獣は教官が呻き声すら上げさせずに剣で一突き。

 ミニアに始末しろと伝言魔法が飛んできたので俺が丸呑みした。

 僅かに零れた血に教官が粉を振りかける。

 臭い消しなのだろうな。

 さすが教官、隙がない。


 獲物が見える位置まで斥候が到達した。

 教官がスリングで石を飛ばす。


「課題は成功だ。お前ら姿を現して良いぞ」


「ヒラニシ・モチニミゆヒラニシよ・が・

トントカイモゆふチカカスニコ・ホク・トソラナカルコラシンふよレ・む」


 教官の言葉を聞いて斥候が認識除外を解除する魔法を小声で唱える。

 ふむ、イメージの『+H』の所が『-H』になっただけか。


 でも新しい呪文が手に入るのは嬉しい事だ。

 実りある追跡訓練だった。

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