『自殺公社』

やましん(テンパー)

『自殺公社』 (前編、後編二部)

 『自殺の自由』が国民の権利として認められたのは、10年前でした。


 人類は、『宇宙ごき』との戦いに、初戦の勝利はつかの間で、結局は、あえなく、敗れたのです。

 

 『宇宙ごき』は、直ちに、人類の絶滅を図ろうとしましたが、そこに立ちはだかったのが、『地球ごき』だったのです。


 人類は、即座の絶滅をまぬがれ、生活を続けることが許されたのでありました。


 しかし、生活域は、地球の10分の1程度の面積に限られました。


 次第に、死者は増加し、出生は減少しました。


 いずれ、地球は『宇宙ごき』に支配されるようになることは、誰の目にも明らかでした。


 『地球ごき』は、なんとなく、同族のよしみで、やっと、人類を延命させたのではありますが、『宇宙ごき』に、まともに対抗することは、やはり、できなかったのであります。


 『宇宙ごき』は、からだが、人間と同じくらいあります。


 科学技術は、あちらが上です。


 もっとも、航宙技術では、はるかに、宇宙ごきがすぐれてはいましたが、軍事力は大差ではなく、わりと、きわどかったのでしたが。


 どちらかと言うと、人類の、作戦負けでした。


 彼らがばらまいた細菌に、勝てなかったのです。


 繁殖力の差も、ありましたし。


 宇宙ごきの繁殖力は、絶大だったのですから。


 ただ、人類が、びっくりしたのは、むしろ、『地球ごき』について、だったのです。


 人類が思っていたより、はるかに、すすんでいたのですから。


 ただ、やましんさんだけは、地下の、『のらねこ女王』のお店に出入りしていたので、実状は掴んでおりました。


 だから、『宇宙ごき』の侵略攻撃の時も、『ごき大将』の手引きで、安全な場所に、奥さまと、隠れていました。


 ただ、やましんさんは、その事実を知りながら、隠していた自分に耐えられなくなり、ついに、自決を決意し、ある日、『自殺公社』にでむいたのです。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 『自殺公社』(正式には、『人類が個人的判断により、生存の断念を決意した場合に、その支援をするための公社』)は、深い山と、海に切り立った崖に挟まれた、絶好の地にあります。


 ある意味、『憧れの場所』にたてられたわけです。


 これは、我が国独自の美学に基づく、公共政策でありました。


 さまざまな、自決用のシステムが、そろっていたのであります。


 最初から、すべて、決めてきている人もあります。

 

 もちろん、希望すれば、まずは見学という道もありますし、また、最後の瞬間まで、翻意は可能とされておりました。


 しかし、国民性から言えば、それは、いかにも、未練なことでありましたので、何もしないで、決意を変えて、帰ってゆくのは、やや、恥ずかしいことでした。


 もちろん、本来は、自殺を防止すべき、公共機関が、自殺の援助を行うなど、かつては、有り得ないことでした。(その前は、似たことをやっていた時期もありましたが、それは、戦争という、特殊な時代だったからだと、主張するごきの学者さんも、ありました。)


 しかし、時代は変わったのであります。


 人類は、もう、一番ではなくなりました。


 二番ですら、ない。


 『地球ごき』より、ずっと、下になったのです。


 『宇宙ごき』に使われる人間も、かなりおりました。


 そのほうが、良い生活が出来たからです。


 しかし、そんな世の中に、耐えられなくなり、自決する人類が増加したのは、これもまた、やむを得ないことでした。


 『ごき大将』は、誇り高き人類に、恥をかかせるには忍びないと、さまざま、『宇宙ごき』に申し入れしてきていましたが、なかなか、力及ばず、だったのです。


 まあ、つまるところ、『自殺公社』は、妥協の産物だったのです。



 で、やましんさんは、いま、まさに、受付をしようと、していました。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 『見学はなさいますか?それとも、直行便がよろしいですか?』


 受付の、白衣の女性に、まずは、尋ねられました。


 『みなさん、どうなさいますかな?』


 やましんさんは、尋ね返しました。


 『冥土の土産として、全部見学なさいますかたが、多いですよ。そのほうが、最終的に、方法を選ぶには、よいようです。』


 『じゃ、そうします。』


 『では、まず、身分証明書を。…………はい。受付終了です。』


 『はや! それだけ?』


 『はいー。他に何かありますか?』


 『いや、志望動機とか、聞かれるかと。』


 『いえいえ、そのような、野暮はいたしません。細かいことは、見学しながら決めて行きます。では、案内担当が参りますまで、そちらのソファーに、どうぞ。』


 『あ、はい。』


 ゆったりとした、広いエントランス・ホールです。 


 高い丸い天井には、さまざまな様式の、天使や、楽隊、神々が描かれていました。



 ドヴォルザークさまの、『新世界交響曲』の第二楽章が、ゆるゆる、流れています。


 『ああ、よく聞いたものだなあ。これが最後か。まあ、言い出したら、きりがないなあ。』


 やましんさんは、呟きました。


 『ほんとは、しべ先生の、『第六番』を、ぼくのお葬式で使って欲しかったけど、そういう世の中では、なくなったからなあ〰️〰️。』


 少し哀しい雰囲気になりかけた、やましんさんです。


  ・・・・・・・・・・・・・・・・


 『お待たせしましたあ。』


 そこに、場違いなくらいの、明るい声が聞こえました。


 それは、なんと、『のらねこ女王』でした。


 『なんで、ここに?』


 やましんさんは、びっくりして、言いました。


 『アルバイトです。にゃんこ。お店だけでは、やってけなくて。にゃん。』


 『はあ。』


 『まあ、どうぞ。あたくしが、ご案内いたします。タイミングが合って良かったにゃんこです。』


 『はあ。』


 いまや、人間は、にゃんより、立場が弱くなっているのです。


 そりゃまあ、ごきより、下なんですから。


 『さあ、元気よく、あるきましょう。しょぼしょぼあるかない。』


 のらねこ女王=ねこママが言ったのであります。


 『としよりなんだ。』

 

 『いいえ、まだまだです。いまから、大事なこと、言いますから、よく聞いてください。あたしは、あなたを、生きたまま連れ帰るように、ごき大将から、言われています。一方、人類政府は、あなたを消したいらしい。やましんさんは、何を知ってるのかしら。政府が、言われたくないことを、知ってるらしいなにゃん?それは、なに?』


 『何だろう?』


 『はあ? なんだそりぁ。むう。ま、いいわ。だから、ごき大将は、あなたが死なないでほしいらしいわにゃん。』


 『はあ? そうなの? でもね、ぼくは、つかれたんだ。それに、ほんの少しだけ、『いじ』もある。あれだけ言われては、メンツがたたない。』


 『男の子は、すぐ、メンツにこだわる。ばかばかしい。いい、あたくしが、なにものか、おしえたげる。あたくしは、ヘレナ・タルレジャ。タルレジャ王国の第1王女です。』


 『なんだって。ねこママが? 王女さま?』


 『そ。あなたの、子どもよ。わたくしは、あなたが生んだ存在だから。』


 『まてまて。それは、フィクションだ。混同するな。』


 『混同するな! そうよ、この世界を、こんなにしたのは、あなた、でしょう。あなたが、現実を否定し、新しい世界を計画し、宇宙ごきを利用した。あなたが、ここで、最後の何かをしたら、たぶん、地球は、滅亡するんだわ。あなたは、積み重なった、恨みを晴らすつもり。

 貴方を、いためつけた連中は、滅びる。


 ね、そうでしょう?


 でもね。あなたが、生んだわたくしは、あなたと、心中はいたしませんわ。』


 『いやあー、さっぱり、わかんない。』


 『うそ、おっしゃい。あなたは、社会に復讐を誓った。現実と、幻想の世界をとりまぜて。だめよ、あなたが、自決を実行したら、世界はめつぼうする。あなたの回りに、世界はあつまり、あなたに、掛けたのです。』


 『なんのことなんだべかなあ…………ちっとも、分かんないや。』


 『いいわ。思い出させてあげるわ。どうぞ、まずこちらに。』


 ふたりは、長いエスカレーターで、高い山の頂をめざしたのであります。

 

             ⛰️⛰️🌋

  

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

           後編につづく

 

 


 


 


 

 

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