第17話 マンゴーは買う価値があるものだ。
「久しぶりだな」
とTEARが口にした。
久しぶりのオキシドールでのライヴの後、うちでごはん食べていかないか、とHISAKAが誘ったのだ。
誰もかれもその話には飛びついた。
ここの所レコーディングだのツアーだの忙しくて、全くもってそういうことができなかったのだ。どうしても外食に頼ることになる。
ツアーにはマリコさんもついて来てはいたものの、さすがに旅先ではそうそう彼女の腕もふるえるというものではなかった。
「何作ります? 好きなもの作りますよ」
とマリコさんはにこやかに、やってきたTEARやFAVに言う。
「じゃあ中華」
「あたしもそれには賛成」
あ、でもたまには点心もお願い、とFAVはつけ加える。
「マリコさんの点心も一度味わってみたかったんだ」
「あらそれはそれは」
では何にしましょう、と彼女はトランプ占いをするように料理のカードを並べる。そのカードは教科書の半分くらいの大きさの、クリーム色地のもので、きちんとワープロ打ちされたレシピが書かれていた。
「…えーとそーだな… 包子。海老の入った水餃子、それにマーラーカオにマンゴープリン」
「点心以外でもリクエストしていいかい?」
FAVがカードを繰る様子を見ながら、TEARも口をはさむ。
「どうぞ。こっちが大皿料理用です」
受け取ると、さすがのマリコさんでも油を飛ばしているようだった。それだけ使い込まれているということか。TEARはトランプのシャッフルの要領でカードを見る。
「やっぱり任せるわ」
漢字が並びすぎだよ、とTEARは苦笑しながらカードを返す。そうですね、とマリコさんは言う。
「TEARさんお料理できます?」
「料理? まあできなくはないけど」
「だったらカードあげますよ」
「あれ、いいの?」
「レシピなんて頭の中に全部入ってますよ」
さすがだ、とTEARは感心する。
そして実際出来た料理も、また感心するできばえだった。
空揚げの香ばしさと歯ごたえの軽さは、そのまま幾つでも口と胃袋の中へ飛び込んで行きそうだったし、エビチリもチンジャオロースーも、程良い辛さが舌に心地よかった。少し時期から外れているけれど、と前置きして作ったマーボ茄子はとろけるようだったし、たくさん作られた包子の中身は一口咬むと肉汁がじんわりと染みだしてくる。
「マリコさん天才っ!」
と言ったのはやはりTEARだった。
同様に騒いだのはマナミもそうだった。P子さんは黙々と食べながらも時々その美味を噛みしめているようだったし、FAVにしてもため息の付きどおしだったのだから。
「エナちゃんちょっと手伝って」
彼女に手伝わせるとしたらお茶に違いないだろう。ツアー先の神戸の南京街で買った中国茶を入れるから、とのことだった。
「幾つかバンドの練習用にしましょ」
「はい」
エナは素直に従って、「参考書」と首っ引きで「一番いい」状態をマリコさんと一緒に捜す。
「あ、ちなみにうちの茶器はここね」
「はい」
「紅茶用のポットはこっちでコーヒー用のポットはこっち」
「…はい?」
それからマリコさんは、何が今この時間に関係あるのだろうか、と聞きたくなる程、エナにこの家の中にあるお茶関係用具の場所と使い道を説明した。
さすがにエナも疑問に思って、どうしたんですか、と訊ねていた。
「ううん別に」
とマリコさんはにこやかに、即座に答える。
「ただ、覚えていた方が便利でしょ? これから別の事務所を構える際に、すぐにものが揃う訳じゃないじゃない。そういう時ここからもっていくとか」
「あ、そうですね」
ああそうか、とエナは素直に納得する。
食後のデザートはマンゴープリンだった。
マンゴーだのパパイヤだのアボカドだのという南国フルーツは、時々店先にはないことがある。そうでなくともそう安いものではない。
マンゴーはだが買う価値があるものだ、と常々TEARは主張していた。細長い身は、魚のように三枚おろしにする。内臓にあたる部分が平べったい種だ。
下ろした身はくり貫くのではなく、交差に切れ目を入れる。そして空気が抜けたゴムのテニスボールをひっくり返す要領でかえすと、綺麗に黄色い四角の身が上がってくる。
そしてその味ときたら、適度な酸味、適度な甘み、そして香り。思わずうっとりしてしまう時がTEARにはあるくらいである。
その現場にFAVが居たら、あんた何やってんだ、とどつかれるのがオチであるが。
そのマンゴーの風味をいっぱいに詰め込んだプリンはこれまた絶品だ、と彼女は考えている。それをFAVが知らない訳ではない。何となくTEARはくすぐったい気分になる。
カード分けてもらえるならこれは作るべきだな、と料理嫌いではないTEARがつぶやいているのをあたしは耳にした。
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