第9話 「一体あんたのその根拠のない自信は何処から来てるの?」

「えー何ーっ!TEARさん部屋追い出されたんですかあっ!」


 その翌々日。HISAKAの家の居間に響きわたるくらいの大声でマナミが言った。

 この春、服飾系専門学校へ通い出したPH7の雑用係その1のマナミは、その学校の帰りらしく、課題用の布地と裁縫道具を抱えてきていた。

 冬以来伸ばしている髪も、自由になったとばかりにソバージュが掛けられているし、春になったとばかりに着ている服も飛び跳ねた配色となっている。


「だ、大丈夫ですか?」


 これまた学校帰りらしい雑用係その2のエナも訊ねる。

 彼女は国文科に通う短大生だったので、マナミほど大きなカバンは抱えていない。だが別の袋には、図書館で借りてきたらしい本が入っていて、それはそれでまた重そうである。

 彼女はマナミ程突拍子もない服の着方はできない。この日はパステルカラーのコットンのシャツにコットンのパンツであった。


「まあ何とかね」

「何だったらウチにしばらく居ればいいのに」


 HISAKAはやや呆れたようにつぶやく。TEARはややにやり、と笑ってひらひらと手を振った。


「や、ありがたいがねー、荷物もう持ち込んじゃったから」


 素早い、とつぶやくあたしを横目に、ちょっと待て、とFAVはTEARの胸ぐらを掴む。


「なあにFAVさん?」


 平然としてTEARは相棒に訊ねる。


「あんたしばらくって、いつまで居る気だよっ!」

「しばらくはしばらく。昨夜FAVさんいいって言ったよね?」

「確かに言ったけどなあ」

「じゃあ問題ねーだろ?」


 へらへらへら、とTEARは笑う。あーのーなー、とうめきながら、呆れ半分怒り半分でFAVはそれ以上言う言葉が見つからないようだった。そして、ぶるぶるぶるっと掴んだGジャンの襟を思いっきり揺さぶった。

 やがて、知らね、と言い放つと、彼女はスタジオへと飛び込んだ。しばらくすると、ドアを閉じていても聞こえるくらいの音が響きわたる。


「いいの?」


 別の意味で呆れ半分に見ていたあたしは訊ねる。TEARはいーの、と相変わらず平然と答える。


「別にありゃ、嫌がってる訳じゃあないんだから」

「ふーん… そういうもの?」

「そういうもの」

「ふーん… いいな」


 あたしは思わずつぶやいていた。


「別にあんたにはあんたの、『いい』ことはあるだろ?」

「あるのかなあ」

「おいMAVOちゃん」

「別にそれが悪いって訳じゃあないんだけど」


 何って言うんだろう?


 最近、そんな歯切れの悪い感情がずっとあたしの中に渦を巻いていた。P子さんが訊ねたことと無縁ではない。そして最近のTEARとFAVの様子を見て余計に渦はうねりを増してしまった。


「TEARはFAVさんが大好きなんだよね」

「うん」


 悪びれることもなく彼女はうなづく。


「FAVさんはどうなの?」

「好きなんじゃないの?」

「でも確かめたの?」

「別に」


 TEARはあっさりと言う。あたしは思わず顔を歪めた。


「そういうものなの?」

「そういうものでしょ。それにFAVさんは絶対にそんなこと、口にはしないさ。あのひとはそういう人だ」

「よく知ってるね」

「好きだからでしょ」


 ぬけぬけと。


「一度あたしは聞いてみたかったんだけど」

「なあに? MAVOちゃん」

「一体あんたのその根拠のない自信は何処から来てるの?」

「根拠のない? ああ、根拠は確かにないかもしれないな。でも、別に、そういうの、いちいち証拠とか何とか必要な訳?」


 どき、と心臓が飛び跳ねる。


「まあ証拠が欲しかったら、いくらでも探せるけどさ。でも別になあ」

「必要はない?」

「あのひとはあたしが嫌だったらさっさと切って何処かへ行くさ。部屋からだって叩き出すだろ。そういうことされるまでは、別に、何も」

「それでよく上手くやっていけるわねえ」

「あのひとは、そういう人だからね」


 TEARはそういうことを、実に楽しそうに話す。不思議だ。


「MAVOちゃんは、知りたいと思ってしまう方だろ」

「当然でしょ」

「いいや」


 彼女は首を横に振る。


「知ることなんかそうそう必要じゃないよ」

「TEARはそう言うけど」

「知る、じゃなくて判る、ならあるけどさ。別にあのひとの全てを知りたいとは思わない。だけど、あのひとが今どういう気持ちでいるか、とか、どうしてもらいたがっているか、ということはいつでも判りたいと思ってるよ」

「どうして?」

「そうすれば、あのひとが欲しいものが自然に判るだろ? あたしにできる精いっぱいのことはやってあげられる」


 ああ凄いな。

 思わず感心してしまった。でもそこで意地悪の虫が顔を出す。


「でもそれって、彼女の顔色を読んでいるってことじゃない?」


 あたしが昔していたように。


「そうかもしれないけれど… でも顔色読むっていうのとは何となく… 少し違うんじゃないかな」

「どう違うの?」

「やけにつっかかるね、MAVOちゃん」


 ぽんぽん、とTEARはあたしの頭を叩いた。


「ま、結局は自己満足かも知れないさ。あたしはあのひとが機嫌がいいと嬉しいし、だけどあのひとの拗ねた顔とか、妙に気を張っているところも、無茶苦茶高いプライドとかも、全部ひっくるめて好きだから」


 はあ、と思わずため息をついてしまった。


「…のろけてる…」

「言わせたのはあんただよ、MAVOちゃん」


 くくく、とTEARは人の悪い笑みを浮かべる。これが三つ年上の好きな人に対する形容なのだ。全くこの女は。


「でもMAVOちゃん、HISAKAは…」

「TEAR! これからの予定だけど!」


 HISAKAがテーブルの方で手招きをする。スケジュール表が手に握られていた。あたしとTEARはのそのそとリーダー殿の御前へと向かう。


「何なに」

「今年は波に乗らなくちゃね。全国ツアーしよう」

「ツアーかあ… いいねえ」


 既にテーブルにはロードマップまで乗っかっている。


「アルバムの方はまず雑誌に広告を出したわ。音専誌三社五種類に出すことにして…」

「あ、ちょっと待って、その話ならFAVも呼んでこよう」

「もう来てるよ」


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