甘いABCD
@tart_nununu
第1話 AB
眼前にそびえ立つのは、かの念願の苺パフェだった。
苺アイスの上に、綺麗に盛られた苺と生クリーム。その下にはバニラアイス。最下層には苺ジャム。すべてが美しく、グラスに収められている。
嬉々としてスプーンを手に取ったAに対して、Bは俯き顏を珈琲の表面に移したまま、何も頼まずに冷めるのを待っている。
構わずAは、まず頂上のクリームをすくい取った。ひと舐めするなり、次はどんどん苺をたいらげていって、それに連れてアイスも量を減らしていく。
ぼんやりと、Aの顔越しに窓の外を眺めていたBは、ふと珈琲の冷めたのに気づいて、片手で無造作に、華奢なティーカップを持ち上げた。
そうして当たり前のように、カップの取っ手で指をもつれさせ、滑らせ、ー真っ白なテーブルクロスの上に、真っ黒な珈琲をぶちまけさせた。
Bはミルクも砂糖も入れていなかったのである。
Aはあまり驚いた様子も見せない。ただちらと瞳を動かして、Bに不愉快そうな眼差しをくれてやった後、平然とパフェを掘り進める作業に戻っていく。
ウェイトレスだけが慌てて駆け寄ってきて、せかせかとテーブルクロスを変えようとする。
が、それをBが止めた。
虫を払うように手を振って、まごついたウェイトレスの立ちつくしたところに、カップの底にわずかに残った珈琲を——唾でも吐くかのように——その制服の白いエプロンにひっかけたのである。
Aは変わらず目もくれない。そろそろグラスの中のアイスやクリームやジャムが混ざりあってきており、その混沌をかき混ぜて、すくって、にっこりしている。
動揺したウェイトレスが立ち去った後、Bはじわじわと広がってゆく珈琲の染みを愉快そうに見つめていたが、その染みがAのパフェグラスにも届きそうになるといよいよ口角を上げた。
A はそれに気づかない。気づかないふりをしているだけかもしれない。グラスの底の方までスプーンを届かせ、最後の一口を味わっている。目を閉じる。
珈琲の残滓が、いよいよAの前方を侵食し、黒々と広がってゆく。
Aは甘い甘いパフェを完食した。スプーンを置く。そうして黒い波からさっと身をかわすように、席を立つ。Bは窓の外に視線を戻している。
どちらも何も言わない。
AはBをひっぱたこうか逡巡したようだったが、手を下ろして、振り向かず去ってゆく。
Bはその後ろ姿をようやく認めて、拗ねたように、唇をちょっととがらせる。
すべては静かな、ある別れ話だったのかもしれない。
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