第86話 意地悪41(報告)
「もう、先輩!私がチアダンスしている時のあれはなんですか!?」
チアダンスが終わり、雨宮は普通の運動着に着替えて俺の元へ来ると顔を赤くしたまま文句を言ってきた。
俺の思惑通り、馬鹿にするような笑い方をしてきたことが嫌だったらしい。馬鹿め、お前のその反応を俺は期待していたのだ!
俺の手のひらの上で踊らされていることも気付かずに文句を言ってきてもまったく怖くない。
「お前がウインクをしてきたから、その仕返しだ」
「や、やっぱりそうですか!もう、先輩のせいで踊りが上手く出来なかったじゃないですか!」
むーっと頰を膨らませて睨んでくるが、まったく怖くない。むしろ、小動物的な可愛さが強調され、見ているこっちの心が和む。
「ふん、いい気味だ。お前が俺のことをドキドキさせてくるのが悪い」
ミスった。つい勢いで感じていたことが口から出てしまった。
「……っ!?え?え?!先輩、ドキドキしてくれていたんですか……!?」
雨宮がパァッと嬉しそうに顔を輝かせる。口元は緩み、にへらと残念な顔になる。せっかくの整った顔が台無しだ。
「うるさいな、その仕返しをお前は受けたんだから自業自得ということだ。だから文句を言うんじゃない」
やっぱり言うべきじゃなかった。こいつはすぐ調子に乗るからな。この状態の雨宮はうざすぎる。
「はいはい、分かりました。それにしても、先輩がドキドキしていてくれたなんて嬉しいです」
俺の話をまったく聞かず、にやにやとし続ける雨宮。ほんとうざいな。とっとと離れるとしよう。
「もういいだろ。それより次の種目が始まるからさっさと戻れ」
「もう、つれない先輩ですね〜。分かりました、じゃあバイバイです、先輩」
唇を突き出し不満そうにして少しだけ名残惜しそうにしながらも、手を小さく振りながら帰っていった。
まったく本当にあいつがいると賑やかだな。
雨宮がいなくなり、少しだけ静けさを感じてふと思う。時々うざいが、そこがあいつらしくて嫌いではないんだよな。こんなこと言ったら絶対調子に乗るから言わないが。
去っていっく雨宮を見守りながらそんなことを考えていた。
雨宮と別れ、俺も自分のクラスのところへ戻る。すると聞き慣れた声で話しかけられた。
「やぁ、神崎くん」
振り向くとそこには東雲がいた。
「なんだよ、東雲」
「ずいぶん雨宮さんと仲良くなったみたいだね。あんなに嫌いな人って言っていたのに」
神崎は少し楽しげに笑って聞いてくる。
「なんだよ、見ていたのか?」
「まあね、神崎くんと雨宮さんがチアダンスの時に互いに見合っているところをばっちりとね」
どこかにやけるように口元を緩めながら東雲はそう言ってきた。
「ま、まあな」
まさか見られていると思わず噛んでしまった。
「それにしても以前より仲良くなっていないかい?」
「ああ、雨宮が見舞いに来てくれたときに色々あってな。とりあえず、あいつはいい奴だって思ったからそれでだろ」
「そうなのかい?だから前より仲良く見えたんだね」
驚いたように目を丸くして、納得する東雲。
「ああ」
「じゃあ、友達になったということはもう意地悪はやめてしまったのかい?」
東雲はどこか残念そうに呟いた。
「いや?雨宮に意地悪するのは楽しいからやめるつもりはない」
「それはよかった!」
俺の返事を聞いてパァッと顔を輝かせる。どうやらこいつも雨宮に意地悪するのを気に入っているみたいだ。東雲とはこういうところは気が合うな。
「まあ、本当に雨宮が嫌そうならやめるつもりだったんだが、なぜかあいつ、俺が意地悪しているのに本気で嫌がっている気がしないんだよな……」
ドMだからなんだろうが、不思議で仕方がない。
「そ、そりゃあそうだよ」
俺がそう言うと、東雲はくっくっと喉を鳴らして可笑しそうに笑った。
「なんだよ、何がおかしいんだよ」
笑われる意味が分からず、思わずムッとしてしまう。
「い、いや、なんでもないよ。それで神崎くんは、どうして雨宮さんが嫌がっていないと思うんだい?」
俺のしかめっ面など気にせず、笑いながら東雲は質問してきた。
「ドMだからだろ。それ以外考えられないな」
「ま、まあ確かに、雨宮さんはMだとは思うね」
俺の意見に同意しているにもかかわらず、未だに可笑しそうに笑い続ける東雲。
「だろ?だからこれからも意地悪することにしたんだ」
「いいと思うよ。じゃあ次の借り物競走も意地悪するってことでいいんだよね?」
にやりと少しだけ悪どい笑みを浮かべる東雲。
「ああ、協力頼むぞ」
俺もそれに釣られて笑みを浮かべた。
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