第56話 意地悪27(ドライヤー)

 ふぅ、スッキリしたな。


 トイレを無事終えスッキリした俺は部屋に戻った。


 ……は?


 部屋へと入る扉を開けると、目の前の光景に思わず体が固まる。

 グレーのジャージの上の胸元を両手で摘み鼻へと持っていき、目を閉じて頰をほんのりと茜色にしながらスンスンと匂いを嗅いでいる雨宮。


 上に引っ張ったことで、雨宮のきめ細かい白い肌のお腹がわずかに見え隠れしている。ちらちら見え隠れするのが扇情的で、より情欲を煽られる。

 あまりに夢中になっているのか扉の開ける音に気付がなかったらしく、未だ俺の目の前で人のジャージの匂いを嗅ぎ続けている。


「何やってんだ?」


 ただただ純粋な疑問が口に出る。


「……え?」


 俺の声が聞こえたのか、ゆっくりと目を開け俺とバッチリ視線が交錯する。


 しぱしぱと瞬きを繰り返す雨宮。


「……ひゃあ!?」


 やっと状況を理解し素っ頓狂な声と共に、マシュマロのように白い肌の顔が一瞬で真っ赤に染まる。

 鼻元に持ち上げていたジャージをパッと離すと、俺の視線から逃れるように俯いた。


「……み、見ましたよね?」


 ゆっくりと俯き加減にこっちを見てくる姿は自然と上目遣いになり、頰を朱に染めて目を潤ませている。


「ああ、見たよ。俺のジャージの匂い嗅いで何してんの?」


「そ、それは……、先輩の匂いがするかなって思って……」


 言いにくいのか、視線を左右に何度も行き来させると、恥ずかしそうにまた俯いてしまった。


「そりゃあ、俺の匂いはするだろ。俺のジャージだしな」


「そ、そうじゃなくて……」


 ちらっと濡れた瞳で視線を送ってくる。


「そうじゃなくて、なに?」


「……っ〜!!!もう!先輩の匂いが好きなんです!着たら先輩のジャージから凄い良い匂いがしてきて、もっと嗅ぎたいな〜って……」


 顔をさらに真っ赤にして、半ばやけくそに大声で言い始める。だがだんだん恥ずかしさが勝ったのか最後は静かになってしまった。


「あー、……なんていうか、雨宮って変態なのか?」


 どう答えていいか分からず、思ったことがポロッもそのまま口に出てしまった。


「……へ、変態!?ちょっと、先輩!?女の子に変態なんて言わないで下さい!変態なんかじゃないです!ちょっと匂いフェチなだけです!」


 変態と言われたことがよほど気に障ったのか、耳まで真っ赤にしながら早口でまくし立ててくる。


「お、おう」


 その強い口調に思わず気圧されてしまった。


「いいですか!?私は匂いフェチなだけですからね!?それよりも髪を乾かしたいのでドライヤー貸してください!」


 半ば強引に話題を変えてくる雨宮。これ以上この話題について触れられたくないらしい。

 まあ俺としても理由も分かったし、これ以上触れる意味はないのでいいのだが。


「ドライヤーならここに……」


 部屋の隅の姿鏡の前に置いてあるドライヤーを手に取る。渡すために雨宮に近づこうとしたそのとき、意地悪が閃いた。


 くくく、最高の意地悪を思いついてしまった。さあ、雨宮、覚悟するがいい!


「先輩?」


 意地悪を閃いた衝撃で動きを止めたのが不思議だったのか、コテンと首を傾げる雨宮。


「……なんでもない。それより髪を乾かすんだろ?俺が乾かしてやるよ。」


「え!?どうしたんですか、急に!?」


 頰を桜色にほんのり染めて、目を丸くしている。


「なんでもいいだろ。ほら、こっち来い」


 近くにあった座布団を自分の前に持ってきてポンポンと叩く。


「えっと……。わ、分かりました。ありがとうございます……」


 緊張しているのか顔を強張らせ、ちょこちょことゆっくり歩いて来て俺の前に座った。


「じゃあ、乾かすからな」


「は、はい」


 膝立ちになりドライヤーのスイッチを入れるとブォォォォンと騒音が部屋に響き渡る。

 ドライヤーを左手に持ち、右手で髪を梳きながら乾かしていく。


 相変わらずさらさらだな。


 梳く右手の指に引っかかることは一切なく、スルスルと滑らかに指の間をすり抜けていく。

 よく手入れされたその髪は、ドライヤーの風によって光を反射し煌めきながらシルクのように揺れ動く。そんな綺麗な髪を梳くたび雨宮の甘い香りが弾け、俺は鼻腔を何度もくすぐられていた。


 様子が気になり姿鏡に写った雨宮の顔を見ると、頰をほんのり朱に染め、目を細くして口元は緩ませている。


「どうだ?」


「とても気持ちいいです。先輩に髪を触られると落ち着きます……」


 甘えるような蕩ける声で心地良さそうにする雨宮。撫でるたびほんのわずかに口角を上げ、笑みを浮かばせる。


「そうかよ」


 馬鹿め、落ち着いている場合か?


 今現在、進行形で髪がボサボサにされていることに気づかないなんて呑気なものだな。


 くくく、乾かし終わったときその髪型のあまりの酷さに絶望するがいい!


 乾かし終わった後の雨宮の姿にほくそ笑みながら乾かしていると、頭の天辺の方は乾いたようなので首元あたりを乾かすため手を伸ばす。

 

 スッと首元に指先が触れた瞬間


「…んっ」


 雨宮の口から妙に色っぽい声が漏れ出る。


「ちょ、ちょっと先輩!?急に首を触らないでください!」


 かぁっと頰を赤らめて、慌てた口調で振り返ってくる。


「いや、そんなこと言われても触らないと乾かせないから。早く前向け。」


 前を向かせて乾かすのを強制的に再開する。文句を言ってくるが雨宮の言うことなんて聞くわけないだろ。ここまできて意地悪を止めるわけにはいかない。


 くくく、抵抗しようとも絶対髪をボサボサにしてやるからな!


 首元の髪を乾かすため何度も指で梳く。


「……んっ。もう、先輩!?首は弱いんです!やめっ……」


「雨宮、うるさい。少し黙ってろ」


 首に触れるたびビクっと身体を震わせる。だんだんと耳裏、首筋、うなじが朱に染まっていく。

 最初の方は何度か文句を言って来ていたが最後には俯いて静かになってしまった。


「ほら、終わったぞ」


 しばらくして髪を乾かし終え声をかける。


 ふぅ、乾かすのに集中しすぎた。まあ、意地悪だし手を抜くわけにはいかないから仕方ないな。

 気付くと雨宮は俯いており、耳の裏からうなじまで全て真っ赤に染まっていた。


「おい、雨宮?」


 声をかけても俯いたままなので思わず声をかける。すると、急に振り向いてこっちを見てきた。


「か、乾かしてくれてありがとうございます。でもこんなこと他の人にしちゃダメですよ!?私だから我慢したんですからね!?」


 雨宮は涙目で顔を真っ赤にしながら必死な声で言ってくる。


「お、おう」


 俺は雨宮のあまりの勢いにそう答えるしかなかった。


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