第46話 意地悪22(膝枕)

「ふぅ、美味かった。雨宮、作ってくれてありがとな。ごちそうさまでした」


 雨宮の弁当に満足した俺は、弁当の蓋を閉じ手を合わせ挨拶する。


「こちらこそ、お粗末さまでした。先輩が喜んでくれたようで嬉しいです」


 俺が手渡した空の弁当箱を受け取ると、雨宮は膝に弁当を置いてその上に手を重ねる。

 絆創膏が目立つその手と、軽く俯きながら呟いた喜びの言葉が俺の中で不思議と印象に残った。


「明日も頼むよ」


 くくく、今日1日で終わらせるわけがないだろ。これまで俺の睡眠時間を削ってきた分お前の睡眠時間を削ってやるからな!


「え!?明日もですか!?い、いいですけど……。で、でも、作ってくるだけですからね?」


 落ち着いていた頰がまたかあっと赤く染まり、ちらりとこちらを見てくる。


「なんだ、食べさせてくれないのか……」


 くそ、雨宮をこき使う俺の作戦が……。


 作戦を使えないと分かり、若干落ち込む。


「も、もう!分かりました、また食べさせてあげますから……」


「そうか、ありがとう」


 俺の言葉に真っ赤な顔で俯きながら、小さく溢すのだった。


 それにしても本当に美味かったな……。


 満足できる雨宮の弁当の余韻に浸り、明日が楽しみになる。

 自分の味付けとは異なる味付けで、決して繊細なものとは言えないが、それでも人の温かさと柔らかさが含まれた雨宮の弁当はとても美味かった。

 満腹感に包まれ、ほんわりとした眠気が俺を襲ってくる。


 眠い……。


 うつら、うつらと首が揺れ始める。


「先輩、眠そうですね。教室に戻りますか?」


「ああ、そうだな……。いや、待て!」


 雨宮が立ち上がり教室に戻ろうとするので、慌てて雨宮の手を掴む。


 ふぅ、危ないところだった。みすみす雨宮に償わせる機会を逃すところだったぜ。


「ひゃい!?な、なんですか?」


 急に掴まれたことに驚いたのか、ビクッと体を震わせ変な声を上げる雨宮。


「眠いからここで寝る。だから膝枕をよろしく」


 くくく、食べせてもらうだけではまだ足りない。もっとこき使ってやるわ!


 眠いのはお前が俺の睡眠時間を削っているからだ。だったらちゃんとその分、雨宮には体を張ってもらわないとな!


「ひ、膝枕ですか!?」


 素っ頓狂な声を上げ、体が硬直する。


「ほら、早く来いよ」


 ちょうどいいベンチを見つけ、そこに座り隣をポンポンと叩いて雨宮を呼ぶ。


「えっと…。わ、分かりました…」


 視線を下に彷徨わせほんのわずかに躊躇ったあと、決意した表情で顔を上げた。

 トコトコとこちらに寄ってくる。しかし緊張しているのか、ロボットのように動きがぎこちない。そのぎこちない動きのまま俺の隣に座る。


「緊張してるのか?」


「当たり前じゃないですか。好きな人に膝枕するのはとてもドキドキするんですよ?」


 頰を茜色に染め、熱のこもった目でこちらを見る。胸の前で両手を組み、胸の苦しみ抑えるような仕草をする。


 自分が好かれているという事実を実感させられ、ドキッと胸が高鳴る。


「……っ。知らねえよ。なんて言おうとも膝枕してもらうからな」


 ドキリとした事実を振り払うように、ぶっきらぼうに言い放つ。


「は、はい。ど、どうぞ」


 声を上擦らせながら、雨宮は太ももの上を空ける。


 おお、これはいいな。


 空けられた太ももに躊躇わず頭をのせると、頭の下から柔らかく人肌の温かさが伝わってくる。程よい温もりに包まれ、ほんわりと気持ちが落ち着く。

 さらには雨宮に近いこともあり、フローラルな香りがふわりと鼻腔をくすぐってくる。それがなお一層俺の睡魔を誘う。


「ど、どうですか?」


 顔を真っ赤に染め、俺の顔を伺ってくる。


「いい感じだ」


「そ、そうですか……。なら、よかったです……」


 それだけ言うと雨宮は黙ってしまった。しばらく沈黙が俺たちの間に漂う。

 だが嫌な空気ではなく、どこか温かい、そんな甘く柔らかい空気が俺たちの間にはあった。


「あ、あの、先輩……!」


 しばらく黙っていた雨宮が口を開く。


「どうした?」


「あ、頭、撫でてもいいですか?」


「頭?いいけど……」


「じゃ、じゃあ、撫でますね……」


 俺の許可をもらうと、恐る恐るといったように手を俺の頭に乗せる。


さわ……。さわ……。


 雨宮の手が俺の髪をすくように撫でるたび、むず痒い感覚が俺の頭を走る。

 何度か撫でるとだんだん緊張が溶け始めたのか、顔下の雨宮の太ももの硬直がとけ、沈み込むようにさらに柔らかくなる。


 スカートの布一枚に隔てられた柔肌の感覚は素晴らしく、最高の枕と呼べるものだった。


「どうですか?」


「ああ、気持ちいいぞ……」


 くすぐったいがどこか落ち着く撫で方は形容し難いほどに心地よい。

 撫でられるたびに眠気が俺を襲い、すぐに俺は眠りに落ちていった。


「先輩の寝顔可愛いです……。普段の鋭い目も素敵ですが、こんなあどけない顔もするんですね。ほんとうに大好きです、先輩。」


 眠りにつく直前、そんな雨宮の小声が聞こえた気がした。



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