第二十二話 剛槍 VS 結晶手
突如としてレエテに襲いかかった“義賊”ホルストース。
その第二撃目は、右水平方向に振り抜く、刀身による斬撃だった。
下半身を大きく屈めて重心を下げ、右脇にかかえて左手を添えた剛槍の柄を自分を中心として円を描くように振る。
大味な攻撃ではあるが――その刀身の先端が描くトップスピードは先日のヒュドラによる尾の一撃を大きく上回った。
だがここは、鬱蒼とした樹々が生い茂る密林。2m半もの長尺武器ではことごとく樹々に遮られ、突き以外の攻撃など相手には届かない。
しかし剛槍“ドラギグニャッツオ”はこの常識を驚くべき現象で否定して見せた。
ホルストースが振るこの槍の刀身が触れるやいなや、1mを超す直径の樹の幹はまるでバターか何かのように一切の抵抗を感じさせずに寸断されていく。
それらの樹々が傾き始めるのを待たずして――。槍の刀身はトップスピードの損失なくレエテの右側面から急所である頸部の軌道に沿って彼女を襲う。
「むううううっ――!!」
難なく反応し、正確に右結晶手を攻撃に合わせたレエテだったが――。
二つの衝撃に貌を歪めた。
一つ目は、その一撃の超重量。極めて重く、防御しても身体の芯に一定のダメージが届くほどだ。ホルストースの筋力を中心としたずば抜けた身体能力と、全ての力を刀身に集約しうるその技量の高さを実感させる。
二つ目は――。右手に電撃のように響いた鋭い痛み、であった。痛みを感じないはずの結晶手から。
ちらりとレエテが自分の右手をみやると、何とそこには、刀身を受けた位置が欠けて刃こぼれし、そこに沿って掌にまで一直線にヒビの入った己の結晶手があった。
サタナエル一族の結晶手の硬度は――使い手の戦意、殺意の強さなどの精神面、体調が万全かなどの身体面から相対的に変動する。オリハルコン以上の硬度から鋼鉄並まで変化するが、通常の武器よりもなまくらになることはない。ましてやレエテは硬度に関して優れた才能をもち、一族の中でも高い結晶手硬度を誇る。
「驚いた……! 結晶手を破壊されたのは、生まれて初めてだ。樹をあそこまで簡単に切り倒すことといい、その槍は――いったい何なんだ?」
一旦距離をとって攻撃を回避しながら、レエテが疑問を投げかける。
ホルストースはよくぞ聞いたと云わんばかりの会心の笑みでこれに答える。
「そう……このドラギグニャッツオは見てのとおり並の業物じゃねえ。
持ち主、主神ドーラ・ホルスの力によるもの……といいてえところだが、実際のところはオリハルコンを上回る硬さのアダマンタインで造られていることと、この中心に埋め込まれた
「
「そうさ。込められた膨大な風元素魔導により、この宝石は持ち主の魔力に反応して上下方向に恐ろしく微細な振動を高速で発生する。これにより通常ではありえねえ神魔の切れ味を発揮する。
アダマンタイン自体も古代の代物で、今じゃ鉱石も製法も失われてる。まさに神から与えられたに等しい、この世で唯一の神器ってわけさ――!」
ホルストースは云い終わると同時に今度は再度の突きでレエテに殺到する。
右手が使えないことを見て取ってだ。結晶手もレエテの身体の一部。他の細胞と同じ速度で修復するため、再生には2、3分かかる。命のやりとりの最中では致命的といえる時間だ。
やむを得ず、身を翻して攻撃をかわすレエテ。
これに対し動きを読んでいたと見えるホルストースは、身体を急停止させてレエテの側を向き、そのまま今度は上に振りかぶり、脳天から叩き斬る攻撃に切り替える。
レエテもこれは受けざるを得ず、左手の結晶手を頭上に掲げ、槍の刀身を受ける。
左手にも激痛が走り、結晶手が破壊されたことを悟った。そのまま上からの圧力で押され、大きく身を屈める。
「ハッハア――! これでお前から斬撃という攻撃の選択肢は消えた!!
さあ、ここからどうやって反撃する!? 見せてみてくれよ、レエテ・サタナエル――!」
ホルストースはさらなる力を込めようとするが、ここは下半身のバネを乗せたレエテの怪物的膂力で弾き返され、そのまま後方に吹き飛ばされた。
だがホルストースは体勢を崩すことなく構えを継続し、さらなる怒涛の攻撃を放つ。
水平斬撃、袈裟斬り、突き――。あらゆる攻撃形態に対し、もう避けるしか選択肢のないレエテはどうにか攻撃をかわしながら逃げ続ける。
全てを切り裂く長さ2m半の凶器が繰り出す広範囲の攻撃によって、周囲の樹々が枯れ枝のごとく容易くなぎ倒され、それが倒れ伏す音と振動で周囲は喧騒に包まれた。
被害のない場所に避難せざるを得ないキャティシアとムウルは、手をもみ絞りつつ状況の推移を見守るしかなかった。
「うう……凄い! 認めるのは嫌だけどあの男、とてつもなく強い。レエテさん、いざとなったらあなたが止めても私は――」
つぶやきながら、そっと手元の弓に矢をつがえるキャティシア。
その視線の先で――ホルストースは連撃の手を一旦止めた。
それに応じてレエテも動きを止め、両者は先程と同じく再度対峙する。
「どおした……!? 逃げてばっかりじゃどうにもならねえぜ。
その手の回復を待とうが、ドラギグニャッツオによって再度破壊されるだけ。俺のスタミナ切れを待ってるならそれも当てにすんな。鍛え方が違う。このホルストースはたとえ半日だろうと攻撃の手を継続できる。
お前が攻撃に転じねえかぎり、勝負がつくことはねえ――!」
云い終わるが早いか、ホルストースは威力とスピードの全く衰えることのない、水平斬撃を見舞った。
ここで――。ついにレエテは前進に転じた。
雷迅の疾さで一歩を踏み込み、その足を地に着けることなく――爪先から倒れ込み、勢いのまま前進する、スライディングを放つ。
「なっ――!?」
驚愕するホルストースの目前2mにまで接近したレエテは、旋風(つむじかぜ)のように身体を回転させて起き上がり、そのまま――。結晶手を解除し、振り抜かれている最中の槍の柄を極めて強引に両手で掴む。
そしてその剛力で柄の軌道を変えつつ引き回し、力任せにホルストースの手からドラギグニャッツオを奪い取った!
そのまま腰を落としつつ槍を一回転させ、刀身をホルストースの眼前にピタリ、と突きつける。
「――勝負ありだ。これで、満足か?
ホルストース、あなたは――本気を出していない。私の身体能力、技、戦闘経験とセンスを見たいがために、わざと挑発し闘いに持ち込もうとしている。違う?
どういうつもりかは分からないけれど――これであなたの目的は達した!?」
自分の得物を突きつけられたホルストースは、しばらく貌を伏せて沈黙したあと――。
爆発的に、身を反らして笑い声を上げた。
「ハッハッハッハッア――!!! そうか、お見通しだったか!
目的!? 達したとも! なあ、イオリアぁ!!!」
ホルストースは首だけ後ろを振り返り――。
いつの間にか、配下の戦士たち30名ほどを引き連れ間近に迫っていた、一人の男性に声をかけた。
真ん中で分けた白髪交じりの長髪が印象的な、長身で極めて体格の良い、40代半ばほどと見える中年男性だ。
「ああ……噂以上の実力だ。彼女となら、サタナエル討伐に向かうことができるだろう。
レエテ・サタナエル。初にお目にかかる。俺はドミナトス・レガーリア反乱軍筆頭部族、ドライアード族の族長、イオリア・ドライアードだ」
そして彼の自己紹介を受け、ホルストースも自らを語り始めるようだ。
「レエテ。まずはそのドラギグニャッツオを下げて、俺に返してくれ。もう、お前に襲いかかるようなマネはしねえから安心してほしい。
俺たちは、歴としたソルレオン国王とサタナエルの敵たる反乱軍でありお前の味方だ。
まずちゃんと自己紹介させてくれ。俺の名は、ホルストース・インレスピータ。
現ドミナトス・レガーリア連邦王国国王、ソルレオン・インレスピータの次男にして第二王子にあたる者だ。
訳あって親父であるソルレオン国王に反旗を翻し、現在反乱軍の副頭目、という身でもある――」
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