第六話 銀髪の女
「何だ……、何なんだ!? 明らかにさっきまでとは雰囲気が違う。よくできた筋書きかとも思ってたけど、どうもそうじゃなさそうだよね?」
観客席のランスロットが、目を白黒させながらナユタに尋ねる。
「そう……これは想定外の出来事。その証拠にごらんよ。この観客席の静寂に加え、ボックス席の方を」
ナユタが顎で指し示した先のボックス席には、どよめきうろたえる各国要人の向こうで上座に居た2人の人影が大きく動いているのが見えた。
1人はダリム公。すでに玉座から立ち上がり、大きく首を振りながら身振り手振りで近衛兵に指示を出している様子が伺える。
もう1人はもちろん……ダレン=ジョスパンだ。同じく玉座から立ち上がり、各国要人たちを両手で左右に突き飛ばしながら、ボックス席の最前列までゆっくり歩いていくのが見える。
「主催者と、この場で最大の曲者があの様子。あいつらすら予想していなかった事態が、今起きたのよ。
筋書きを覆し、罪人達が進撃し兵に犠牲者が出、なにより英雄までもが追い詰められた様を見苦しく晒す。
そしてその原因は、すべてあのローブ姿の1人の女。あいつ一体何者なの……?」
「けど、けどさ。ラディーンの奴もこの状況で本気を出してきたみたいだよ。
いったい何が起きたんだ? あいつ一気に20人も首を落とした。しかも数秒、首を斬られた連中も生きてたみたいだった。第一、あのブレードの射程じゃあ、斬りながら移動したって殺せる数はたかがしれているんじゃ……」
「落ち着きなさいよ、ランスロット、大袈裟に動揺しすぎるあんたの悪いとこよ。本来あの程度が感じ取れないあんたじゃないでしょうに。
あいつは一瞬のうちに、3連の回転斬りを放ちあそこまで移動した。
ブレードはおそらく刀身の先を重く造り、柄の部分に延長機構を付けたもの。今は元に戻ってるけど。
同じ長さ・同じ機構の2本のブレードを使い、最大限に回転斬りに適合させている。
しばらく斬られた奴らの意識があったのは、遠心力によって自動的に伸長するブレードによって回転力を加速――。切っ先のリーチと速度を極限まで増した結果、切り口も極限まで細くなり数秒神経伝達を維持したんでしょうね」
*
「女……覚悟はいいか?」
2本のブレードを下段に下げたラディーンが言い放つ。すでに、彼に立ち向かおうという罪人は1人もおらず、対するはローブの女1人、少し後ろにマルクがおぼつかない剣を構えているのみだ。
次の瞬間、一気に踏み込み間合いをつめたラディーンが、左手のブレードのみで数回の素早い突きを繰り出す。
利き手ではない手で行われたこの牽制にローブの女は反応し、後方に飛び退ってかわす。
しかし、かわしはしたものの――見た目よりも大きくリーチの伸長するこの鋭いブレードの連撃に、女の体からはためくローブが捉えられてしまった。
着地と同時に、全身を覆うローブは大きく弾けとんだ。
「あ……あ……」
「ようやくその貌拝むことができたな、女」
マルクの声にならない声とラディーンの笑みを含んだ台詞が同時に発されたその向こうで、ローブを引き剥がされた女は、隠されてきたその素顔、身体を白日の下に晒していた。
まず目を引いたのは、その頭髪だった。
人間の毛髪とは思えぬほどにまばゆい光沢で光輝く白銀色。ややクセがあるうえ余り手入れされておらず、毛先が背中まで伸びている。
肌は、白い肌の人種が大半を占めるこの大陸でめったに見られない、小麦色の褐色。
身長は女性としては長身といえる175cmほど。胸も尻も大きくふっくらとし魅惑的に見える肢体ではあるものの、その腕・肩・足・腹は細身ながら引き絞られた弓のように――針金の束が詰まったがごとく力が蓄えられているのが分かった。そしてその右手の先は黒く硬化した結晶体のままだ。
そして最後に注目せざるを得ないのが、その顔立ちだった。
年の頃は20そこそこだろうか。髪の毛と同じ銀色の細い眉、長く豊かな睫に覆われ憂いを含んだ黄金色の大きな瞳、鼻筋の延びた小ぶりながら高い鼻、薄桃色のきわめて整った唇……。
おそらくその身を隠しつつ過酷な長い行程を旅してきたのだろう。泥やすすにまみれ薄汚れているにも関わらず、それでも隠しきれないやや現実離れした絶世の、あまりにも、美しい顔立ちだった。
彼女はすでに左手にはめたグローブ、両足に履いたブーツを素早く脱ぎ捨て、素手素足となっていた。
もはや身につけたものは、ボロボロで大きく肌が露出した粗末なチュニックの残骸とベルトのみだが、その姿はあたかも戦女神のように神々しく光輝いて見えた。
マルクは、状況も忘れ彼女の姿に見惚れた。
しかし、今その表情は変化した……先ほどから発してきた勇猛な言葉の数々に恥じない、凜とした独特の迫力を備えた眼光でラディーンをにらみつけ、口は引き結ばれている。
「できるだけ人を殺したくはないと思ってたが、安心した……。お前のような奴だったら、なんのためらいもなく殺せる」
銀髪の女のその美しい唇から、怒気をはらんだ極めて物騒な言葉が発される。
これを聞いたラディーンの頬が、同じく怒気に紅潮した。
「『殺す』? 面白いことを云う……! 貴様は手先の妙な石があるとはいえ、丸腰で裸同然の装備、目の前にあるのはひたすら絶望的な差の戦力。今のこの状況を見てのその自信、いったいどこから来るのだ?
せっかく殺すには惜しいいい女と思ったところを。いいだろう、戯れは終わりだ。その珍しい容姿、面妖な身体を、死んでから存分に医者どもに解体して調べて貰うがよい」
ラディーンが、左手のブレードの持ち手を替え、再び爆発的な斬撃力を溜めるべく、腰を落とし体を丸める。
「軌道と技の中身を予め知っていたとて、何の意味もないぞ。
この我が回転連撃は回りつつ上下段も自在に切り替え、天地方向にも死角はない。全方向を切り刻む上、何よりこの神速の切っ先は、決して避けられも受けられもせん」
次の瞬間、またしても鋭い風斬り音とともに周囲の空気が振れたと同時に、ラディーンの姿が消えた。
「危ない!!!」
マルクの叫びが上がると同時に、キィン!!! という激しく高い金属音が上がった。
その音に遅れて後、彼の目がようやく捉えたのは――信じがたい光景だった。
おそらく3連撃を振り終えたと思しきラディーンの姿がまずあった。
その逆手の左のブレードは、銀髪の女の結晶化した右手でしっかりと受けられていた上――。
あろうことかもう既にラディーンの背後を取っていた彼女の、右手と同様に結晶化した左手が、すでに水平にまっすぐ振り払われた後だった。ラディーンの首を通過して。
「ば、ばが……な!」
ごぼごぼと血の泡を噴きながら、ラディーンが呻きを上げる。
「お前の剣は遅い。本当の強者の世界では通用しない。……今まで弄んだ何千何万の命にわびて、地獄へ行け」
背後からの銀髪の女の感情を殺した言葉とともに、ゆっくりと彼の首が前へ直角に倒れ、地に墜ちた。
同時に、生き残った罪人たちからは歓声が上がり、兵士はどよめき、観客席からは悲鳴と怒号が上がった。
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