第四話 血塗られた英雄

 ボックス席で展開された、腹黒い2名の貴人同士の牽制劇から3時間の後――。


 主催者ダリム公の50歳の誕生日を記念し、目玉である大国の「狂公」を主賓として招いた地獄の宴――剣闘大会は、コロシアムですでに2時間にわたり行われていた。

 記念大会の名に恥じず、新演目も追加された凄惨な殺戮劇が繰り広げられ続けていたのだった。


 まず死刑宣告を受けた重罪人たちに対し、敵対するもうひとつの中原大国ノスティラス皇国の軍将校または兵卒の役割が与えられる。

 軍人・傭兵経験者は将校に、一般市民であれば兵卒に。

 そして切れ味の悪いなまくらの剣や槍などの武器が支給される。将校役には識別のためにぼろぼろの物ながらも防具が与えられるが、兵卒役には防具は一切支給されない。


 各演目には台本らしきものがあり、あるときは森林におびきだされた体でコロシアム中央に引き出され、四方八方から解き放たれた熊、狼、虎などに襲われる。

 貧弱な装備の上、烏合の衆である罪人たちは、なすすべなく食い殺されていく。


 またある演目では、コロシアム中央にノスティラスの要塞をこしらえて罪人を押し込め、周囲を金の戦車隊で走りながら取り囲む。

 最新鋭の長弓や鉄鎖球、投網などを用いながらほぼ一方的に罪人を殺戮していくのだ。

 

 そして血しぶきが上がるたびに、観客達は狂ったように足を踏み鳴らし、大歓声を上げた。老若男女全てがだ。もはや彼らの堕落ぶりも極まっているようだった。


 これらの様子を観客席の中央付近に陣取ったナユタ・フェレーインは、眉間にしわを寄せ、嫌悪感と憤怒に満ちた表情で見守っていた。


「なんて、酷い……想像を超えてた。

ある程度の正当な戦いがあるかと思えば、かけらもない。ここまで一方的で悪趣味な、鬼畜の所業を見せつけられるとは思ってなかったわ。

こいつら、人間じゃない。これを考えてやらせてる奴らも、殺してる奴らも、見て喜んでる奴らも!」


 肩に乗るランスロットも、蒼ざめた表情でうつむいた。


「僕も少々考えが甘かったね……。そのとおりだよ。今血を流してる罪人たちじゃない、このダリム公国の奴らこそ地獄へ落ちるべきだ」


 2人とも軽口をたたく余裕などなく、ひたすらコロシアムで行われる鬼畜の所業を見ていた。すぐにでも去ればよいのだが、なぜかそれができなかった。一度見てしまった以上、最後まで見届けなければならない気がしたのだ。


「次、英雄ラディーンの登場演目だね」


「もう、こんな一方的殺戮に加担する鬼畜になんてかけらも興味はないけど……これ以上のいったいどんなことを」


 もう想像するのも嫌だったが、見届ける覚悟で2人は待った。



 *


「いよいよ、最後の演目だな、ダリム公」


 相変わらずボックス席の玉座に頬杖をついたままのダレン=ジョスパンは、落ち着き払いながらも、やや熱気を帯びた口調で右隣の玉座に鎮座するダリム公に話しかけた。


「次はラディーンの出番か。奴の仕上がり具合はどうなのだ?」


 それを聞くと、ダリム公の顔面に笑顔が戻り、誇らしげにとうとうと語り始めた。


「そうですな、我がコロシアム最強の剣士である奴ですが、ここ数年でもないほど最高の、万全の仕上がりです。

体調面はもちろんのこと、奴の代名詞でもある二刀ミドルブレードも、たゆまぬ鍛錬によって切れ味を増しております。昨日も試技を行わせましたが、3連を誇る連続回転斬りが飛び出せば、一瞬にて20人からの人間の首を胴から離すことが可能です。なにしろ……」


「奴の技そのものについてなどは、お主の口から聞くまでもない」


 ダレン=ジョスパンはぴしゃりとダリム公の話をさえぎり、もとの冷淡な口調で云った。


「もともと、我がエストガレス王国の西部方面師団長として華々しい戦果を上げし真の英雄であった男。

余とはかつて戦場を共にし背中を預けた旧知の仲だ。

……提示された破格のゴールドと利権、労せずしてきらびやかな脚光を浴びうる別の英雄としての立場――。そしてもっとも重要な『己の理由』に目がくらみ、騎士の誇りと忠義をあっさり捨て、お主の操り木偶デクには成り下がりはしたがな」


 痛烈な皮肉をこめてダレン=ジョスパンが続けた。ダリム公が再び仏頂面に戻る。



 *


「次……が俺達の出番、みたいだな」


 コロシアム中心部に面した裏側、薄暗いクロークの中には300人ほどの罪人たちが集められていた。その中の一人の若者、マルクが隣にいるローブの女にだけ聞こえるようにつぶやいた。彼らの手には、刃の丸まった片手剣が握られている。


「こんななまくらを持たされ、何時間も待たされてる間……先に送られたやつらがどんな目にあったのかは、壁をへだてても聞こえる悲鳴と断末魔で想像はつく。

もう生き残ってるのは俺達だけだろう。あんたらのような凶悪犯と一緒になった時点である程度想像はできたが、おそらく俺達が出るこれは最終演目……英雄ラディーンの制圧劇、になるはずだ」


 ローブの女がマルクに顔を向けた。


「さぞかし進行係が場を盛り上げ、これ以上ない派手な演出で俺達を皆殺しにしてくれるだろうな。ああ、せめて死ぬ前に一目、アンナに会いたかった……」


 ローブの女はマルクの顔を覗き込んだままだ。


「最後、道連れになるあんたの名前だけでも……せめて知っておきたかったな。まあいい。難しいだろうが、お互いせめて苦しまずに一息に死ねるよう祈ろう」



「おい!!! 貴様らの出番だ! ここから出て中央へ整列しろ!!」


 遂にやってきた罪人の管理担当の兵長の怒号が響き渡り、同時にコロシアムへと続く鉄扉がゆっくりと、地響きとともに開く。

 クローク内に一気に直射日光が流れ込み、数時間暗闇の中にいた罪人たちはしばし目が眩む。しかし耳は、たちまち観衆たちの上げる熱狂的な歓声で覆われていった。

 

「さあ皆様お待ちかね!!! エストガレス領ドゥーマ要塞を攻め落とさんとする、悪逆非道なるノスティラス皇国、5万の西部侵攻軍の登場です!!!」


 朝顔の花のように開いた巨大な拡声管を通した、進行係の煽りの台詞が、中央部へ引出される罪人に容赦なく降り注ぐ。


「周辺の町へ略奪の限りをつくし、要塞に兵糧攻めをかける人語に尽くしがたい悪の軍勢!!! これに対するは、救援の要請を受けかけつけた我等が英雄!!!

ラディーン・ファーン・グロープハルトォォォーー!!!」


 観客がひときわ大きな歓声を上げると同時に、ボックス席下の大扉が開く。

 中から姿を現したのは、光り輝く黄金の装飾に彩られた5台の戦車。それらが中央部に向け進軍するにつれはっきりと姿を現した、中央の1台の戦車に立つ1人の剣士の姿に場の全員の視線が注がれた。


 その剣士の甲冑は、鎧、小手、具足全てが意匠をこらした金細工だった。

 肩からは真紅のマントを纏い、その下から覗く、腰に下がったミドルブレード二本の鞘が目に付く。

 肩よりも伸びたブロンドの長髪はさらさらと風になびき、その間から覗く貌は、碧水晶色の瞳と細く整った鼻、薄く紅の差した唇をもつまさに絶世ともいえる美男子だった。

 

 男でも一瞬目が離せなくなるほどの容姿だったが、女性達、ボックス席にいる貴婦人などは、そのような域を超えすでに恍惚とした表情を浮かべている。

 


「あいつ、顔だけじゃないよ。噂どおり、出来る」


 観客席のナユタが云った。


「利き腕は右、それに合わせたすり足に対応できる常に自然な足位置、あの馬車の振動の上でも手を振りながらほぼ体がぶれない強力な体幹。

加えて二刀流の剣士は大体利き手と逆の受け手側の剣は短く造るもんだけど、あいつのブレードは左右ともまったく同じ長さだ。おそらくあれにも何か秘密があるよ」

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