第27話 この子を……幸せにしてあげてください
林の中を進むと間もなく湖に出た。カミュはまだ泣き止んでいない。セルシスたちもご機嫌斜めだ。
「それで、どうしてこんなところに? 早く帰った方がいいと思うんだけど」
「ああ、それは――」
足音が二つ。外套に包まれた彼らは目深に被ったフードを脱ぐ。現れたのはカミュの両親だった。
カミュの泣き声がピタリと止み、マリアさんの腕の中で恐怖に震え始める。それを見た両親は目を伏せ、憂いを浮かべる。
「なにしに来たわけ? これ以上、カミュを傷つけ――」
掴みかかろうとするセルシスを止めると、怒りの矛先が僕へ向けられた。
「おまえっ、こんな奴らの味方をするの?」
「違うんだよ、セルシス。ああするしかなかったんだよ、たぶん。そう、ですよね……?」
僕の問いかけに二人はガックリと肩を落とし、その場に跪いた。
「先ほどは大変失礼を致しました」
地面に頭を擦りつけるほどの低頭。これはいい土下座だ。
彼らの前に仁王立ちしたセルシスが、修羅のような形相で睨めつける。
「待て待て待て! 踏んじゃ駄目だからね?」
「は? そんなことするわけないでしょ。おまえの頭以外踏まないわよ」
なんだよ、その無駄なこだわり。……あれ? 僕だけ特別扱いされてる? え、何この気持ち。胸の奥がじわりと温かくなる。
「これってまさか、恋……」
「コイなんていないぞ?」
リノが湖を見ながら言う。
「コイってうまいのか?」
「分からん」
「バカなのか?」
拳骨で黙らせようとするも、すんでのところで拳を止める。股間を見るとリノの蹴りもあと数センチのところで止まっていた。こいつ……学習してやがる!
「どうした? やらないのか?」
「きょ、きょうのところはかんべんしてやるよ」
あのときの痛みを思い出して声が震えてしまう。
きょとんとした表情で僕らを見ていた両親に先を促す。
「許されないことだとは分かっています、けど、仕方がないんです。村のしきたりに背けば、私たちが殺されてしまう」
父親の語る村のしきたりを聞いて僕は耳を疑った。
この村では子どもを売ることが禁じられている。古くから、子どもは神によって遣わされた存在だと信じられているためだ。
だから極端に裕福になる人はいない。そもそも貧しさとは無縁で、ほとんどのものは村の中で賄われている。村という集団での自給自足が成り立っているのだ。
けれど、やはり足りないもの出てくる。薬や鉄など金がなければ手に入らないものがあった。そのため、いつからか一つの儀式が行われるようになった。
それが生贄の儀。
この湖の向こう側。林を抜けた奥に祭壇があり、そこに子どもを寝かせて拘束する。その後は一年間、誰も近づいてはならない。一年後に行くと、祭壇から子どもの姿が消えている。
神への感謝を伝えるために一年に一人、子どもを神へ返す儀式だそうだ。
もちろんそれは建前だ。生贄になった子どもは政府によって勇者教会の施設に入れられる。そこでアルカゼノマーになるのだ。手に入った金は村の運営資金として使われる。
そして前年の生贄がカミュだった。生贄として捧げられ、神へと返したという建前がある以上、彼女は村にとって生きていてはならない存在。受け入れられるはずもないのだ。彼女の存在を認めてしまえば矛盾が生じ、村のシステムを否定することに繋がる。それは村の崩壊を意味していた。
だから村の中では自分の娘を否定しなければならない。娘が生きて帰ってきてくれたという喜びに蓋をして、愛情を殺して、冷酷にならなければならない。
このことは村の誰もが知っていて、けれど誰も正そうとはしない。だってそれは昔から決められていることだから。自己矛盾を抱えながら、彼らは自分の子どもが生贄に選ばれないことを毎年願い、祈り、怯えている。
「だからって、どうしてカミュが? 普通は六歳からでしょ?」
セルシスの疑問は最もだった。それは僕もずっと気になっていたことだ。
アルカゼノマーの適性があるかどうかは六歳にならないと判断できない。また、歳を経るごとに適性値が下がるため、一般的には六歳から八歳の子どもが買い取りの対象となるのだ。適性次第で金額が大きく変わるため、売る側も六歳になるまで待つのが普通だ。それより下の年齢で売る場合、固定価格での買い取りとなる。その値段は通常の買い取り価格の平均を下回っているため、よほど切羽詰まっていない限りは売らない。
「村では一時期子どもが生まれなくなったんです。八歳を超えた子ともは村の未来を担うため選ばれることはありません。五歳の子どもは数人いましたが、彼らは六歳になることを望まれていました」
「だから、四歳だったカミュが選ばれたのね」
父親はやるせなさそうに頷いた。
適性はあくまで買い取り価格のための指標に過ぎない。政府としては適性に関わらず手術を行い、成功すればよし、失敗すればまた調達するだけの話だ。
歪んでいる。けれどそれは、この村に限ったことではない。世界そのものが間違っている。こんなの一人の力でどうにかできることではない。だから彼らを責めることはできなかった。
「身勝手を承知でお願いします。ですが、どうか……どうか、カミュのことをよろしくお願いします。この子を……幸せにしてあげてください」
再び頭を地面につけるカミュの両親。娘を想う親の姿がそこにはあった。
複雑な面持ちでそれを見下ろすセルシスの肩に手を置く。
それはきっと彼女が欲しかったものだろう。けれどカミュと両親は引き裂かれる運命にある。一緒にいることは許されない。羨ましい気持ちと、やるせない気持ちがセルシスの中で渦巻いているのだろう。
僕が頷くと、両親は寂しげに笑って再び深々と頭を下げた。最後となる娘の姿を目に焼きつけるように眺め、その頬から一筋の涙が伝った。それを隠すように二人は背を向け、寄り添いながら引き返していく。
娘を抱き締めたかっただろうに、彼らは堪えた。そうしないとカミュを手放せないと思ったのだろう。その気持ちが伝わったのか、カミュはマリアさんの腕を抜けて走り出した。小さな足が二人の背中を追う。
「ぱぱっ、ままっ」
セルシスがカミュを羽交い締めにする。両親の下へ行こうと暴れるけれど、セルシスは決してその手を緩めない。
「しぇるしー、やっ、やっ」
大粒の涙を流し、カミュは短い腕を伸ばす。
「ぱぱ! まま! やっ! やっ!」
両親は一度だけ立ち止まった。振り返ろうとした母親の肩を強く抱き、父親が首を振る。泣き崩れそうになる母親を支え、再び歩き出した。
二人の姿が見えなくなっても、カミュは手を伸ばし続けた。
セルシスはカミュの背中に顔を埋め、「ごめん、ごめんね」と許しを請うように泣いていた。
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