第23話 におう、におうぞ!
帰り道は互いに無言だった。けれど、手から伝わる温度が雄弁に語っている。
家に着くと彼女は名残惜しそうに手を放した。俯いて、スカートの裾を握り締める。
「大丈夫だよ」
リノたちはお前の帰りを待っているから。
「……うん」
勇気を振り絞るように目をぎゅっと閉じて深呼吸。ゆっくりと吐き出す息は、かすかに震えていた。
彼女が扉へ手をかけたその瞬間、向こうから勢いよく開いた。
玄関の戸は外開き。セルシスは額に殴打を受け、よろめきながら倒れるように僕の腕の中へ収まった。
「あっ――」
満面の笑みを引き攣らせ、リノが固まる。その後ろにいたマリアさんは頬に手を当てて目を伏せ、カミュは大きく首を傾げていた。何が起きたか分かってないんだろうな……。
額を押さえたセルシスは彼女たちから目を逸らし、何度か口を開きかけるも言葉が出ない。ようやく出てきたのは、いつもの悪態だった。
「そ、外に人がいるって発想はないの? まったく、リノは本当にバ――」
「セルシー!」
飛びつくようにセルシスの身体を抱き締め、頬をスリスリする。
「ちょ、ちょっと、やめなさいよ……」
「セルシー! セルシー!」
二つの柔らかい頬がぷにぷにと形を変える様を見ていると、心が癒やされる。
そこへマリアさんとカミュも加わり、セルシスは迷惑そうに悪態を吐く。けれど、耳まで赤く染まったその表情は口元が緩み、柔和な眼差しでリノたちを眺めていた。
セルシスを伴ってマリアさんたちが家の中へ入っていく。僕も入ろうとすると、リノが駆け寄ってきた。
「かならずセルシーを見つけてくれるって、信じてたぞ」
屈託のない笑みを浮かべるリノの頭を撫でてやると、不思議そうな声を上げた。
「シャルからセルシーの匂いがする」
「は? 何言って――」
心当たりがありまくりだった。下着姿のセルシスを抱き締めたのを思い出す。柔らかかったな。腕の中にすっぽりと収まって、抱き心地は最高だった。胸がぺたんこな分、密着度が高く、彼女のすべてを感じることができた気がする。幼女最高かよ……。
「におう、におうぞ!」
「そ、そうかなー、あはは……」
下着姿ってほとんど全裸みたいなものだし、いよいよまずいのでは。
「リノ、なにしてるの」
セルシスだ。きっと彼女も旧家でのことを知られたくないのだろう。あれは二人だけの秘密。誤魔化してくれるはずだ。
「なんかな、シャルからセルシーの――」
「こんなゴミムシに構ってないで早く中に入りなさい。近くにいるとゴミムシが移るわよ」
いや移んねえよ。
「アハハ、それはいやだぞ。じゃあな、ゴミムシ!」
えぇ……。扱い酷くない?
リノへ続こうとするセルシスは立ち止まると、小さく振り返った。後ろ手に組んだ指が白むほど強く絡まる。笑みを噛み殺して、柔らかい声色で言う。
「……なにしてるの。はやく、入りなさい……シャル」
ふっと笑みを吐き出して、僕は彼女の後ろに続いた。
何だよ、かわいいかよ。
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