第148話 生徒会ガールズトーク
その日の放課後、生徒会室では、来たる生徒総会に向けての予行演習を行っていました。
会長役、副会長役を後輩に任せて、わたしたち現執行部は質問役に回ってます。
「サッカー部は昨年度、県大会で3位という優秀な成績を収めているのに、部費はどうして削減されているのでしょうか」
わたしは壇上に質問を投げかけます。
生徒会長
「えっと、それは」
手元の紙資料をめくり、めくり、最後まで行ってしまい、再び最初のページから見直して、ようやく手を止めました。
「部員数の減少が……、あったから? です」
自信なさげな返答には、会長補佐の遠藤さんが応じます。
「うーん、おしい。実は別の理由があるの。県大会ってもうひとつあったでしょ? そっちで大コケしちゃったからなの。具体的には1回戦敗退ね」
「えっ、あ……」
会長役と副会長役はそろってうつむいてしまいます。静まり返った生徒会室に、遠藤さんの鼻歌――高校サッカーのテーマソング――がかすかに流れています。
壇上の2年生たちを見て、切り上げどきと判断します。これ以上続けても、動揺を引きずってしまうだけでしょう。
「――では、今日はこの辺りにしておきましょうか」
生徒総会のシミュレーションの終了を宣言すると、2年生たちはあからさまな安堵の表情を浮かべました。手際よく荷物を片付け、机を元の位置に戻し、そそくさと生徒会室から出ていきます。
彼らが出ていった戸口を眺めながら、内心でため息をつきます。これからファストフード店に立ち寄って愚痴を言い合うのでしょうか。
「どう思いますか?」
わたしは後ろを振り返り、部屋の後方の壁にもたれて様子を見ていた先生に声をかけます。
先生といっても、生徒会顧問の国沢先生ではなく、生徒指導担当の堂上先生です。様子を見たいという申し出を、生徒の立場では断ることもできず、堂上先生はなぜかこの場に居座っています。
「終わる前に、もう少し、フォローしてやった方がいいな。あれでは失敗したことへのショックしか残らない」
「甘やかすことにならないでしょうか」
「それでもかまわん。甘やかして、それに乗っかるような生徒かどうかが、そのときの反応でわかる」
「なるほど、甘えるか、奮い立つかの二択になるわけですね。勉強になります」
先生のアドバイスは確かなもので、わたしはうなずきつつ応じます。
「ただ、ちょっと要求が高すぎるきらいはあるな。さっきの質問もそうだが、重箱の隅をつつきすぎだろう。こういう言い方はなんだが、誰もが繭墨のように意識が高いわけじゃないからな」
「特別、そんなつもりはないのですが……」
「無意識ならなおさらだ。相手に高いレベルを求めるならば、相応の場所へ行った方がいい」
「相応の場所、ですか」
「ああ、現在の進路もいいが、お前ならばもっと上を狙えるはずだ。考えてみるといい。まだまだ時間はあるからな」
堂上先生の話はいつの間にか進路についてのことにすり替わっていました。しかし、その内容に興味がないと言えば嘘になります。
「……そうですね、こちらの意図を過不足なく汲み取ってくれて、足を引っ張ることのない、そういう人たちばかりという環境は、悪くないでしょうね」
「そうか」
「でも、そういう場所へ行くためには、今のままではいけませんよね」
確認の意味で問いかけると、堂上先生は満足げにうなずきます。
「確実性を取るならば、もっと勉強に集中できる環境づくりが必要だろう。今の楽しさを優先したい気持ちはわかるが、時間の使い方に後悔のないようにな」
あらかじめ用意されていたかのような説得の文言。おそらく堂上先生はご職業柄、同じような話を何年にも渡って、何人もの生徒に語ってきたのでしょう。言葉の内容だけではなく、そのしゃべり方も淀みなく、熟練が感じられるふるまいでした。
「……どう思いますか?」
先生が退出すると、わたしは副会長の近森さんと、会長補佐の遠藤さんに声をかけます。
「堂上って、進路指導の先生だろ。なぁんか、上から目線でヤな感じだよな」
と近森さん。
「私もね、お前ならもっと上の大学を狙えるってよく言われてるの」
遠藤さんが嫌そうに眉を寄せ、それを見た近森さんはケッと悪態をつきます。
「こっちはそんなのひとっ言も言われたことないぞ。せんせー、生徒は平等に扱うべきだと思いますー」
「学歴が高い方がいろいろ有利ってのは事実なのが世知辛いところだよねぇ。……ところで会長、今なぁんか、不穏なこと言ってなかった?」
「そうそう、今のままではいけないとか、時間の使い方がどうのこうのって、あれ、要するに阿山との付き合いを考え直せ、って言われてるんじゃないのか?」
「そのことで相談があるんだけど、時間は大丈夫かしら」
問いかけると、二人は答えるまでもないという風に椅子を動かして輪形に位置取りをします。
「もちろん。生徒会ガールズトーク、久しぶりだねぇ」
遠藤さんがゆるふわな笑顔をほころばせます。
「恋バナとか別になー、でも、会長がどうしてもって言うんなら、相談に乗ってもいいけどさぁ」
近森さんはそっけない物言いですが、口元にはニヤニヤ笑いを浮かべています。わかりやすいツンデレというのは、周囲に照れくささをまき散らすものなのですね。正直、ちょっと居たたまれません。
「ではさっそく聞きたいんだけど、近森さんは、卒業した後、彼氏さんとどうするつもりなの?」
「うぇ? あ、あたし? あたしは……、んー、彼も地元に残るみたいだから、そんな深く考えてないな」
「そう。将来的にどうなりたいかは考えているの?」
「将来!?」
近森さんは素っ頓狂な声を上げて椅子から滑り落ちんばかりのリアクション。
「将来ってあれか? 入籍とか結婚とか、そういう話?」
そして、2人して顔を近づけ、こそこそと小声でやり取りを始めます。
「おいおい、ヤバいよ会長、質問がなんかマジだ」
「これちょっと安請け合いしちゃったかも……」
「……だな、下手に答えるとこっちの恋愛観がガタガタにされるっつーか」
「それでは、遠藤さんは、異性に何を求めるのかしら」
「えっ!? あ、あたし? それって、年収とかの話?」
遠藤さんは肩をすくめて姿勢を正します。
「そこまで飛躍しなくてもかまわないけど……、そうね、女性が男性に向かって、自分を幸せにしろと要求するセリフがあるでしょう」
「あるけど、言い方が直接的すぎて可愛らしさゼロだよ……」
「それ普通、わたしを幸せにしてね、ってウェディングドレス着て満面の笑顔で言うやつだろ……」
「そこで、何をもって幸せとするのか、という疑問よ」
二人の反論は素通りして続けます。
「確かにお金があれば生活に余裕が生まれる。相手を思いやったり自由な時間が作れたり、プラスが多いと思うわ」
「いや、そこは金より愛だろ」
と近森さんが声を上げ、
「アイって」
と遠藤さんが口元を抑えます。
「なんだよ」
「お金の切れ目が縁の切れ目っていうの? あれ、けっこう真理だと思うなぁ」
近森さんは不機嫌そうに眉をひそめ、遠藤さんは薄笑いを浮かべます。
「お姉ちゃんの友達で、学生時代からすっごく仲のいいカレカノがいたんだけど。ミュージシャンを目指すカレを、カノジョはバイトをいくつも掛け持ちして応援して、でも結局、芽が出なくて別れちゃったの」
「ミュージシャンを諦めた彼はどうしたんだよ」
「実は同じバンドの子とデキちゃってて、だから破局の本当の理由はカレの浮気」
その救いのない結末に、近森さんは絶句します。が、どうにか口を開いて、
「……だったら、縁の切れた原因は金じゃないだろ」
「お金がなくて余裕がなくてヒマもなくて、ゆっくり話し合う時間もなかったから、カレが他の子になびいちゃったんじゃないかなって、あたしは思うんだけど」
再び絶句する近森さんに、さらに追い打ちをかけるように、
「あ、ちなみにデキちゃったっていうのはこっちの意味もあるから」
と遠藤さんは腹部を撫でる仕草をします。
「それは……、極端な話だろ……」
反論には力がありません。愛の敗北に強いショックを受けているのでしょう。それはともかくとして、遠藤さんの話の中で、ひとつ引っかかることがありました。
「……子供は愛の結晶などとよく言われるけれど」
わたしはふと気になってそう口にします。
「デキ婚という言葉があるように、子供ができたから観念して結婚する、既成事実に後押しされる流れはとても多いように思えるわ。婚姻届けよりも婚約指輪よりも明白で、逃れようのない絆のかたち……、いいえ、もはや鎖というべきかしら?」
二人に問いかけてみても返事がありません。ふたたび顔を寄せ合って、何やら小声で話し合っています。
「やっぱ今日の会長ヤバいって、踏み込みすぎだろ」
「そのうえ完全にブレーキ壊れちゃってるし」
「あ、そうだ、阿山にメールして、持って帰ってもらおう」
「そうだね、うん、それがいいよ、文面は、えっと……」
「何をしているの? 話はまだ終わってないわよ」
呼びかけると二人そろって悲鳴を上げます。とても失礼な反応でした。
◆◇◆◇◆◇◆◇
放課後、僕と赤木はホームセンターにやってきていた。アウトドアグッズを物色しにきたのだ。
どうせランタンとか寝袋とか、折り畳みテーブルとかチェアとか、その程度だろうと高をくくっていたが、なかなかどうして、ラインナップがすごい。特に感動したのが、どれも携帯しやすいようにコンパクト化を意識していることだ。ただサイズが小さいだけではなく、各所に折り畳みや組み立ての工夫が凝らされていて、見ているだけで時間が過ぎていく。アーミーナイフとか超格好よかった。
僕たちに所持金を気にしない程度の財力があれば、あれもこれもと買いそろえてしまっていた可能性大だ。買っただけで満足してしまうという危険なパターンも考えられる。アウトドアグッズ、恐るべしである。
「やばいな、アウトドアグッズ」
「そうだね」
「男心くすぐりすぎだろこれ」
「心がざわつくよ」
「俺もだ……。我慢できてるのは財布の中身を知ってるからだな」
乙姫が金銭面について強く念押しした理由がわかった。我が身の経済的不自由さを嘆いていると、ふとスマートフォンが鳴動した。
「どうした? 誰から? まさか繭墨からか? 新たな指令なのか?」
赤木が顔を引きつらせて言う。かわいそうに、学校でのしごきがよほど堪えたらしい。だが、あの程度は序の口だ。あんなので音を上げていたら、乙姫と付き合うことなんてとてもできない。
遠藤> お前の嫁でしょ、早くなんとかして
「……いや、よくわからない。ただのイタズラじゃないかな」
いくら文面を読み返しても意味が解らず、僕はスマートフォンを仕舞った。生徒会室の惨劇など、このときは知る由もない。
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