第100話 もっと楽しまないといけないのに
ホテルの1階ロビーで、あたしたちの班はヒメによって仕切られている。
「皆さんからのリクエストを基にルートを作成しています。これに従って史跡を回りたいと思いますが、何かご意見はありませんか?」
ヒメはなんと本日の予定表を自作していた。どこへ何時にどういう手段で移動するのか、そこでは何分くらい滞在するのか、といった細かいスケジュールまで決まっていた。生徒会活動じゃないのに、やけに力が入ってる。
あたしや進藤君はヒメのことをよく知ってるから、ちょっとびっくりしつつもさすがだなぁって感心してたけど、赤木君なんかちょっと顔が引きつってたし。
だけどそんな中、キョウ君はぼけっとして反応が薄い。
ヒメはそんなキョウ君を気にせずに話を続けている。
「まず清水寺、そこからすぐ近くの
平然としゃべっているヒメだけど、心の中は違っていることに、初めて気づいた。
だって今、〝阿山君〟って言うとき、ものすごく意識してた。発音の一つひとつを外さないように、卵でお手玉をするみたいに、とても丁寧に、大切にしている感じだった。二人の間に何かがあったとしても、相手を嫌いになるようなことじゃないみたいで、ちょっと安心する。
「そこでいったんお昼休憩をはさんで、赤木君ご希望の八木邸へ向かい、最後に、進藤君リクエストの金閣寺です」
あまりスマートなルートではないのですが、最短距離を結ぶとこうなってしまいます、とヒメはなんかブツブツ言ってた。あとで地図を見せてもらったら、確かに目的地を線で結ぶとジグザグになっていて、完璧主義なところのあるヒメはそれが不満だったみたい。
◆◇◆◇◆◇◆◇
清水の舞台の上は観光客でごった返していた。
想像してたよりも狭い清水の舞台の上で、あたしはそこから見える景色よりも、ヒメとキョウ君のことが気になっていた。
紅葉を眺めているヒメ、の横顔を見つめているキョウ君、の横顔を観察しているあたし、という図式にちょっと切なくなる。せっかく来たんだから、もっと楽しまないといけないのに。
その場で回れ右して舞台の手すりに背中を預けると、赤木君と目が合った。
「ん? どしたの?」あたしは首をかしげる。
「お、おう……」赤木君はなぜかキョドって視線があちこちへ飛び回っていた。「ああ、そうだ、写真、撮ってやろうか?」
何かを誤魔化してるのはバレバレだったけど、清水の舞台から撮った一枚はやっぱりほしいと旅行前から思ってたから、お言葉に甘えることにした。お返しに赤木君の写真も撮ってあげた。
「あ、そーだ。写真! みんなで写真撮ろうよ!」
あたしはふいに思いついて、班のメンバーを招集する。
強引にヒメとキョウ君を並ばせて、その隣にあたし。キョウ君を2人で挟み込む。ヒメは一流ホテルの従業員みたいに両手を身体の前で揃えて、すごくお行儀の良い立ち姿だった。赤木君と進藤君はその両端でテキトーに。
観光客のおじさんにお願いした写真はキレイに撮れていた。すまし顔のヒメに、我ながらいい笑顔のあたし。進藤君はいつもどおりのぶっきらぼうな顔で、赤木君はちょっと軽い感じで楽しそうに笑っている。キョウ君はあくびをする直前みたいな変な顔になっていた。
次の目的地は清水寺のすぐ近くにある地主神社。
ここは縁結びで有名なところだ。
叩いて祈れば願いが叶う
「ここ、百代のリクエストなんだろ」
女性服専門店に連れてこられたみたいにそわそわしている赤木君に、あたしはスマホを開いて、地主神社のホームページを見せた。
「京都の名所を調べてたら見つけたの」
「すげえキラキラしてんなこのサイト。ブログにフェイスブックまで……。クリスマスやらバレンタインも積極的にアピールしてるし、節操がねえな」
「日本ってあちこちに神様がいるっていうか、宿る? みたいな考え方なんでしょ。外国のイベントが、日本のノリに影響されて
「おお……、スピリチュアルな思考とグローバルな視点を併せ持ってんな……」
「ふふん、そうでしょうそうでしょう」
赤木君の言ってることがちょっとよくわからないけど、とりあえず頷いておく。
それから、神社の売店を渋い顔で眺めているキョウ君に声をかけた。
「ね、神様に縁結びをお願いするのってどう思う?」
「個人の自由だけど、お守りなんて詐欺みたいなものだと僕は思うよ」
キョウ君はニヒルに口元を上げる。
「願いが叶う、なんて信ぴょう性のない〝効能〟をくっつけたものを、千円くらいでばらまいている。一人から大金をだまし取るんじゃなくて、不特定多数から少しずつ巻き上げていくのは、やっぱり勝ち組のやり方だよ。国家や大企業、あるいは神様のような――って繭墨!?」
話の途中でヒメが売店に並んでいるのを見つけて、阿山君がすごいノリツッコミをした。同じ目標に向かって頑張っていた仲間に裏切られたみたいな虚ろな表情で、嘘だろ、とつぶやいている。
強いショックを受けてるキョウ君の様子はちょっと面白かったけど、それより今はヒメの方が気になった。あたしはヒメのところへ駆け寄って、どんな顔でどんなおみくじを買ってるのか確かめる。
「ね、何を買ったの?」
ヒメは無言で〝家内安全〟と書かれたシンプルな小袋のお守りを差し出した。
「あれ、レンアイのは?」
「現状、特に不満はないわ」
「ヒメの口からナチュラルにノロケが……」
「今のところは自力でどうにかできる段階というだけよ」
「ふぅん……。じゃあ、
あたしはつい思ったことを口にしてしまう。
「まあ……、そうね」ヒメは声を細める。「ウチの両親、そろそろ本格的に秒読み段階になってきてるから」
「それって、
あたしが言葉をぼかすと、ヒメも苦笑いでうなずいた。
「そう、アレよ」
なんか意外だった。ヒメの家庭事情はなんとなく察してたけど、それを本人があまり気に病んだりしているようには見えなかったから。
「ヒメってこういうとき、なるようになるわよ、とか言っちゃって、あまり気にしないんじゃないかと思ってた」
「そうね、わたしもそうだと自覚していたけど、でも、いざリミットが近づいたら、焦りを感じてきたの。もうわたしに、何ができるわけでもないのに」
「だから神頼みするの?」
「少し違うわ。こんな当てつけみたいなものを渡して、あなたたちの娘さんは、あなたたちが思っているほど物分かりがいいわけではなさそうですよ、って神様に代弁してもらうの」
とヒメは悪戯っぽく笑い、お守りのヒモを指でつまんでぶらぶらと揺らす。
「当てつけかぁ」
とあたしは後ろの方でまだボケッとしているキョウ君を振り返る。
恋愛祈願で有名な神社へ来たことが、あたしからキョウ君への、まさしく当てつけだったんだけど。
どれくらい揺さぶれているのかは、その表情からはよくわからなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます