第74話 なんとなく、走り出したくなる気持ち
ホームルームでは2学期の各委員が選出された。前委員長である僕の最後の仕事が、その司会進行だった。1学期の頃よりはスムーズに進んだと思うが、それは進行の手際がよかった――というわけではなくて、単純にみんなさっさと終わらせたいという共通認識があったからだろう。
ちなみに2学期のクラス委員長は、意外なところで倉橋夏姫――そう、あのキャットブリーダーのキツネが手を挙げていた。僕は文化祭実行委員に立候補し、そのまま了承された。
続いては文化祭の出し物を決める話し合いだ。
その司会進行が、今度は文化祭実行委員としての僕の、最初の仕事であった。
喫茶店系、屋台系、アトラクション系、やる気なし系と、いくつかのありきたりな出し物が提案されていく。
――以下一覧。
『メイド喫茶』
『執事喫茶』
『アイドル喫茶』
『ビジュアル系喫茶『宿命の迷宮』』※赤木による案
『スイーツ系屋台』
『焼き物系屋台』
『お化け屋敷』
『謎解き屋敷』
『休憩所』
『何かの展示』
文化祭の定番と言える出し物や、あるいは突拍子の無いもの、流行りもの。
どれもこれも、正直言ってピンと来ないラインナップであった。
僕の方から、これをやりたいという積極的な意見はない。おそらく実行委員の方の作業で手いっぱいになるので、クラスの出し物にはあまり参加できないだろう。それでも、この中から選ばれるのでは、あまり気分が盛り上がらない。
もう一声ほしいなと内心で思っていると、一人の生徒が手を挙げた。
「……はい、百代」
指名すると、百代は席を立って、緊張した面持ちで言った。
「えっと、劇がやりたいです。演劇」
クラスメイトの反応は、ああ、それがあったか、という程度のものだった。
それまで挙がってなかっただけで、取り立てて珍しい出し物ではない。このままではほかの意見と同じように埋もれてしまうだろう。
それが惜しいと思った僕は、ふと質問を投げかけていた。
「演劇をやりたい理由って何かある?」
問われるとは思ってなかったのだろう。
百代は戸惑い、数秒ほど考え込む。
「えっ、それは……、あたしは、1年の文化祭で喫茶店をやったんだけど、それがなんか、不完全燃焼だったっていうか……。ヒマだったわけじゃないんだけど、2日間ずっと単調で、最初はいろいろ新鮮だったけど、初日の午後にはもう気持ちが中だるみしちゃってて。最終日なんてもっとだらだらで、自分たちの入れたお茶を自分たちで飲んでたし」
いったん言葉を切って、そして続ける。
「だからこう、前準備の成果をドーンと一気に発揮できるみたいな、そんなイベントを、今年はやってみたいなと思って……、思いました」
百代は顔を赤くしながら最後まで話し終えると、一礼して着席した。
クラスメイトたちの表情は、いくらか変化していたと思う。
でもこれじゃ、百代だけ
「えーと、他の出し物を提案した人で、何か主張したい意見みたいなのはある?」
フォローするように意見を募ってみたが、手を挙げる者はいなかった。
最後に投票を行う。
二年一組の出し物は、過半数を超える支持を受けて演劇に決まった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
放課後、教室を出て生徒会室へ向かっていると、百代が声をかけてきた。
「キョウ君、なんであんな質問したの?」
「え?」
「多分、あたしの意見を聞いて気が変わったって人、多かったと思うよ」
「だろうね」
僕があのタイミングで百代に質問をしたからこそ、他のクラスメイトも耳を傾けた、という点はあるだろう。最初から『出し物の提案プラスその理由を言う』というスタイルで発表していれば、結果が違っていた可能性は高い。
「ね、なんで?」
さらに詰め寄られ、僕はあの瞬間の思考を思い出す。
「百代の意見だから単純に興味が湧いただけだよ。なんで急に演劇なんてやる気になったんだろうって、僕が聞きたかっただけというか、……だから、まあ、贔屓したってことになるのかな」
「ひーき……」
「そう、だからほかの連中には黙っててよ」
特に赤木からは『ビジュアル系喫茶』に最終的に賛同しなかったことで、裏切りの堕天使扱いされているのだ。僕の背中に翼はないというのに。
「うん、わかった……」
それからね、と百代は話を続ける。
「去年と比較してどうっていうだけじゃなくて……、今年は、ヒメがなんか、文化祭に向けてやる気を出してるでしょ?」
「だね」
「キョウ君もそれをサポートする気マンマンで実行委員になったんでしょ」
「……まあ、うん」
僕はためらいながらも、相槌を打つ。
生徒会長にまつわる、同棲やら不純異性交遊の噂。それを打ち消すために、もっとインパクトのある話題を提供する――というのが文化祭でのイベント強化の目的だ。
だったら僕もそれを手伝わないわけにはいかない。
百代には
「だからあたしも、なんとなく、走り出したくなる気持ちになったっていうか……」
「うん」
「何か、やりたいなって思ったの。それだけ!」
「おふっ……!?」
僕の声は返事ではなくて、百代の手刀を腹部に食らったうめき声だ。
そのまま言い逃げしてしまった百代の後ろ姿を、僕は応援したいような、謝罪したいような、曖昧な気持ちで見送るのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
翌日の放課後。
文化祭実行委員会。その第1回目は、生徒会室ではなく体育館で行われる。
なぜなら参加者が多すぎるためだ。
各クラスの代表に加えて、文科系・運動系の部のキャプテン、さらには部活やクラスの枠を超えた飛び入り的な〝有志連合〟まで、多数の団体の代表者が一堂に会している。その数は一見しただけでも50以上はいるだろう。
そんな大人数が、イベントの持ち場について要望をぶつけ合うのだ。生徒会室ではとてもキャパシティが足りない。そのため、体育館の半面を借りて話し合いの場としている。
ずらりと並んだ各団体の利害を一致させることが、実行委員会の目的だ。
僕はクラス代表として隅の方で小さくなっているだけだが、生徒会の面々である繭墨や遠藤、近森たちの立場を思うと心配になってくる。
……ちゃんとまとまるのか、これ。
まずは生徒会からの話として、繭墨が前に立った。
「各団体の持ち場、時間帯を決める前に、連絡があります。すでに噂を聞いている方もいらっしゃるかもしれませんが、これまでの文化祭から変化のあったポイントについてです。まず一つ、文化祭前日及び期間中の、校内での宿泊が学校公認となります。こちらで用意した申請書の各欄に記入し、提出するだけです」
泊り込みが学校公認になる。
これに対する生徒たちの反応は、さほどでもない。
正直なところ、生徒たちは今までも好き勝手に泊り込みをやっていた。
止めても無駄だし取り締まるのも大変だし、大きな問題も起こっていないのだからと学校側が放置していたのだ。
「暗いところで作業をして危険な目に遭うくらいなら、最初から認めてしまおうという、学校側の賢明な判断ですね」
繭墨はそう評価した。
実際は、当の繭墨が「そうした方がいいのではないですか」と学校側(主に校長)に詰め寄っただけなのだが。
加えて、繭墨はここでは語らなかったが、この要求を通した理由はもう一つある。
学校側に隠れて泊まり込み――その秘密めいた雰囲気が悪さを助長していると、繭墨はそう考えたのだ。
僕も同意見だった。禁止するからやりたくなる、という言葉もある。明かりを消してコソコソするくらいなら、蛍光灯の下で堂々と作業をできる環境を整えた方が、バカなことを考える生徒も減るだろう。
「続いて、最終日のキャンプファイヤーの復活。伯鳴高校では数年前から禁止されていましたが、これは当時ボヤ騒ぎが起こったことが原因だそうです。その点は当日の見回りを生徒会含め強化して安全確認を徹底することで、復活の許可が出ました」
こちらはそこそこ反応があった。
とはいえ、諸手を挙げて賛成という感じでもない。キャンプファイヤーなんてやってどうするんだ、みたいな反応の生徒も多かった。
それまで有ったものが無くなった、当時の落胆は大きかっただろう。しかし現在、無かったものが追加されるとなると、下手をすれば面倒ごとが増えたと考える生徒も出てくる。
そのあたりの反応は難しいところだ。
暗がりの中で大きな炎が揺れる、その中に祭りの後の残骸を投げ込んで、きちんと祭りを終わらせるのだ。この通過儀礼は、やはり実際に体験してみないとわからないだろう。
僕は中学でキャンプファイヤーがあったので、それを思い出してしまう。時期的なものも相まって、祭りと同時に夏が本当に終わってしまうような、何とも言えない感傷が僕は好きだった。準備は嫌いだったけれど。
「それでは、各団体の、希望する持ち場についてですが」
繭墨の言葉で、場の空気が一気に緊張する。
生徒会役員がホワイトボードをひっくり返す。
そこにはグラウンド含めた学校の仕切りの見取り図が張られていた。そして、図の上に赤い点がいくつも付いている。多いのは体育館と正門側のグラウンド。
特に体育館は、ステージ上に赤い点が集中している。
赤い点は、各団体の希望する持ち場なのだということが一目瞭然だった。
「ご覧のように、一部に集中していることがわかります。体育館のステージです。タイムラインを考慮に入れても、はっきり言って、無茶苦茶です」
繭墨がそう断じて、
「全部やってたら、順調に進行したとしても、日を跨いじゃいますねぇ」
と遠藤がゆるふわ口調で補足する。
「――でも、毎年そうだったんじゃないですか?」
と前列の生徒から声が上がる。
「はい。昨年もそうでした。その前もそうだったと聞いています。あぶれた団体は、泣く泣く隅っこの教室を使うしかない――」
繭墨の物言いは挑発的だ。
「――そういう慣習を、見直してみたいと思います」
その言葉に合わせて見取り図が切り替わる。1年の役員が見取り図の一部を剥がすと、縦長の四角い枠が出てきたのだ。グラウンドの側面、フェンス際である。
「この場所に野外ステージを設営することを考えています」
体育館内がどよめいた。
この提案は、大きい。
ステージを使いたい団体にとっては、特に影響のある変更点だ。
単純に参加可能な団体が増えるし、出し物の形も変わる。例えば、音楽系の団体がまとまれば、ライブフェスもどきのようなイベントも可能だろう。
ざわめきの収まらない中、生徒会役員がプリントを配布していく。
「今配った資料は、ステージ増設に伴う、各団体の配置再編の提案です。あくまでもこちら側で考えたもので、決定版ではありません。叩き台程度に考えてください」
紙面を見ると、僕がぼんやり考えていた〝ライブフェスもどき〟はすでに盛り込まれていた。音楽系の団体を屋外ステージにひとまとめにして、体育館のステージは演劇やトークライブ的な出し物へ優先的に割り振っている。この辺りは音響的な理由もあるのだろう。
見取り図に赤いマークという手間のかかるやり方は、視覚に訴える意味で非常に有効だった。時間を費やした分の価値はあっただろう。少なくとも、自分たちのことだけで手いっぱいの各団体代表に、全体としての状況を見せることができた。
今回の、一発目の実行委員会を詰めるために、繭墨は昨日も陽が暮れるまで生徒会室で作業をしていたのだ。
ルールというものは先手必勝です、と繭墨は言っていた。
各団体の配置やイベントの順序、枠組みについてこちらで徹底的に形を整えておく。それも、多くの賛同を得られるような形に、である。
そうすれば、少数の反対者は自分の行動が周囲の反感を招くことを理解して、感情的な反対や、自分たちだけの利益になるような改変意見が出しにくくなる。
そこまで持って行けば、あとは最後に一言、付け加えるだけだ。
「この状況では言い出しにくい話もあると思います。ご意見のある方は、生徒会室でお待ちしております」
――と。
結果として。
この場での意見は出なかったし、あとで生徒会に陳情に来る団体もなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「お疲れさん。いい感じで不満を封じられたんじゃないの?」
委員会が終わって繭墨をねぎらったが、こいつは全く緩んでいなかった。
「不満というのは時間をおいて噴出してくるものです。冷静になって考えてみると、なんか違う、これって損してるんじゃないのか、という風に思ってしまうのが人間ですから。まだ油断はできませんよ」
そう言いながら繭墨は目を細めていた。
その隙のなさを見ていると、逆に不安を感じてしまう。
繭墨は全体をよく見ている。
だけど逆に、彼女自身に降りかかる困難には無頓着なのではないか。
そんな不安感だ。
気のせいだといいのだけれど。
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