第53話 共同作業

 期末テストが終了した翌日、僕は昼休みに二年四組を訪れていた。

 近森と遠藤の生徒会コンビがいるクラスである。


 近森は不在だったが、遠藤が窓辺の席で弁当を広げていたので、僕は声をかけつつ、その前の空席に座った。


「遠藤さん、ちょっといい?」


「あれ、まやまくん、どうしたの?」


「ちょっと生徒会のことで相談があってね。……そういえば近森さんは?」


「男ができた途端、付き合い悪くなっちゃった」


 遠藤は肩をすくめてアメリカのコメディドラマのような仕草をする。


「へえ、無事にゴールインと」


「それ結婚のことなんじゃ。せいぜいスタートラインってところじゃないの?」


「そういう考え方もあるね」


「なぁんか、こっちが少数派みたいな言い方……」


「いえいえ」


 付き合うのがゴールというのはたぶんギャルゲ脳だから気にしないでいいんだよ、と心の中で答えておく。もっとも最近は付き合った後を描いている作品が多いが。


「それより、生徒会長の様子はどう? 何か変わったことはあった?」


「ううん、別に……、あ、昨日の夜、久しぶりに連絡がきたよ。生徒会リンクで」


「そんなグループあるんだ」


「明日の放課後からは生徒総会までずっと残ってもらいますが大丈夫ですか、ってSNSでも有無を言わさない感が伝わってきたよ」


「それはまた心臓に悪いね」


 僕のアドレスに繭墨からそんなメッセージが届いたら、その夜はきっと眠れないだろう。恐怖で。


「ちなみに、今のところ準備はどれくらい進んでるの」


「えっと……、いつもと同じ部分はだいたい順調なんだけど」


「いまいちな部分もある、と」


「例のほら、各クラスから提出されてる、意見書のまとめ」


「ああ、あれね」


「予算とかって時間はかかるけど全部こっち――つまり生徒会でやれる仕事でしょ? でも、意見書ってまだ全クラス分が出そろってないから。自主提出だし、そこまで気にしなくてもいいのかな……」


 と遠藤が首をかしげる。


「いや、未提出のまま総会が始まったら、そのクラスから不満が出ると思うよ。なんでウチだけ? って。意見書の存在すら知らない生徒もまだいるはずだし」


「そうなんだ、じゃあ残りのクラスにも、一応声はかけとかないとダメなのね。メモメモっと」


 遠藤は机からメモ帳を取り出した。カラフルで、紙の片隅に奇妙なキャラがプリントされている、小学生が好みそうなデザインのメモ帳である。サン○オ的なやつ。


「えっと、まずは各クラスの意見を集めて」


「次は意見の選別。重複する意見をまとめるのと、冷やかしの意見を否定すること」


「あ、それ会長も言ってた。まだやってないけど」


「それから、重複してる意見は、どこのクラスからの意見として出すのかを決める。

冷やかしの意見は「こういうのは無理です、理由はこうだからです」って説明を添えてリスト化する」


「もう変な意見を出さないように、っていう警告ね」


「そういうこと」


「ね、クラス同士でかぶってる意見があったときって、生徒会の方で勝手に割り振っちゃいけないの?」


「んー、いや、こっちで勝手に割り振っておいて、そのリストを配る。で、こういう風にしたいと思います。意見があればクラス同士で話し合ってください、って投げることにしたら」


「えぇ、大丈夫なのそれ」


「たぶん妥協してくれるよ」


「妥協? 話し合いにはならないの?」


「手間が増えるごとに参加者は減っていくってバイト先の上司から聞いたんだけど」


「どういう意味?」


「僕が500円あげるって言ったら、たぶん誰でも手に取るよね」


「うん」


「でも、購買でパンを買ってきてくれたらおつりの500円をあげましょう、って話になったらどうだろう」


「それなら、ちょっと減っちゃうかなぁ。購買に用がなかったら、じゃあいいやって思う人もいるだろうし」


「時給換算すれば悪い額じゃないはずなんだけど」

どうしても手間に感じるのかも」

簡単審査、印鑑不要、ワンクリックで購入、みたいな謳い文句があふれてるし、買い手の手間を極力減らさなきゃ、契約に至らない世の中になっちゃったんだよ」


「世知辛いねぇ……」


 二人して、しばし窓の外を眺める。


「あ、それじゃあこの話、生徒会で伝えておくね」


「僕の名前は絶対に出さないでよ」


「どうして?」


「どうしても」


 理由を語らずにごり押しすると、遠藤は、ふぅん、と口元を上げた。


「何その笑い」


「ヒーロー気取り?」


 遠藤は相変わらず、屈託のない笑顔からズバッとくる。


「どちらかというと、名探偵コ○ンかな。見つかったらつまみ出されちゃうんだよ」


 僕の答えに、遠藤は「あぁ……」と納得の苦笑いを浮かべるのだった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 放課後になった。

 繭墨は颯爽と教室を出ていった。生徒会室へ向かったのだろう。


 僕の方はというと、図書室に移動し、窓辺の一席で文庫本を開いていた。


「お待たせー」


 待つこと数分、遠藤がA4サイズの紙の束を持って現れた。

 各クラスの意見書を持ってきてほしいと頼んでいたのだ。


 コピーを取ってくるという名目で意見書を持ち出して、こちらに流してもらい、作業を肩代わりする。生徒会の負担を減らすための、苦肉の策だ。


 時間がないというなら、意見の取りまとめなどは僕が手伝ってしまおうと考えたのだ。不慣れな生徒会の業務に手を出すよりは、専門性のないクラスの意見書の取りまとめの方が、まだ力になれるだろう。


「ありがとう遠藤さん。繭墨は何か言ってなかった?」

「うん、まやまくんの影に気付いてる様子はなかったよ。あ、でも、なんだっけ」


 と遠藤はファンシーなメモ帳を取り出す。


「そうそう……、クラスの意見がかぶってたら、生徒会の方で勝手に振り分けるっていう話があったでしょ? あれをもうちょっと、根拠を出しておいた方がいいって言ってたよ」


「根拠?」


「そ。この意見がこのクラスに振り分けられた、明確な理由」


「生徒会が勝手にやったっていう不満をなくしたいのか」


「だから会長はね、各クラスに、意見の優先順位をつけさせろって言ってた」


「ああ、なるほど」


 1つのクラスにつき、数個から十数個の意見が出されている。その中で、最優先から順に番号を割り振らせろというのだ。あくまでもクラスの責任において。


「例えば、図書室にマンガを置いてくれ、という意見が複数の組から出た場合……、その意見を1番に持ってきている1組と、2番に持ってきている2組が競合したら、そのときは1組の方を優先させる、ってことだね」


「そうそう……、すごいね」


「さすがの生徒会長だ」


 軽く同意すると、遠藤は首を振った。


「ううん、まやまくんだってなかなかのものじゃないかなぁ」


「え、そう?」


「うん。だって会長の考えたこと、普通に理解してるし。なぁんか、似た者同士って感じじゃない?」


「えぇ……」


「なんで嫌そうな顔するの」


「僕は繭墨みたいにキツくないよ」


「あ、そっか。だよね。同じ肉食でも肉食獣と肉食昆虫くらいは違うよね」


 わあ嫌な喩え。


「遠藤さんの言ってる昆虫って、決してクワガタとかカブトムシみたいな雄々しいやつじゃないよね。あいつら樹液ジャンキーだから肉食とは違うし」


「うーんとね、……マイマイカブリとか?」


「色だけは似てるけどね」


「それに同じく甲虫だよ?」


 だから大丈夫だよ、みたいな顔をする遠藤。

 なんかもう〝月とスッポン〟を褒め言葉として使われたような気分だった。

 

 ひとまず翌日までに各クラスの意見を集約し、それを遠藤を経由して会長に提出するということで話を締める。遠藤は生徒会を抜けてきているのだ、早く戻さないと申し訳ないし、繭墨に怪しまれる。


「それじゃ、よろしくねぇ」


 ゆるふわな声を残して遠藤は図書室を出ていった。

 それと入れ替わるように、百代がするりとやってきて向かいの席に腰を掛ける。


「……キョウ君に女の影が」


「え、百代? いつからいたの」


「二人が話し込んでるときに、フツーに入ってきたんですけどぉ、こっちに気づかないくらい楽しかったのぉ?」


 百代はちょっと鬱陶しい絡み方をしてくる――


「まあいっか」


 ――と思ったらあっさりしていた。いいのか。助かるけど。


「で、何を話してたの、まじめな話っぽかったけど」


「おとなしかったらまじめな話、とは限らないよ」


「じゃあ深刻な話?」


「そう、例えば別れ話とか」


「嘘つくにしてももうちょっと工夫がほしいなぁ」


 と真顔の百代。

 一ミリたりとも信じてくれなかった。

 だから自分で話題を変えるしかない。つらい。


「……本当は、これを受け取ってたんだよ」


「あ、例の意見書?」


「そう。今のところ集まってる全クラスの分を持ってきてもらった」


「じゃあ遠藤さんってスパイだったんだ」


「内部協力者ってやつだよ」


 僕はさりげなく訂正する。言葉のイメージは大切だ。メルトダウンと炉心溶融って同じ意味なんだぜ?


 百代はぱらぱらと意見書をめくりながら斜め読みしていく。


「いろんな意見があるよねぇやっぱり」


「かぶってるのも多いけどね」


「もしかして、そういうのを整理するお仕事?」


「そんな感じ」


「キョウくんがやるの? 生徒会の仕事なのに?」


「自分で言いだしたことだから、どうなってるのか気になって」


「それはやっぱり、ヒメのため?」


 百代の質問攻めに、言葉に詰まる。


 なんのためにやっているのか。

 強いて言うならば、繭墨を後押しした自分のため、だろうか。


 ……もちろん口には出せない情けない理由だ。


 黙り込んでいると、百代は意見書の束を半分に分けた。


「あたしも手伝う。こっち半分、見ていくから」


「え、でも」


「その方が早く終わるでしょ? 共同作業よ」


 共同作業、という単語に百代の積極性を感じる。


 何を言い出すんだ、二人の初めての共同作業、ケーキ入刀、みたいな連想をさせてこっちにプレッシャーをかけているつもりなんだろうか、だとしたらその作戦はけっこう上手くいっているようだ――とこっちが内心であれこれ考えているのをよそに、


「あたしとヒメと、キョウ君と、3人で協力してるって感じ、ちょっといいよねぇ」


 百代は笑顔を浮かべ、窓の外を見ながらそんなことを言った。


 自分の不純さと自意識過剰っぷりがすさまじく恥ずかしい。

 僕は意見書を顔の高さにまで持ち上げて、熱くなっている顔面を百代から隠した。


「あ、これおもしろい、文化祭のキャンプファイヤー復活希望! だって。採用しちゃう?」


「ダメだよ、こっちでやるのはあくまで意見の集約と振り分け、採用不採用の判断は生徒会に任せないと」


「えー……、ってキョウ君なんか不自然な格好」


「ホテルのロビーで朝刊を開いているビジネスマンみたいって?」


「授業で教科書を読まされてる小学生みたい」


 そんな風に、放課後の時間は雑談半分、作業半分で、思いのほか穏やかに過ぎていった。

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