笑顔のクスリ

アール

笑顔のクスリ

ある日、博士が友人に机の上にある

小ビンを指差しながらこう言った。


「面白い薬ができました。

見てみて下さいよ」


「ほう、それは興味深い。

一体どんな薬なのですか」


薬です」


「……?

笑顔になる薬ですか」


「ええ、そうです。

この薬を服用すると、意図せずとも勝手に口角が釣り上がり、表情を笑顔にしてくれるのです。

そしてこの薬の効果が切れるまでの間、表情の筋肉に一切負担はかかりません」


「はぁ、それが一体何の役立つというのです?」


「例えば、上司との飲み会に使えます。

仕事終わりで疲れているというのに、上司が相手では必死に愛想笑いをしなければいけない……。

ですが、この薬があればそれも

解決というわけです」


その説明を聞いて、友人はようやく納得したようにうなづいた。


「なるほど、そういう事ですか。

感心いたしました。

是非、私にその薬分けていただきたい」


「もちろんいいですが、なにに使うのです?」


「実は4日後に結婚式の出席代行、いわゆる

をするアルバイトがあるのです。

ですが私は愛想笑いがとても下手。

この薬があればニコニコと無難に笑顔で振る舞えるというわけなのです」


「そうですか。

そういう事ならこの薬を少し分けてあげましょう。服用のし過ぎにはご注意下さい。」


友人は博士に何錠か薬をもらい、嬉しそうに帰っていった。


そして4日後、全身スーツ姿で友人は指定された場所へ赴いた。


もちろん、ちゃんと向かう前に自宅で分けてもらった薬は服用済み。


だが昨日の飲み会による二日酔いでどこか調子が悪い。


念には念入れて友人は薬をありったけ飲んでおいた。


そして、その薬の効果によって出来た満面の笑みで彼は集合場所へと赴く。


ところが、どこかおかしい。


結婚式を行うと知らされてきたのに、着いた場所は小さな寺。


気になった彼は、近くにいた他のサクラらしき男性に尋ねることにした。


「結婚式にしては活気がありませんね。

何かトラブルでもあったのですか?」


「なんですって。

結婚式なんてとんでもない。

今から行われるのはお葬式ですよ。

亡くなった方が身寄りのない孤独な

大富豪だったらしくてね。

せめて葬式だけは豪華にやってくれという、生前最後の遺言だったみたいですよ。

……それよりあなた。

なんですか、そのニヤニヤとした顔は。

葬式のムードに相応しくない。

今すぐやめたほうがいいですよ……」


どうやら自分だけ伝達ミスが起こっていたようだ。


彼は顔をしかめようとしたが薬の効果により、

その満面の笑みを止めることはできなかった。


しかし不幸中の幸い、服装は黒スーツを着て来た為別に違和感はない。


伝達ミスとして仕事を途中で放棄してもよかったのだが、彼はこのままお葬式のサクラとしてアルバイトを続けることにした。


やがて念仏が唱えられ始める。


寺内は静まり返っていた。


他のサクラたちはみんな目を瞑り、数珠を片手に祈っている。


彼も参列席の隅で、他の皆と同じようにしていた。


だがやや俯かせ、他のサクラたちに顔を見られないようにしていた。

 

何故ならその彼の顔には、葬式という場にはそぐわない満面の笑顔が浮かんでいたからだ。


……薬の効果はいつになったら切れてくれるのだろう。早く切れてくれないかな。


ところがその式の途中、とつぜん彼の口が小刻みに震え始めた。


そして、意図せぬ音が彼の口から飛び出してしまう。


「げらげらげらげらげらげらげらげらげらげら」


……しまった、薬を飲みすぎたせいかな。


友人は慌てて口を手で塞いだが、その笑いは止まってくれない。


周りの視線が痛いほど刺さってくる。


その視線には驚きと、好奇と、そして強い非難が混ざっていた。


彼は冷や汗を垂らしながら、必死で自分の口を押さえ続ける。


だが、周りはそんな事理解してはくれない。


やがて、数人の参列者が怒り狂った様子で

彼の胸ぐらを掴んできた。


「おい、おまえ。

いったい何がおかしい。

死者を馬鹿にしているのか?」


「ち、違います。フフ。

私は別にそんなこと……、げらげらげら。

ちょ、ちょっとごめんなさい。げらげらげらげら」


訳を話そうにも、笑いがこみ上げてきてしまって上手く会話をすることすらままならない。


そんな彼の様子を違う意味として受け取った彼らのうちの1人は、目をつり上げてこう叫んだ。


「なんてふざけた野郎だ。

おい、お前ら。やっちまおうぜ……」







……その後のことはあまり覚えていない。


何十人もの他の参列者に殴られ、踏まれ、蹴飛ばされ、気づけば病室のベッドに横たわっていた。


身体中は傷だらけで、至る所には包帯が巻かれている。


医者の話によれば、全治3ヶ月の大怪我。


しばらくの間は絶対安静なのだという。


それを聞いて、彼は静かにこう呟いた。


「……笑顔というのは恐ろしいものだな。

使う場を間違えれば、殺人の動機にもなり得る。

ああ、全く。死人がもう一人増えるところだった」
































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