第五十五話 子殺しと親殺し

 シャウラが放り投げて浮かせた巨大な魔封じの箱プリベント・ボックスには所々亀裂が入り、隙間から真っ赤な光が零れている。幾らか衝撃を与えれば箱は崩壊し、所有者以外は魔力の暴走を引き起こす。二人は生命を脅かす静かな爆弾を壊さぬように細心の注意を払って戦う必要があった。


「《傀儡複製クローニング》」


 ハレーはもう一度、隣に傀儡を誕生させた。周辺に黒い霧が走り、気が付けば紛れるようにもう一人の仮面が彼の隣に立っている。


「《発動アクティベーション)》」


 再び身体強化で魔力を全身に行き渡らせ、傀儡も同期して同様に魔力を放出させた。


「まずは私からです」


 ハレーと傀儡が魔導銃をシャウラに向け、引き金に指が掛かった。


「身体を慣らすにはちょうどいいか」


 シャウラは素早く懐から同じくリボルバーを右手で取り出す。


「《発動アクティベーション》!」


 アルファルドの視界からすべての銃使いが消えた。身体強化を施した二者と一体が残像を残しながら空間中を駆け巡り、時折銃声が響く。純白の壁に小さな銃弾のクレーターが時間経過とともに増えていく。


 ハレーがシャウラと交戦し時間を稼いでいる間、アルファルドが壊れかけの箱に走って近づいた。


「《装甲衣活動アーマー・アクティブ》」


 流れ弾を避けながら魔力通信機リンカーを取り出して起動させ、箱の情報を読みとって機能を停止できないか模索した。端末を箱に密着させて接続し、開錠オープンを試みる。しかし、端末が拒否反応を示す数値の魔力を検出する。


「駄目か……なら、《稲妻障壁ライトニング・ウォール》」


 アルファルドは端末による箱の機能停止を諦めると、すぐに切り替えて魔力障壁を展開し、銃弾の嵐から護るように箱を電撃で包んだ。直後に銃弾の一発が箱に命中したが、素早い判断が勝り、跳弾して難を逃れた。装甲衣アーマーを身に着けているとはいえ、暴走を完璧にコントロールできるとは限らない。箱が壊されれば自らの身体に何らかの支障をきたすのは間違いなく、何としてでも守り抜くしかなかった。


「このままじゃジリ貧だ……何とかしないと……」


 仮にシャウラが召喚した傀儡と同様に大陸の地下から魔力を吸い上げていると仮定するなら束でかかっても敵わない。ハレーの時間稼ぎは無駄に終わるほかなかった。


 その時、空気を読まない魔力通信機から箱に関する情報の通知が入った。


「えっ……?」


 アルファルドは端末の画面をひどく凝視した。


 数的に有利なハレーは状況を活かして徐々にシャウラを翻弄していく。コピーした傀儡と言えども魔導銃の威力は本物で、一発でも急所に当たれば致命傷に繋がる。


 戦闘経験に富むシャウラが器用にハレーと傀儡の射線を掻い潜り、的確に裏切り者を狙って撃ちにかかった。


 ハレーも黙って撃たれるわけでもなく、直撃すれすれの銃弾を掠めながら撃ち返したが、シャウラは意識するまでもなくすべてかわし切っていた。一つ、また一つ、銃声がなり、やまびこのように連続で反響するばかりだった。

 

 自らの命を失う危険性を恐れていないのか、意表をついて高く宙返りしたシャウラは立て続けに薬莢を散らして再装填に繋げ、発動の解除と同時にとめどなく弾の雨をハレーに浴びせる。


 一足先に床へ着地していたハレーと傀儡は身体強化を止めずに、即死を免れない雨粒を避け続けた。そのうちの一発が傀儡の左足を撃ち抜いたところでハレーが呻いた。分身にも痛みは届き、ひどい激痛を伴ってハレーは動きを止めかけたが、すぐに身体強化の副作用で痛覚が麻痺を起こすと、それは気にならなくなった。


「まずは一人」

 着地したシャウラは、動けなくなった傀儡に向かって連射して絶命させ、数の優劣を五分にする。


 新たな白い灰が力を失って床に積み上がっていた。


 シャウラは銃口をハレーに向け、動くなと言わんばかりに威圧する。


「簡単にはいきませんね……」


 やや消耗したハレーはリボルバーをシャウラに向け、抵抗の意を示す。


「当たり前だ。創造主だぞ? いくらお前が優れていようともこのわしには勝てん」


「まだ決まったわけではありません」


「そうだな。わしはまだ本物を撃ち殺していない。もとより撃ち漏らしなどさせん」


「同感です。私も親であるあなたを殺すまでは死にません」


「子殺しが先か、親殺しが先か、それだけの違いだと思うな――」


「《解除リリース》」


 シャウラが長々と語る台詞を前にしてハレーが一発の銃撃を仕掛ける。


「ぐっ……」


 創造主はゆっくりと投げられた物体を避けるような素振りで高速の銃弾を交わすと、すぐさま彼の後ろにあった遠くの壁で爆発が起きた。


「——話の途中で撃つ奴がいるか」


 反射的に最小限の力で身体を動かしたシャウラは、一気に優勢に見せていた余裕を失いかける。


「長話を聞くこちらの身にもなっていただきたいものです」


 撃った直後の硝煙の幕が、ハレーの被る仮面をも隠した。


「ふん。その口を今すぐにでも失くしてやる」


 文字通り死人にしてやろうという気概を見せるシャウラは再び発動した。お返しとばかりにハレーへ急接近し、解除と共に銃弾を浴びせる。相対するハレーもタイミングよく発動して軌道を読み、避け切った勢いそのままに解除して引き金を一度引いた。弾丸の先で走っていたシャウラもまた横に跳んで直撃されない位置に移動する。かつての主従関係を持っていた二人は一歩も退かない攻防を繰り返し続け、それを見た者は未来永劫終わらぬ戦いだという見解を示すだろう。


 しかし、先に戦況を不利な状態に持っていかれたのはハレーだった。命を削る銃撃戦はシャウラの無尽蔵な再装填の連続で一向に終わらず、限られた銃弾をやりくりするハレーにとっては一方的な防戦を強いられる展開にならざるを得なかった。


 急激にハレーの身体には疲労の色が濃くなり、発動アクティベーションを続ければ続けるほど次第に追い込まれていくのが目に見えていた。それでも彼はアルファルドを信じていた。そうでなければ裏切った意味がない。主と袂を分かち、その先の未来を創造するには黒と赤に輝く箱をあのハンターに託さねば切り拓く道筋は完全に断たれる。


「わしには勝てないと言わなかったか?」

 

 邪悪なシャウラの言葉に構わずハレーは薬莢を放出し、リローダーで次の六発を手早く充填する。ジャラジャラと小さな金属が床の上で弾ける音が聴こえた。


「今に戦況は変わります――」

 

 ハレーが発する一言すら彼自身の体力を奪っていくため、発言が惜しかった。全身がふらつき、もはや回避も困難な調子でも尚、シャウラの前に立ちはだかろうと意地で正面に立っていた。

 

 シャウラは敗色濃厚で立つのに精一杯な姿勢を見せるハレーを見て冷酷に薄ら笑う。


「わしに吹く追い風は変わらん! 二人まとめて宇宙へね!」


 シャウラは射貫いた視線と共に遠くへ銃を構えた。


 ハレーはそれを阻止できなかった。銃を持ち上げる右腕が異様に重たかった。撃ち過ぎた代償が表出し、もはや自力で銃撃することもできない。両手で掴もうにも反応が遅れ、創造主のお望み通りの世界に到達するまでの時間が一気に縮まった。


 装甲殺しアーマー・キラーと呼ばれた大型リボルバーの一発がアルファルドに守られる障壁へと直撃する。その一撃であっけなく障壁は崩壊し、守護していた赤黒い箱の姿が露になる。


「終わりだ!」


 強い憎しみを背負った弾丸が目にも止まらぬ速度で飛び去り、暴走を引き起こす亀裂だらけの凶悪な箱が見るも無残に爆発し、砕け散っていく。


「がはっ……!!」


 箱を守っていたアルファルドが間近の箱の暴走に巻き込まれた。口から血を吐き、全身が刃物で引き裂かれたような痛みを伴いながら、瞬間的に体内の魔力がすさまじい速度で循環している様子が目に見えるようにわかった。だがその時には遅かった。装甲衣の機能で何とか命を落とす直前に助かったが、魔力の暴走によって身体が思うように動かず、このままではシャウラの思うつぼに嵌ってしまったということになる……はずだった。


「があああああ――っ!」


 もう一人、暴走の餌食になった人物がいた。消耗し、必死に創造主を止めようとしていたハレーではなく、その創造主が強烈な痛みを伴う魔力の暴走に飲み込まれてしまったのだ。余裕を保ちながら仁王立ちしていた両膝をがくりと折り、うずくまるように消耗しきった身体を縮こませていた。


 最後にこの暴走に無傷だったハレーは魔力の回復を待ち、しっかりと二本の足で立っていた。


「なぜだ! なぜわしに暴走が……」


 暴走を喰らった余韻に浸りながらシャウラが狼狽する。


「どうやら所持者が違ったようですね」


「何だと……!? そんな……そんなはずは……」


 シャウラが人生の中で一番の驚きを見せるように両目を丸くした。


 ハレーにはまたとない幸運で、シャウラには好機から転落した無情な地獄だった。


 魔力の暴走がハレーには引き起こされず、死の谷へ落ちなかった。つまり、所有者の権限がハレーに移行していたのだ。


「あなたの負けです。すべては成功作を侮った慢心から生まれ、今に至りました」


 ハレーは暴走からの回復に努めていたアルファルドを起き上がらせると、シャウラへ勝利の銃口を向けた。

 

 強い裏切りの意思を込め、仮面はただ、両手で引き金トリガーを引いた。


 ただ引いた。それだけのことだった。

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