第五十四話 傀儡粉砕
心から信頼して創り育てた成功作からの裏切り行為に、シャウラは怒りが収まらなかった。何としてでもこの手で消さなければ、怒号と炎が鎮火するには至らないだろう。
揺らめく陽炎の壁によって袂を分けたハレーとシャウラが対角線上で目を合わせる。もう二度と取り戻せない信頼関係を表す、黄金律でデザインされた一枚の絵画のような構図だった。
シャウラの前に立つのは、裏切りにあったハレーのコピーともいえる個人的思考を失った操り人形が二体。被っている仮面の奥にある素顔以上に感情が読めない。動作にすら個性が存在しない光景にさーっと血の気が引くような不気味さを覚えた。
『《
短い呪文を唱えた二体は素早く身体強化によってその場を離れると、アルファルドの視界から消えた。隣のハレーの反応を見るに、どうやら彼の狭い視野の中にもうまいこと隠れてしまったようだ。
二人は同時に背後へ振り返ると、仮面たちが床を蹴り上げて低空を跳びながらすさまじいスピードで接近していた。引き金に指が掛かった状態で、生身の人間よろしく息を合わせて同時に呪文を叫ぶ。
『《
その宣言によって装甲衣をも貫く凶悪な銃弾が飛んでくると二人は悟った。
回避が間に合わないと理解するや否や、二人はそれぞれの呪文を咄嗟に唱えた。
「《
両手を伸ばしたアルファルドの前方を守護するように紫紺の稲光が壁となって屹立した。
「《
右手に銃を持ち替え、フリーとなった左手を伸ばしたハレーの目の前に暗黒に包まれた銀河のように煌めく巨大な盾が形作られる。
傀儡の速攻に翻弄された二人は互いに背中を合わせて魔力障壁を形成し、全方位を防ぐ即席のシェルターを作り上げた。その直後だった。
四方八方から銃弾の雨が二人めがけて襲い掛かり、障壁と衝突するたびに大規模な爆発音、爆風、銃声が飛び交い、硝煙の匂いが障壁越しに
広がった。撃ち止めになったらしく、二体の仮面は銃弾を撃ち尽くした様子だ。
「この攻撃で終わったと思うな!」
声を荒げたのは仮面たちに指示を送ったシャウラだった。
「こいつらは大陸の地下から無限に魔力を吸収し続ける機能を持っている! つまり弾切れはないと思え!」
ハレーは「《
「ならば、私は私のやり方であなたたちを沈める」
空いた両手で構えを作り、素手による体術に切り替えた。
「《
アルファルドの傍からハレーの姿が消える。更に次の瞬間には銃弾を撃ち終えた直後の二体の仮面が白い空間の中で宙を舞っていた。身体強化を終えていない二体にとっては不意討ちのような形で急襲されているようだった。
ハレーは二体に正拳突きと横蹴りを素早く浴びせ、反撃の一手を一切出させない。
どしゃっという音を立てながら衝撃と共に床に落ちた仮面たちに悲鳴は起こらず、痛くも痒くもないといった様子で生ける死人のようによろよろと立ち上がった。
攻撃を終えたハレーは素早くアルファルドの近くで瞬間移動を終えた。
「成功作を己に従わせるように著しく改造したことが裏目に出ましたね――」
ハレーは突きの反動による痛みを払うように軽く両手を振った。
「お前たち、何をぼさっとしている!? さっさと倒さないか!!」
焦るシャウラの声に応答し、二体の操り人形がすぐさま身体強化を終えて二人に接近戦を持ち込んだ。今度は仮面たちの姿が消え、先ほどの
銃撃のようにありとあらゆる角度から狙われる位置にいると読んだ二人は散り散りになり、身体強化を用いて縦横無尽に移動する。
「させるか!」
障壁を形成したまま仮面の一体を追走するアルファルドは、カリストの漁師が網を操って魚を捕獲するがごとく柔軟に壁の形を変え、相手めがけて手早く投げ込んだ。
電撃の網は大きな見かけによらず光のように速く飛び、仮面の顔と両腕を捕らえて自由を奪った。仮面は必死に逃れようとするが、絡まる網に電撃が走って全身をがくがくと痺れさせ、一向に解放されない。
獲物を捕獲したアルファルドは網を思い切り振り上げ、勢いよく空中に仮面を飛ばした。
重力に反発する怪力が伝染し、仮面は放り投げられた。網は消滅したものの痺れは大きく残されたままだ。仮面が自身の不自由な身体と思考が高速回転するアンバランスな天秤にかけられていると知った時には遅く、アルファルドがこれから巻き起こす魔法のイメージを受け入れざるを得なかった。
「《
一直線に突き進む超速の電光がアルファルドの右手から放たれる。彼の下を離れた光は仮面の持つ身体の中心を突き破って天井に勢いよくぶつかった。ぱらぱらと天井から細かな破片が飛び散っていく。
身体にぽっかりと大きな穴が開いた一体の仮面は、一定の落下速度を保ちながら身体が朽ち果てていた。軽やかな羽が地に落ちるように柔らかく衝撃を吸収し、遂には灰のように細胞を構成していたすべての組織が粉へと変わり、そこに人の原型はなかった。身に着けていた衣服や仮面までもが粉へと変わり、後には沈黙が残るのみだった。
一方、操られた仮面と裏切った仮面の戦いでは激しい銃撃とそれを巧みにかわして接近戦に持ち込もうと懐を狙う駆け引きが展開されていた。
ハレーは魔導銃を敢えて使わない。遠距離で撃ち合いを繰り返しても、互いに決定機が生まれない。それ以前にハレーが銃弾を使い切ってしまえばシャウラを倒すための命が亡くなる。長らく銃の心得を持っていたが、同時に愛銃に頼らない体術の心得を忘れなかった。一つの分野に長けてもそれだけでは限界があると見込んでいた。今がまさにハレーの選択を左右する正念場だった。
魔力の消費をお構いなしに連射する仮面をあしらって回避しているハレーには余裕があった。命令されるままにハレーを撃ち殺そうとする仮面は苛立っているのか、徐々に射撃の精度が落ち始めていた。弾切れ後の再装填を狙ってハレーも身体強化で猛追を繰り返す。
「《
ハレーの格闘を避けつつ、かろうじて装填が間に合った仮面が正面に立ちふさがる敵の眉間を撃ち抜いた。撃ち抜いたはずだった。
「甘い!」
仮面の背後からハレーの声が聴こえた。命中させたと思っていた対象の正体はハレーの残像だった。それほどまでに傀儡と成功作の力の差は歴然としていた。
ハレーは上半身をひねりながら素早く、そして骨をも砕く強烈な右の回し蹴りを仮面の側頭部に命中させた。仮面はバキっと乾いた木の幹が景気よく折れるような音を立てながら、ハレーの左側へ向かって勢いよく吹き飛んだ。
飛ばされた仮面の身体が床に着いた瞬間、すべてが燃え尽きた薪の灰のようにいとも簡単に粉々になった。短い生命活動を終えた魔力の結晶が失われて燃え盛り、すべてが白い玉座の間と同様に無に帰す。
一戦交えたハレーは一つ息を吐くとホルスターからリボルバーを取り出して誰もいない無の空間に銃口を向けるばかりだった。
先に勝負を終えていたアルファルドはハレーに近づき、今後の作戦を耳打ちしていた。
(さて、どうする?)
(どうするって、倒すしかないだろ)
アルファルドがそう答えるとハレーは室内に浮かぶ黒い箱たちの一つを見つめる。
(そうだ。箱を破壊する以外で策はあるか? 使われては私が死んでしまう)
僅かながら熟考を終えたアルファルドがハレーに耳打ちする。
(——可能性はゼロじゃない。ただ、お前の協力がいる)
「わかった。私は君の指示に従う」
ハレーは静かに頷いた。
一旦ハレーから離れたアルファルドが一度装甲衣(アーマー)を解除した。
傀儡二体をあっという間に粉上の物体に変わり果てて原型をとどめていない状態だ。
シャウラは焦りのあった顔をしかめた表情を緩めると一気に破顔して一つ笑い飛ばした。
「まだまだ! わしには魔封じの箱がある! これを壊した時点で犠牲者はつくものだと思え!」
シャウラの前を漂ってきた大きな
「箱の所有者はわしのものだ。壊しようによっては魔力を暴走させる悪趣味なロストテクノロジーだ。果たして、お前らは生き残れるだろうか?」
問い掛けにまっすぐ答えたのはハレーだった。
「生き抜きます。すべては主の夢を打ち破るため。どんな手段を用いても箱は壊させません」
続いてアルファルドも対抗する。
「僕が師匠から受け継がれてきたこの装甲衣で、お前の野望を打ち砕く!」
「ならばやってみよ。一度はわしを殺した憎き男の弟子よ」
第二ラウンドの開始を告げる閃光が天井に向かって放たれた。
ここにいたすべての存在が、世界を収める最後の戦いになるだろうと確信していた。
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