第四十一話 応戦

 六六番の魔導機は鮮やかな緑に染まるガニメデの盆地を飛び、やがてスクリーンには広い敷地に建てられた建造物が躍り出た。


 白い建物の群れは経年を表すように灰色や黒に薄汚れている。スイにはそれが退廃した妙な美しさを醸し出しているように捉えた。


 建物に近づくにつれ機体が更に上昇し、屋上に造られた発着場を目指しているのだと気づく。


 雲の広がり始めた無限に広がる空の下で魔導機は発着場の一スペースに着陸し、一先ずの役割を終えた。


 ハッチを開いて魔導機を降り、ビエラが先導する形でスイがついていく。


 屋上ではやや強い風が吹いており、髪やローブ、装甲衣が思わずはためいている。


 スイは初めて来たはずのこの地がひどく懐かしくも思えた。


 失った記憶の中に、在りし日の残滓がこびりついているのかもしれない。周囲を見渡しながら自分の記憶を取り戻すヒントがないか探っていた。


 少し歩いた先で錆びついている横開きのドアに阻まれた出入口に着いた。


「《開錠オープン》」

 

 ビエラが呪文を唱えると、ギギギッと鋼鉄が強引に引きずられたような音を上げてドアが開いた。

 

 光景を見たのは初めてだったが、それが何を意味するのかを知っていた。

 

 アルファルドの夢の中に起きたことと逆の手順で真実の根幹に向かっているのだと認識させられていた。

  

 建造物の場所。

 

 発着場の位置。


 内部の構成。


 これらはすべて師匠の夢に出てきたものだ。

 

 加えて徐々に頭の中に浮かび上がる既視感がビエラの存在をもかき消そうとしていた。

 

 ビエラは先に内部へ入ったものの、周りをキョロキョロと見渡しているスイを振り向きざまに呼んだ。


「興味津々なのはわかるけど、ついてこなければ迷子になるわよ?」


「あ、すみません」


 思わず謝ってしまった。


 ビエラに促される形で、スイは子犬のように彼女の後を追いかけた。


 建造物の内部はひどく荒れ果てており、所々でガラスが割れ、隙間風が入り込んでいる。


 床に付着した足跡から魔物が侵入したような形跡も見られ、建物内は混沌とした遺跡や迷宮のようにも見えた。


 かろうじて光魔石の照明器具は稼働し、施設としての機能を保つにはギリギリの所だった。


 雨はしのげるが風はしのげず、施設は半ば廃墟と化している。


 先を歩いていたビエラが、一度止まってスイの方を振り向く。


「貴女が驚かないということは、やはり彼は夢を見せられていたのね」


「夢の情報が正しいなら、幼かったアル師匠はここからイオに逃がされました」


「あくまでも夢は夢であって実際に見る現実は違うわ。彼の見た内部はきっと綺麗な空間だったけれど、今は違うでしょ? ここは残酷な研究施設。退廃美に見とれては駄目よ」


 ビエラはハレーが植え付けた夢の記憶を疑った。


「わたしもここで生まれたんですか?」


「そうよ。記憶を消されているけど確かに貴女はこの場所で生まれ育った――」


 ビエラが言いかけた途端、二台の魔力通信機リンカーが同じ警報警報アラートを発した。


『魔物の出現を確認。警戒に当たってください』


 ガラスの割れた窓からガチャガチャと固い音を鳴らす長大な魔物の群れが侵入した。

 

 魔物はムカデの姿を成しており、身体を起こしてガチンッと牙を打ち鳴らしては警戒している。

 

 この場所を住処にしていた彼らが侵入者ビエラとスイに驚き、自らの居場所を守らんと二人の目の前に出現したのだ。

 

 二人はあっという間に包囲され、ぞろぞろと

 

 魔物は自然発生が原則だ。空から光となって降り注いだ彼らは地上に棲みついて生息数を増やしていく。ムカデたちはその典型的な例だった。


 ビエラは一丁の拳銃を懐から取り出した。新式のオートマチックで、彼女の手に馴染む黒色の小柄な銃だった。


「応戦するわよ。《発動アクティベーション》」


「はい! 《装甲衣活動アーマー・アクティブ》!」


 戦闘態勢に入った。


 無関係な魔物を倒すこと自体心苦しいが、スイの記憶をたどるためには行く手を塞ぐ彼らを是が非でも突破しなければならない。


 互いの背後を守ろうと背中合わせになった。


「《闇流領域ダーク・ストリーム・フィールド》」


 スイは有利な状況に傾けるために領域魔法を展開する。魔物たちの頑丈に見える外骨格が闇の領域にある程度分解され、脆さを露呈させる。


「はあっ!」


 肉体を強化しているビエラが最も近づいていた魔物の一体を左足で素早く蹴り上げる。


「ギィッ……!」


 すさまじい速さでムカデは吹っ飛び、長い胴体を壁に打ち付けて滑り落ち、そのまま動かなくなった。


「いい判断ね」


「ビエラさんもナイス攻撃です!」


「気を付けなさい。次が来るわよ」


 後ろに跳んだビエラがスイの近くに戻り、陣形を崩さないように立ち回ろうとしていた。


 ここからスイは闇魔法を、ビエラは銃を用いて応戦し、時折体術を織り交ぜながら魔物の群れを捌き続けた。


 戦場と化した建物内では闇魔法と銃弾が飛び交い、混沌とした戦況を加速させている。


 鎬(しのぎ)を削るように一体、また一体と着実に魔法で仕留めていく。魔物の死体の数が増え、スイたちの周辺には新たな山を築き上げた。


(くっ、消耗が激しい――)


 装甲衣アーマーによって自然回復はできているものの、それを上回る数の魔物に悪戦苦闘する。それはビエラも同様で、体術や銃を使うたびに動きが鈍くなってきたようにも見えた。


「はぁっ……はぁっ……」


 それでも、徐々に迫りくる魔物の群れが無くなり、リーダー格と見られる最後の巨大な一体がスイたちの目前に現れた。


 ここが踏ん張りどころだった。あるだけの魔力を魔物に注力し、二人は挑んだ。


 急速に接近する最後の魔物に、スイが渾身の一撃を成すための呪文を唱える。


「《闇流発撃ダーク・ストリーム・シュート》!」


 確実に狙いを定めた魔法は、魔物が身をよじらせて回避し、スイの表情が一瞬にして曇った。


 魔物の近くにあった壁がスイの魔法によって破壊され、ぽっかりと大きな穴が作られた。


「しまっ……」


 長めのイメージから大きな隙ができたため、次の攻撃にも回避にも移れない。それほど魔力と時間を費やしてしまう戦いだった。


 強力な魔法を放った反動から避ける余裕もなく、ただただ魔物の毒牙の餌食になろうとしていた。


「こっちよ!」


 噛まれる直前、ビエラが俊足を見せ、魔物とスイの間に割って入ると、左腕を魔物の大きく開いた口に向けた。


「ビエラさん!」


 叫んだ時には遅かった。スイを庇ったビエラの左腕が、毒牙の餌食になってしまう。


 ビエラは噛まれたことにも構わず、拳銃を持った右腕を魔物に突き出した。


「《解放リリース》!!」


 魔物は至近距離からの強烈な一発を受けると、脆くなった腹部から爆散しする。しばらく噛みついていた己の武器を放し、残った身体の上半分が地面に落ちて絶命した。


「ギッ……」


 遅れて断末魔が聴こえ、パクパクと動かしていた口が徐々に動かなくなった。


 同時にビエラも肩で息をしながら膝をついて地面へ崩れ落ちる。体内の魔力を著しく消費しているようにも見られた。


 スイは身を挺して助けてくれたビエラに駆け寄った。


「——解毒をお願い」


「はい!」


 スイは急いで常用している水魔石を取り出し、ビエラの傷口へ近づけて「《回復水変換コンバート・アクア・ヒール》」と唱えると。変換された水魔石の液体が身体の中へ侵入し、更なる激痛にビエラは思わずうめいた。


「ごめんなさい。痛みますか?」


「大丈夫。これくらいどうってことないわ」


 ひとまずは身体を安心できる状態に持っていくことができそうだった。その証拠に傷口は塞がり、毒に侵された患部の腫れは随分と引いた。


「貴女の魔法はやはり強力ね」


「それでも、師匠には負けます」


「そんなことないわ。名もなき英雄の孫弟子な魔物の全滅なんて当たり前の成果よ」


 スイが大きく壁にけた穴に怖気づきそうになる、


「少し進んだら、先に進むわよ」


「腕は大丈夫なんですか?」


「ふふっ。平気よ」


 気丈に答える不愛想な仮面が優しく笑った気がした。


「問題はこの先ね」


 若干の回復時間を設けて二人は歩き出した。


 魔物の死骸の散らばった先に錆びついた文字で「実験室」と書かれた表示がされている。


 この扉の先で待ち受けるような試練が存在するのだろうか。


 悲壮な実験が行われていたとしてもおかしくない、ただ。それはアルファルドの夢の話でもあり、現実が同様の夢であるという認識は改めるべきだとビエラは考えているようだ。


「行くわよ。残りの魔力は歩いて戻すわ」


 立ち止まっているスイは消耗した魔力の回復に専念していた。


 こんなところで苦戦しているわけにはいかない。


 ビエラに謎の闘争心を持ちながらゆっくりと足を進め、扉の先へと向かった。

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