第三十話 過去/石を探して

 今朝のイオは淡い水色が分厚い雲に覆われ、ほとんど見えなくなっている。

 

 装甲衣アーマーの開発を始めて一週間が経過した。


 操縦する魔導機の中で浮かない顔をしているハダルは操縦席の近くに置いた魔力通信機リンカーを繋ぎ、回診を終えたばかりのイザールと通話していた。


『魔力の循環は起きているが圧倒的に量が少ない。焼け石に水だ』


 循環石の糸が赤く輝いて反応したところまでは順調だった。


 メラクの協力も得ながら糸の配分を調整しつつ繰り返しミモザに着用させていくが、体内の魔力回復までには至らずに開発自体が頓挫を始めていた。


 現在操縦する魔導機のように医療服の解決方法が宙に浮いてしまっている。


「なかなかうまくいきませんね……」


 刻々と進んでいく時間とは裏腹に、前に進まない焦燥感を隠せないでいた。


『当たり前だ。医療がどれだけの医師によって歴史を積み重ねてきたと思っている? そう簡単に進むものではない』


 イザールの意見はごもっともで、膨大な期間を必要とする新薬の開発などと比較すれば十分な早さで装甲衣は作られている。


『お前の着ている暴れ馬も最初は使いこなせなかっただろうが』


「す、すみません。あの時は本当にお世話になりました……」


 最初期の出来栄えは散々なものだった。展開しようと呪文を唱えた際には身体強化はおろか、一方的に体内の魔力を搾り取られたために危うく生死を彷徨いかけた。


 自業自得な急患に罵詈雑言を浴びせつつも真摯に対応してくれたイザールには頭が下がる。


「これが使えなきゃ並みのハンターで終わっていたと思うんです。お陰で今こうして生き残っています」


『だからと言って無理が利くわけじゃない。また魔力を消耗してみろ。死ぬぞ?』


「大丈夫です。彼女がいる限り死ねません」


 イザールは溜息をこぼした。


『第一に患者を救うためでもあるが、無茶を繰り返すお前を助けるためでもある。俺の提案に感謝しろよ』


「——わかってます」


 今の装甲衣は安定感があるとはいえ、身体の魔力を回復させるという目的の面では不完全だ。ミモザの命と特許権が懸かっている以上、この開発は絶対に成功させたい。


『今の魔力量が循環石では足りないとみているが、お前はどう思う?』


 稼働を続ける魔導機のスクリーンでは通り過ぎる景色に山々が目立ってきた。


 気づけば機体は開拓されたばかりの山道を登るように浮遊している。


「服に糸を増やしてもかえって消耗を促すだけで回復には繋がりません。新しい組み合わせを試す時が来たようです」


『それで今日は探索に向かっているのか』


「はい。まだ試していない石がありましたのでそれを探しに行ってきます」


『期待している。必ず戻ってこい』


「了解です」


 イザールの方から接続が切れた。


 繋がりが切れたことを示すように浮かび上がっていたホログラムが『通話終了』の文字を表示し、数秒後に沈黙する。


 通話を続けている間に魔導機が目的地へと到着していた。


 ハッチを空けて岩や砂の混じった山道の上に立つと、岩山の中にぽっかりと横に空いた穴がハダルの目の前に広がっている。

大人三人分ほどの直径を持つ洞窟の入口に立っていた。


「《極小光ミニマム・ライト》」


 左手で魔法の照明を取り出し、迷いなくスタスタと歩き始めた。


   *


 魔力通信機で事前に調べた情報によれば、吸魔石きゅうませきの採れる洞窟は一本道で迷うことなく奥まで進むことができるようだ。


 道中で何度か大型の蝙蝠こうもりの大群が襲い掛かってきたところを魔法で一蹴しては何事もなかったかのように探索を続ける。


「これで群れは六回目……簡単には通させてくれないか……」


 ここにやってきたのはいたずらに魔物を殺すためではない。


 真の目的は洞窟の最奥部にあると言われている吸魔石を回収し、新たな装甲衣の改良を施すことだ。


 開発中の装甲衣は循環石の糸を通して体内に空気中の魔力を送り込むが、同時にその糸を通して体内の魔力も空気中に逃げてしまう。それを防ぐためには空気中の魔力を取り込みつつ患者が生存できるだけの魔力量を外へ逃がさない工夫が必要だった。


「石がまだ残っていればいいが……」


 希望的観測ではあるが、他のハンターが多くを持ち出していない事を願っている。


 遺跡や洞窟の探索は早い者勝ちの争奪戦であることが多く、最近まで採取が可能だった地域が忽然と消えてしまう例は多々あった。


「冷えてきたな」


 ある程度まで歩みを止めずにいると洞窟内の気温が一気に下がったような気がした。


 首から下は装甲衣を羽織っていても、視界を覆ってまで顔を隠すわけにはいかない。


 包み込むような冷気がハダルの顔面を支配しようとしていた。


「《炎変換コンバート・フレア》」


 光魔法を打ち切って少しでも身体を温めようと炎魔石で明かりを灯した。


 揺らめく火の玉がハダルの周囲を舞い、僅かながら周囲の温度が上がる。


 ところが更に歩き続けていくと、炎魔法の必要性を感じなくなる事態に陥った。


「暑いな……」


 奥へ奥へと進むたびに徐々に足元から気温がゆっくりと上昇していた。それもそのはず道に落ちていた炎魔石が真っ赤に発光しており、温度は熱した鉄に匹敵するほどだった。


 臨戦態勢で装甲衣を脱ぐわけにもいかず、ぱたぱたとはためかせるほかなかった。


 時々水魔石で喉の渇きを潤していくと、暑さは峠を超え地上と同じ温度を取り戻しつつあった。


 この洞窟の構造を不思議に思ったのはこれだけではなかった。


 最奥部に差し掛かると不自然なほど空間の入口が明るい。否、明る過ぎた。


「罠か?」


 思わず呟いてしまったが、周囲をキョロキョロと警戒しつつ中へ侵入する。


 見上げると天井が真夏に降り注ぐ太陽のように燦々と地面を照らしていた。よく見ると大量の光魔石が張り巡らされており、今までの暗さに慣れていた目に刺さるように焼き付いた。


「この眩しさは一体……」


 腕で光を遮りながらも慣れてきたので間(ま)の周囲を見渡すと、赤くて艶の無いリンゴを実らせた木々が光魔石の日光浴を楽しんでいる。


『珍しい客じゃのう』


 少女と思われる年寄りじみた口調の声がした。


 聞こえたのはポケットに入れていたハダルの魔力通信機(リンカー)からだった。


 取り出して画面を確認すると『通話中』の文字しかなく、大きい字で表示されるコードネームはどこにも見当たらなかった。


 この不審な通信が何処から行われているのか目を疑う。


『後ろじゃ』


 端末から聞こえる声に言われるままに振り返ると、音声を伝えたと思われる主が現れた。


 目前に全長にして大人五人分の長さを誇る大蛇が舌をシュルっと鳴らしながら近づいてきたのだ。


「ちっ! 《装甲衣活アーマー・アクティ——》」


 突然の魔物の出現にぎょっとしてしまい、大慌てで装甲衣を展開しようと呪文を唱えかけた。


『待つのじゃ!』


 端末から聞こえてくる音声に耳を傾けている余裕などなく、必死で魔法を発動しようと躍起になっていた。


 服に魔力が宿ろうとすると——


『待てと言っておるだろう!』


「はい……?」


 二度目の『待て』でようやく事態を把握しようという思考に至った。


 集中が切れ、装甲衣のから光が消えた。


『まったく、最近の若い者は話を聞かなくて困るのう』


「——蛇が喋ってる?」


 冷静になればなるほどハダルは自分が狂ってしまったのではないかと疑った。


 魔物が人間の言葉を話すなどハンターギルドでも耳にしたことはない。


『喋っておるのではない。念じておるのだ』


 確かに大蛇自身は舌を鳴らすばかりで、声が依然として端末から聞こえてくるばかりだった。


「念じている?」


『そうじゃ。人の姿をして直に話した方ほうが良いかのう?』


 大蛇はハダルに対して相談するように首を傾げた。


「できればその方がいい。蛇のままでは怖がる人もいる」


『わかったのじゃ。しばし待っておれ』


 すると大蛇は天井の魔石に負けない光を放ちながら、一瞬にして長大な身体を小さな人の姿にまで縮めた。


 瞳を閉じて祈りを捧げるようなポーズをした少女が目の前に立っていた。


 学校の中等部に入った頃の少女と同様の見た目をしており、黒い長髪に褐色の肌が目に入る。


 いつの間にか服も着用している様はさながら手品のようだった。


「これでどうじゃ?」


 端末の通信が途絶えた代わりに、瞳を開けて絡んだ指を解いた少女の口から声が出た。


「話しやすくなった。ありがとう」


「お主、名前は何じゃ?」


「私はハダル。この洞窟で探し物をしているハンターだ」


「わしはアラシア。イオの初代ギルドマスターじゃ」


「えっ……」


 ハダルの顔が引きつった。


 自分はこの人にとてつもなく失礼な態度を見せてしまったのではないかと思い、サーッと血の気が引いた。

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