流星狩りのアルファルド
浅木大和
プロローグ
真昼時。
幼いころに神話の本で読んだ宇宙船のような機体——俗に
陽気に包まれた温暖な春先にもかかわらず、薄手のフード付きコートを着込み、カーゴパンツとブーツを穿いたエメラルドグリーンの髪を持つ青年は、遠くの茂みからその光景を見つめつつ、今まで平静だったこの世界の均衡が破られたのではないかと懸念する。
やわらかい土の上へ非常に小さなクレーターを形成して不時着し、もくもくと煙を上げている魔導機めがけて駆けつけてきたのか、息を切らしながら見つめるのは先ほど申し上げた十七歳の青年だ。
彼の住む世界では現在、街の外れへの外出が制限されていた。真昼の時間帯——特に真っ青な空に白く輝く流れ星が都市部の観測所で発見されると、街の外の自然あふれる草原または森林部への出入りを禁ずる警報が、携帯式の魔道具や街に点在する時計塔の鐘のような大きさの拡声器によって情報が拡散され、人々に注意を促していた最中だった。
この世界では流星が降るたびに、人の生活を脅かす様々な魔物が現れるのだ。こんな時間帯に好き好んで外に出るのは、研鑽を積んでいない無鉄砲で無計画に魔物を狩る駆け出しで名ばかりのハンターぐらいだろう。
青年は呼吸を整えながらゆっくりと茂みから離れ、周囲に魔物がいないことを確認して魔導機の方向へと身体を近づける。遠く離れた町で警報が鳴りやまぬ中、彼が単身町外へと進んでいく様子を見たものいたが止めようとした者はいない。
魔導機が不時着した方向そのままにゆっくりと歩を進めた。傍から見ればそれは興味本位で未知の存在へ近づこうとする愚かな行為か、はたまた確信をもって小さな密室から傷病者を解放する人命救助という行動か。
魔導機は近づくほど大きく、直径は平均的な身長である青年の背丈よりも二倍は大きかった。
高温に包まれている機体に手を触れるため、断熱にも優れる狩猟用の丈夫なグローブをはめ、青年は意を決し魔導機の出入り口と思われる扉のレバーに右手をかけた。熱がじんわりとグローブを通じて伝わってくる。体感的には火傷するほどの温度ではなくなるため、そのまま力任せに右へ回すと、ガコンッと鈍い音を鳴らしながら魔導機を中心に虚空へと響く。
煙を出している外部とは違い、ドアの隙間からは何もはみ出ることはなかった。
音が立ち消えると、思わず緊張が走る。
仮に機内の中身が見るも無残な死体だったとするならば、操縦者の不運さを嘆き手で口を覆って絶句するに違いない——そんな自分の姿が目に見えている。せめて生存していてほしいと無意識に祈った。
震えながら伸ばした手でレバーを引き、ドアを開ける。
冷静に、あらゆる可能性を考慮しながらも息をのむ。
重苦しく、ギィッとドアが開くと機内の温度を肌で感じ取り、不思議と空気がひんやりしていた。どうやら被害はエンジン部分だけの様子だ。
恐る恐る中を見やると、目の前のコクピットにはぐったりとした人らしき姿が確認できた。見えているのは後ろ姿だが、華奢な身体と服装を見る限りどうやら少女のようだ。
「おいっ、大丈夫か!?」
青年はいつ現れるかもわからない魔物が出現する危険を顧みず、コクピットへと駆け寄る。すぐさまスクリーンの方向を向いている少女と思われる人物の表情を確認しようと彼女と向かい合った。
肩まで伸びた黒髪に四角い眼鏡、服装はこちらも季節に合わないボロボロのロングコートにスカート。
意識がなく瞳を閉じているが、青年は少女の口元に耳を傾けるとわずかながら呼吸の音がした。良かった。まだ生きているようだ。
風貌を見る限りは紛争地域などから逃げてきた難民だろうか。だが青年の知る限り、この地域には資源や覇権を争う不毛な都市は存在せず、寧ろこのような争いとは無縁の、町の外に魔物が出現すること以外は憩いの地だった。
「急がないと……」
何らかの困難を背負っている人を見かけると放っておけない正義感からか、迷わず少女が装着していたシートベルトを外して彼女の腕を肩に回し、両足をずるずると引きずるようにしながらも急いで機内から脱出を試みる。人は意識を保てていないとこうも体重が軽いのかと感じた。
未だ高温を保っている魔導機の外壁に触れないようにしながら、何とか外へと脱することに成功した。ここから少しでも離れなければ煙が出ている以上、エンジン部分が爆発を起こしかねない。
不時着した魔導機には十分起こりうる事故なのだ。何としてでも距離を取り、まもなく未来からやってくると考えられる爆風から逃れなければいけなかった。
「——ここまで来れば安全だな」
爆発の圏外に到達した、三十メートルほど離れた地点で一度少女を仰向けに寝かせて自分も彼女の近くに座ると、コートのポケットから懐中時計を模した魔道具を取り出した。
片手で持つは
「こちら『遠雷』、『飛翔』から現在の位置情報に小型自立魔導機一台の貸し出しを求める」
『——こちら『飛翔』、声紋認証、虹彩認証、位置情報を確認しました。これより小型魔導機一台をお送りします』
妙に抑揚の少ない女性の声が懐中時計らしきものから流れると、どうやら後から乗り物がこの地に飛来してくるらしい。
安堵とまではいかないが、少女を救助し、ここまでは予定通りだろうと一つ息を吐いた。しかし、その気持ちも束の間、瞬間的な熱波が二人に襲い掛かる。先ほど乗り込んでいた魔導機が大きな音を立てながら爆発を起こしたのだ。
「うおっ」
突然の——だが可能性は十分にあったまぶしい爆発に思わず腕で目を覆うが、こちらに向かって破片が散乱した様子はない。少女を発見するタイミングがもう少し遅れていたならば、彼女の命はなかったかもしれない。
魔導機の周辺をめらめらと数多の新たな炎が揺れ、それはまるで命の躍動を見せるように輝いていた。樹脂を燃やしたような焦げ臭さが鼻孔をしつこく刺激する。
「ううっ……」
先ほどの爆発の衝撃に気付いたのか、気を失っていた少女が少しだけうめいた。
「気が付いたか?」
青年の声に反応するように両目がゆっくりと開いた。人形みたく透き通るような、茶色の瞳。
運命じみたものを感じた。青年も同じ色の瞳を持っていたからだ。
今までの人生で自分以外には周りに同じ色の目を持った人物にはほとんど遭遇していなかった。もしかしたら祖先が近しいのかもしれない。瞳の色だけではあるが、不思議と親近感が沸き出る。
「……」
目の前の情報を処理するのに時間がかかっているのか、うつろな両目のまま少女は言葉を発せずにいる。
一方、周辺の状況は非常に好ましくない。
気配を感じ、立ち上がる。
何者かが集団で草原を忍び寄る影のように音もなく青年たちの前に出現した。
小柄ではあるが、四足歩行の獣の姿をした魔物たちの群れに囲まれてしまったのだ。
青年は少女の動向に一瞬気を取られており、先手を打って群れを追い払う機会を失っていた。意識を完全には取り戻せていない状態でどうにか現状を切り抜ける必要があった。
自動操縦で飛行する魔導機がやってくるまでの時間を稼がなければならない。
魔物たちは今にも牙を剥き、いつ一斉に跳びかかってきてもおかしくはない。
《
青年は呪文を唱えると、開いた両腕に魔力を集中させ、紫色に輝く電光がバチバチと音を立てた。同時に身に纏っていたコートもギラギラと紫電の光の線を放出している。魔力の放出に伴って集中されている全身の動きが耐えられていないのかガタガタと震えている。
抵抗する先は、獣の姿をなす飢えた魔物たちと言って間違いない。
両者の距離は一触即発で、戦闘が起こってしまったとしても誰が生き残るのかは全くもって不明だ。
獣の群れと対峙する青年と少女の、生き残りを賭けた戦いが始まろうとしていた。
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