第15話真実 2
梶川の誘いの元、俺たちは彼女の家に向かうことになった。
なぜ急に梶川が俺を家に誘ったかはわからないが、張り詰めた彼女の表情を見ると承諾するという選択肢しか浮かばなかった。
つり革に片腕を預けながらも俺は遠目に彼女の表情を除いた。
未だに強張った梶川の表情。いつもなら静かながらも多少おしゃべりしそうな彼女から一言も発されないのは違和感しかなかった。
隣にいる優も梶川に目を向けては電車から見える風景に目をそらすという動作を続けていた。
普段通りになった結衣に対し、こちらは普段通りではなくなったように思える。
変わっていく人の様子に俺はただ揺さぶられていた。
「次降りるわよ」
物思いにふけっていると梶川が急に話しかけてきた。頷くことで同意を示す。
思ったよりも彼女の家は病院から近いところにあった。
電車を降り、そこからは歩いて彼女の家に向かっていくことになった。
相変わらず、無言のまま俺たちは街を歩いていた。
平日であるにもかかわらず、街は歩行者や車であふれていた。
忙しない街の中、この空間だけは閑散としているように感じさせられた。
「ここよ」
歩くこと数分で彼女の家にたどり着いた。
白を基調とした小さな二階建てのアパートだ。
彼女の部屋は一階の入口一番手前らしく、鍵を手にしてすぐに自分の部屋の扉を開けた。
「さあ、入って」
まさか女子の部屋に入るなんて思ってもみなかった。結衣や和紗の家で慣れたと思ったが、まだためらいは出てしまう。
だが、前にいた優がなんのためらいもなく入って行くところを見て気持ちはすぐに落ち着いた。やっぱ、あいつはすごいな。
「お邪魔します」と小声で言いながら中へと入っていく。
玄関から扉一枚越しに部屋の大部分が見て取れた。
テレビにテーブル、そして一人用のソファーが中心にあり、片隅の方に勉強机がある配置になっている。
ものは綺麗に整えられており、部屋の中はとてももの寂しげに思えた。普段の彼女の性格からはとても想像ができない空間だ。
「今お茶つぐから適当に机付近に座っておいてくれる?」
梶川に言われるがまま俺と優はテレビ前にあるテーブルを囲んで腰を下ろす。
すぐにお茶を運んできた梶川が俺たちの前にそれを置き、腰を下ろした。
俺は二人と向かい合うような形で今座っている。こうして二人並んでいるところを見ると付き合っているような関係に見えなくもないが、性格上そんなことはないだろう。
「なんで梶川の家に呼んだんだ?」
静かな雰囲気を打ち砕くために自分から話しかけてみる。梶川といるときはいつも何かとたくさんおしゃべりをしていたので、この雰囲気にやっぱり居心地の悪さを感じてしまう。
「そうだね。まずは何から話そうかな?」
梶川は目を俺からそらし、少し考える体制をとる。表情はやっぱり、この前のファミリーレストランの時とは違うように思えた。
すると彼女は腰を上げ、勉強机の方へと足を運ばせていった。
机の棚からファイルのようなものを取り出し、一枚の紙を取り出すと再び俺の向かい側に腰を下ろした。
「これから見てもらったほうが早いかもね」
そう言って、持ってきた紙を俺の目の前に置いた。
俺は紙に視線を送る。レジュメのようなもので文字の羅列になっていた。
ひとまず、上に書いてある題名に目を向ける。
「マーグネース?」
題名はそう綴られていた。一体どう言ったことなのかさっぱりわからなかった。
「マーグネース。それはある種の呪いであり、結衣があなたを無視し続けた原因よ」
梶川の言葉に俺は思わず、耳を疑った。視線は無意識に彼女に注がれていた。
「どういうことだよ?」
一つの言葉に様々な疑問が俺の頭に浮かんでくる。
「今まで黙っていてごめん、綾辻くん。でも、これから一つずつ説明していこうと思う。この数ヶ月間あなたの身に起こったことの真理を」
梶川は一度深く呼吸をした。俺が結衣の部屋に入る時にしたそれと同じ感じのように思
えた。
「ちょっとスケールの大きな話になってしまうけど、この地球っていうのは一つの大きな磁石になっているの。だから私たちがこの地球で生きている限り日々磁力に影響を受けている。でもね、場所によってはその磁力を全く受けない場所があるの。それが『ゼロ磁場』と呼ばれる場所」
梶川の言う通り、本当にとんでもないスケールだ。急に地球規模の話をされていも全く意味がわからない。ゼロ磁場なんて全く耳に馴染みのない単語だし。
でも、結衣に関わって来るのならば、理解していくしかない。
耳を凝らし、彼女の話を集中して聞く。
「ゼロ磁場では普段私たちが受けている力とは全く違った力を受ける事になる。だからその場所へ行くとある種の変化をもたらしてくれると言われているわ。俗にいう『パワースポット』と呼ばれるところね」
パワースポットと言われると割と理解しやすいように思える。
ゼロ磁場は人間に何か不思議な力を与えてくれる存在と言うわけか。
「でもね、ゼロ磁場はただ単に正のパワーをもたらすものではないの。そこには磁場と人間との相性というものがあって、相性によっては正にも負にも傾く。そして、人が最悪の相性を持ったゼロ磁場へ赴いた時に起こるもの。それが『マーグネース』運命を変えてしまう呪いよ」
「運命を変えてしまう呪い?」
「そう。ただの相性のいいスポットだと身体的な要因までしか変化は現れないけど、中にはその者の運命すら変えてしまう要因になるスポットがあるという事」
「具体的にはどういうふうに変えてしまうんだ?」
「マーグネースに関してはまだ解明できていないところもあるから詳しくは言えないけれど、金運、仕事運、恋愛運などに関係してくるかもしれないとは言われているわ。その中でも、恋愛運。これについてはある種決まったパターンのことが起こるということがわかっている」
恋愛運での呪い。多分、それが結衣の身に起こった何かかもしれないということだろう。
「綾辻くん、あなたは結衣のことなんで好きになったの?」
不意にきた梶川の質問。一瞬、視線を右上へと逸らしていく。
「正直よくわからないな。いつのまにか結衣に惹かれていて、好きになった。そんな感じだと思う」
好きなところはたくさんあるが、好きになった理由を聞かれると正直よくわからない。
「そう。それが呪いの第一の効果よ」
えっ!
一瞬梶川が何を言っているのかよくわからなかった。
「マーグネースにかかった人間はその人が好きになった人が自分を好きになってくれるという効果がある。好きと無関心は結ばれる」
「てことは、結衣は俺のこと昔から好きだったってことか?」
「そうだね。前結衣と一緒に恋話した時にそんなようなこと言ってたから」
「そうだったのか……」
昔から俺のこと好きだったなんてすごく嬉しかった。
でも、俺が結衣の力によって惹かれてしまったということにはちょっと解せないところがあった。
「そしてね、綾辻くん。マーグネースの呪いにはまだ効果があるの。それがマーグネースにかかった者が両想いになると物理的に離れることになるということ。好きな者同士は互いに離れていく」
「……だから引っ越したということか……」
梶川のその言葉に一つだけ腑に落ちる事柄があった。三ヶ月という短い期間で彼女から「引っ越し」の知らせが来たこと。
「そういうこと。結衣は小学校の頃にも付き合ったことがあるらしいけれど、その時も一ヶ月くらいで終わったらしいわよ」
ん……今なんか聞いちゃいけいないこと梶川が言わなかったか……
「えっと、結衣って小学校の時付き合っていたのか?」
「らしいわよ」
まじかよ。俺が初恋じゃなかったのか。なんかショックなんだけど。
「まあ、小学生の時だからね。それも3年生。正直好きとかそういうものの事柄についてよくわからない年だと思うわよ」
梶川がさりげなく、フォローを入れてくれるが、その表情はいつもの彼女のものだった。
「お前ちょっとからかってるだろ」
「さあ、どうだろう?」
どうやらからかっているらしい。もう少し優しくしてくれてもいいんじゃないのか?
「話は戻るけど、てことは結衣が俺を無視した原因っていうのは俺を好きになってしまえば、結衣がまたどこかへ行ってしまうからかもしれないってことか?」
だいたい話はわかってきた。だが、もしそういう理由で結衣が無視するのだったらそれは本末転倒ではないのだろうか?
好きな人と一緒に居たいからその人を無視するなんて意味がないことだろう。
梶川は俺の話を聞くと再び、真剣な表情になり、話し始める。
「いえ、そうじゃない。物理的に離れるって意味はね『引っ越し』以外にも方法はあるの。そもそも、マーグネースの呪いによる運命の変革は実現可能な範囲で揺さぶられていく。結衣の場合、父親の仕事により転勤族であったということが運命変革の大きな手助けになっていたかもしれないわね」
なるほど、そういうことか。去年の夏に結衣の父親は亡くなった。だから今の結衣には俺と物理的に離れる要因の一つが失われてしまったことなる。
「だとすると他の方法で物理的に離れるようになってしまう可能性が見えてくるということか。でも、その方法って……まさか……」
考えるとたどり着いてしまう一つの要因がある。それも、もしそうだとしたら結衣が俺を無視してしまう理由も腑に落ちてしまう。でも……
視界が歪んでいく気がした。この呪いはそんなにも恐ろしいものなのかと思わされた。
「答えは出たようね。多分、あなたが思ったことで正解だと思うわ」
梶川はゆっくりとその答えを喋っていく。
「自分の好きな者の『死』その可能性が出てくるということ」
「好きな者のか……確かにそれは呪いかもな」
息を飲んだ。結衣はとんでもない爆弾を抱えながら生きていたのか……
「いや、待てよ。そもそも何で結衣はマーグネースの呪いについて知っているんだ?」
世間には知らされていないのにどうして彼女がそれを知っているのだろうか。梶川が結衣に話したとすると今の二人の関係がどうしても腑に落ちない。
「結衣にはこのレジュメを渡したわ。そっと彼女のファイルに入れておく形でね」
「梶川が直接言ったわけではないのか?」
「確証がなかったからね。呪いではなく、ただ運が悪い可能性だってあったわけだから」
「でも、そんなレジュメが入っていても何も気にせず、捨てられることだってあるんじゃないか?」
「そうね。でも、結衣の性格上しっかりと読みはすると思うわよ。それだけで十分」
「十分って」
「私がこの紙を渡した時期はね、結衣のお父さんが亡くなってから数日後のことだったから。この盤面を見れば、結衣なら必ず信じるという確証があった」
俺は梶川の言葉に目を丸くした。理解の前にある種の感情が湧き上がってくる。
机が揺れ、置いてあったお茶が少し溢れる。気づけば、俺は梶川の胸ぐらを掴んでいた。
自分でもこんな行動に出てしまうのは驚きだった。ただ、とてつもなく目の前の梶川が憎らしかった。
父親が死んで結衣はどんな気持ちで毎日を過ごしていたかは母親のあの表情を見れば、すぐにわかる。そんな中で火に油をそそぐような彼女の行動が許せなかった。
「結衣の気持ちを汲んでやれなかったのか。何で余計に彼女を追い詰めるようなやり方を
したんだ」
だが、胸ぐらを掴まれてなお梶川の表情には一切の曇りがなかった。むしろ、先ほどよりも強張った顔をしていた。
「それはあなたの思っている以上にこの呪いが恐ろしいものだからよ」
俺の怒気に対するように梶川の方もやや怒りを交えた口調で喋る。今までに見ない彼女の姿に驚き、掴んでいた手を思わずほどいてしまった。
そのまま崩れ落ちるようにして俺は座る。
「結衣が辛い思いをしていたのは痛いほどわかるの。こう見えて私は結構人間の感情に敏感だから。でも、こうするしかなかったの。結衣には後悔してもらいたくなかったから」
梶川の言葉にはとてつもない思いが込められていた気がした。
「悪い。いきなりあんなことしてしまって」
今まで見てきた梶川を汲んでやれば、彼女が結衣を傷つける悪意のある行動を何の意味もなくやるはずがないことはわかったはずだった。
それでも、行動してしまったのは自分の感情が抑えきれなかっただからなのだろう。
「大丈夫よ。私だって、綾辻くんの立場だったらそう思うかもしれないから」
梶川は乱れた服を整えながら喋る。
「話を続けるわね。レジュメを見せることでもし結衣がマーグネースにかかっていたとしても犠牲を出さないための予防をすることができた。でも、それは解決にはなっていないのはわかるわよね」
「マーグネースそのものが消えたわけではないということか。でも、どうやってマーグネースを消すんだ?」
「マーグネースを解呪する方法はシンプル。自分と相性のいいゼロ磁場へ赴けばいい、ただそれだけ。でもわかる通りそれはとてつもない時間を要することになる」
「世界中にあるゼロ磁場の数は数百にも及ぶ。その中から自分にあったゼロ磁場を探さなければいけない。時間も費用も莫大になると言うことだ」
不意に横にいた優から声が聞こえてきた。
「お前もゼロ磁場について知っているのか」
「ああ。俺も梶川もこの分野に関する情報収集・研究を行なっている機関『ソル』の一員だからな」
「そんな機関があるのか」
高校生にして組織的なものに入っているってこいつら何者だよ。
「全くもって、何か裏でやっているように見えなかったんだけどな」
「私たち二人とも変装うまいからね」
でも、これで梶川と優が教室ではあまり話さないのに仲がいい理由に納得がいった。
「優のいう通り解呪には時間を要する。そのことを知った結衣はどうすると思う?」
「一度俺との連絡を取りやめ、解呪に専念するってことか」
「そういうこと。それにこんなデマっぽいことを誰かに相談するのも難しいからね。結衣は長い時間をかけて一つずつゼロ磁場を回っていった。誰にも悟られることなく慎重にやっていたに違いないはずよ。それは余裕があったからね。でも、その余裕はある日を境に失くなった。綾辻くん、あなたがここに引っ越してきたからよ」
連絡が厳しかったなら色々用事があったとかで済ませられる。だが、直に会ってしまうと言い訳に困ってしまうといったところだろうか。
「綾辻くんの転校初日。結衣はとても焦っていたと思う。それでどうしたらいいかわからず、あなたを無視してしまった。あの時の結衣は明らかに様子が変だったからね。私はすぐ気づいたわ。綾辻くんが元カレかもしれないってね」
「綾辻くんの行動を見てもそれは手に取るようにわかった。だから私は一度あなたに接触してみようと思ったの」
「そしたら、俺が梶川に接触してきたと」
「そ。いやー、あれはありがたかったわ。さらにちゃんと言質をとることもできたからね。俺は結衣のことが好きだって。引っ越してきて間もないのに結衣のことが好きとか言うってことは元カレの確率が高いからね。そこで私は一つ確かめてみることにしたの。結衣が本当にマーグネースにかかっているかどうかをね」
「それが遊園地でのダブルデートってことか」
だから優がすぐに承諾したわけか。
「まず私は結衣が綾辻くんへ気持ちを向けるよう大嫌いなお化け屋敷に二人ペアで入れた。綾辻くんも私と同じ気持ちだったからそこは何なりとできた。そこからは二人に任せて私たちは綾辻くんが危険な目に遭わないよう近くで見守っていたの」
「あれは全く出てこなかった俺たちをほったらかしにして違うアトラクションに乗ったわけではなかったのか」
「私たちはそんな悪人じゃないよ。で、そうしたら予想通り。二人を乗せた観覧車が止まるっていう事件が起こってしまった。これで確証は得られたということ」
だから警備員の対応があんなに早かったのか。
「それからも確証を得られるヒントとなるものがたくさん得られたわ。綾辻くんの身に不幸がたくさん続いていった。多分、それらは運命の変革の予兆のようなものだと思うの。必死に押さえつけていた結衣の心から漏れていた気持ちが起こした出来事だと予想している」
そこで梶川は一度近くにあったお茶をすする。一息つくと再び話を始めた。
「でも、昨日それが終わった」
「え……」
「結衣は解呪したのよ。昨日学校サボってまで行ったゼロ磁場で彼女は解呪に成功したの」
「そうなのか」
「レジュメにも書いてあるけど、解呪するときにはね、体に何らかの変化が起こる。それが解呪の証。多分結衣は昨日解呪の感覚を受けたに違いない。でなければ、今日あなたにあんな話し方はしなかったはずよ」
「そうか……」
よかった。本当に良かった。これで全てが腑に落ちた。結衣が俺を無視し続けていた理由。昨日あった出来事。そして今日のあの表情。全てを理解することができた。
「てことは、これからは結衣と一緒にいられるってことなのか」
嬉しかった。こんな嬉しいことはない。この二年間溜まっていた思いがようやくはらされるのだ。こんなに幸せなことはないだろう。
だが、梶川は曇らせた表情を解くことはなかった。
「綾辻くん、この話にはね、まだ続きがあるの」
「続きって、結衣は解呪したんじゃなかったのか。それならもう終わりじゃないのか?」
「ねえ、今この時代で人が鉄パイプに巻き込まれるなんて事故が起こる確率ってどれくらいかと思う?」
「えっと、それは多分かなり低いんじゃないか?」
「私もそうだと思う。一パーセント以下くらいだと思うわ。その可能性に結衣は引っかかってしまった。これって本当に運が悪かっただけなのかなっていう疑問が私の中で浮かんだの」
「どういうことだよ?」
梶川の言葉に彼女が何を言おうとしているのか少しだけわかった気がした。
「考えてみたら、観覧車が止まったとき綾辻くんに危険が及んだけど、同時に結衣の方にも危険が及んだのよ。それにあの日以降結衣も時々不幸な出来事が起こっていた。結構稀だったからあんまり気にしていなかったけど」
待ってくれ。その先は言わないでくれ。俺は梶川にそう言ってやりたかった。
「私は最初結衣にばかり注意を向けていた。結衣を解呪させないとばかり考えていた。だから元カレであるあなたが引っ越してきたとき、私は心のどこかで嬉しいと思っていた。あなたがいればきっと結衣は解呪に専念してくれるだろうと思ったから。私は結衣のサポートしつつも、あなたを守ることに決めた。これ以上不幸を起こさせないために。でも、それは違った」
やめてくれ梶川。その先は言っちゃダメだ。
「あなたが引っ越してきたのは奇跡でも何でもない。運命の収束よ。好きな者同士が物理的に離れるのならば、好きと無関心は物理的に近づくもののはずだから。そして」
梶川は俺の心の叫びを受け入れることもなくそれを口にした。
「それができるのはマーグネースにかかった者のみ。綾辻くん、あなたもその一人ということ」
全身の力抜けていく気がした。
全てを理解した。
結衣が解呪し、幸せな未来をつかめることを約束された。
でも、まさかこんな展開になるんて思ってもみなかった。
どうやら今は最悪の運を持っているようだ。
これを『呪い』だというなら納得できる気がした。
「だから私は今日あなたにこの話をさせてもらった。マーグネースについて語ることができるのは呪いにかかってしまった者及びその親族に限られるからね」
「結衣にはこの話をするつもりなのか?」
「多分することになる。でも、それはあることが終わってからにしようと思っているの」
「あることって?」
「綾辻くんが解呪した時よ」
梶川のその言葉に思わず息を飲み込む。
「今日はそのためにこの話をしたの。結衣が頑張ったんだから、彼女の彼氏である綾辻くんも頑張らないといけいよ。でないとせっかく頑張った結衣に失礼だから」
梶川は先ほどのこわばった表情を解き、いつもの優しい笑みで俺を見る。全身から抜けた力が戻ってきたような感覚に襲われた。
「それは結構ずるいんじゃないか」
「今までを乗り越えてきた綾辻くんだからこそできると信じている」
梶川はそう言って、俺へと手を差し伸べる。
「お前なら超絶確率論くらいできるんじゃないか?」
優はよくわからない専門用語を使い、俺を励ましてくれる。何だその言葉。初耳なんだが。
二人の言葉を受け入れ、一度大きく息を吸った。
マーグネース。俺には想像もできなかった解答が出てきて、そのスケールの大きさに正直驚かされた。解呪するのはシンプル。だが。
「綾辻くんに残された時間は多分、結衣が退院するまで。あの状態で彼女を外に出してしまったら、かなり危険状態になると思う」
そう。俺には時間が限りなくないということ。奇跡でも起きない限り、時間内での解呪なんて成し得ないことだろう。それでも。
「俺は結衣がやってくれたことを無駄にはしたくないさ」
梶川の手を掴み、心の中で唱える。
またしばらく大変な毎日を過ごすことになるだろう。今回に限っては、本当にどうにもならないかもしれない。
解呪できるゼロ磁場を見つけられる確率は多分かなり低い。一パーセントにも満たないであろう。
それでも、優の言った確率の壁を越える道を選び当てよう。
絶対に結衣との幸せを壊させたりはしない。
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