第2話無視の真意は 1
中学二年生の頃、結衣から突如「引越すことになった」と知らされた。
寂しい思いは当然あったが、子供の俺には寂しそうにする彼女を励ますことくらいしかできなかった。
幸い、互いにスマホを持っていたことにより引越してからも連絡を取り合うことはできた。
だから俺たちは定期的に連絡を取り続けてきた。今日あった面白い話や悲しい話などをしては互いに笑い、励ましあっていた。
付き合っていた時期が三ヶ月の短い期間とはいえ、俺と彼女の間では確かな関係を築けていた。
だが、高校一年の夏休みに入りかけていた頃。
突然、彼女からの連絡が途絶えた。
Lineでの既読がついているにもかかわらず、返信が全く返ってこなかったのだ。
試しに電話をかけてみたが、出てくれる気配はなかった。
一体何が起こったのか?
わけもわからなかった俺は心にぽっかり穴が空いたような気持ちで毎日の高校生活を過ごしていた。
授業を受けている時、クラスの友達と話している時にふと我に返っては彼女のことを思い出してしまう。
Lineを開いては彼女から何かメッセージが来ていないかを確認する。日に日にその回数は増えていった。
どうしようもない気持ちに身をつつまれがら過ごしていた俺に不意に転機が訪れることになったのは高校一年の冬だった。
「実はだな、引越しをすることになった」
食事中に響き渡る突拍子もない一言。母が冷静であったため前々から決められていたことなのだろうというのはわかった。
引越しをするのが初めての経験であったため、ある種ワクワクの気持ちになっていた。だが、父親の次の言葉に俺は思わず目を見開き、箸を落としてしまった。
まさか引越しをする先が結衣の住んでいる地域だなんて思いもしなかった。
あっけらかんとしていた俺に対し、母親は「よかったわね」と口にする。
無視されていることを家族に相談していなかった俺は平然を装いながら「そうだな」と口にするしかなかった。
もし引越した先で彼女に出会ったら、どうすれば良いのだろうか。きっと色々な気持ちが絡まって、戸惑うに違いない。
でも、同時にこれはチャンスかもしれないと思った。
誰にも気づかれないよう拳を握り、俺の中である一つの決意が芽生えた。
結衣に何が起きたのかこの目で確かめなければならないと。
****
編入試験を無事終えて、訪れた転校初日。
当時の俺は多分、結衣を探すどころではないほどの緊張にかられていたと思う。
生まれてこのかた転校をしたことがないのだ。どんな風に接すれば良いのか皆目見当もつかない。
相手は全員が行事などで何かしらつるんでいる団体。総勢四〇名前後。
それに対し、こちらは今にも逃げ出したい気分の臆病者。総勢一名。
戦う前から勝負は決している。というよりなぜ俺はあの時戦う前提で教室に入っていこうとしたのだろうか。
こんな気持ちでいたからだろう。特に目立つことなしの普通の自己紹介。
外見もそんなにいい方ではないのでいまいち盛り上がりに欠ける。ちょっと自分の遺伝を憎んでしまったのはこの時が初めてだった。
何が起こるわけでもなく担任の先生が座る席を指示して自己紹介は幕を閉じた。
とにかく、これでひとまずは一つの大きいイベントが終わった。
気を楽にして先生が指定した席まで歩いていった矢先、まさか不慮のビッグイベントに遭遇してしまうなんて思ってもみなかった。
だから思わず息を飲んだ。
俺が座る席の横に久しい顔を発見した。約二年の長い間、彼女とは顔を合わせていなかった。黒髪ショートボブに右耳につけた猫型のヘアピンは相変わらず特徴的だった。
昔のままの懐かしい容姿で『六条 結衣』はそこに座っていた。
結衣の方も驚いているのか目を丸くしながら俺の方を見る。潤った瞳が彼女の可愛さをより一層引き立たせ、俺の様々な気持ちをも引き立たせてくる。
突然の出来事による驚き、ようやく会えたと言う嬉しみ、目と目があったことによる緊張、なぜ返信してくれなかったのかと言う悲しみ、そして怒り。
様々な感情が俺の思考を牽制する。この時何を言うのが正しかったのだろうか。
「久しぶり」
不意に出たのは何気ない一言だった。
目を丸くした結衣は俺に何か返そうと口を開ける。ようやくこれで、また彼女と一緒に居られる。
そんな安堵はすぐに砕け散った。
丸くなった目は冷たい視線を放つ目へと変わり、空いた口は何を言うわけでもなく閉まった。
窓側の席にいた結衣はすぐに俺とは反対側の外の景色に顔を向かせたのだ。
なんで知らないような素振りを見せるんだよ?
全ての感情が『絶望』へと向かっていった。
直に会ったにもかかわらず、結衣からの返事をもらうことはできなかった。
俺と別れてからの数年間で彼女に何があったのか全くわからない。
だから何もできないまま、俺は席に着くことしかできなかった。
ここに来ても、俺の心の隙間を埋めてくれるようなものなんてありはしなかった。
****
その日の放課後。俺の中で一つの仮説が生まれた。
もしかすると今横にいる人物は『結衣に似ている人』かもしれないと言う仮説。
もし、結衣でないならば俺のやった挙動に対してあんな反応をするのは必然的なことだ。
全く知らない人がいきなり自分に目を合わせて「久しぶり」とか言ってくる。
いきなり見つめられたら「私、何かした?」と目を丸くしてしまうし、いきなり「久しぶり」と言われたら反射的に「久しぶり」と言おうと口を開けてしまう。でも、「いや、私こんなヤツ知らないんだけど」と我に返って、そっぽを向いてしまうと言う状況が起こるのは珍しくはないだろう。
自身の仮説の完璧さに自画自賛しつつ、教壇の上にあるクラスの席の名簿を手に取り、窓側付近に書かれた自分の名前を確認した後、横に記載された人物の名前に目をやった。
六条 結衣。
そこにはこう書かれていた。
わかっていたことではあったが、若干の希望を抱えていた俺としては大きな傷を負った感覚だった。
これで容姿、名前と俺の知っている彼女であることが確認できたため先ほどの仮説はいともたやすく潰されてしまった。
抜けた穴はちょっとしたことでは癒えてはくれないようだった。
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