前編 陸の街の少年

僕は日向。海のすぐ近くにある小学校の五年生。今は夏休みなのに、わざわざ宿題を出しに学校に行かなければならない。クラスメイトの和真と一緒に向かっている。そして和真は不思議な話を始めた。

「なぁ。海の中の街って知ってるか?」

「そんなんあるわけないだろ?」

「ほんとだって、人が住んでるんだ」

何言ってんだ?こいつ

「俺はな、海に人が住んでいるという記録を見つけたんだよ」

「どこで?」

「山の上に神社があるだろそこの蔵だよ」

山の神社なんてもうぼろぼろで祭りの時しか使わない秘境で、行くのに凄い時間がかかり行く用事などまず無いはずだが。

「なんでまたそんなところに?」

「興味だよ」

「普通は興味があっても行かないよ」

最もその奥の蔵なんて更に行くわけがない。

「そこでな面白い絵を見つけたんだ。そうだ、今週末見に行かないか?」

和真はすぐ僕をめんどくさそうなことに巻き込もうとする。でも、和真の突飛な発言を僕は好きなので付き合うことにした。


週末、小学校の前に集合して山に向かった。神社までの道はしかっり整備されているが、相当な大回りなので、大半の人は裏道を使う。それは小学校の裏から出ている山道で、人が並んで歩けるぐらいの広さしか無い。獣道とも呼べるような道だを歩いていく。

「そういえば和真。どんな絵があったんだ?」

「祭りの日に海の中から青色の光が出るだろ?その周りを海の中で人が囲んでいる絵があるんだ」

「たしかに海の中から青い光は出るけど、普通に考えて海の中に人はいないだろ」

「それもそうなんだけどそう描いてあったんだよ」

和真が言うからほんとなんだろうけど、やっぱり信じられない。そう思っていると、神社に着いた。蔵の絵の人がいる場所はどう見ても陸ではない。人は地面をしっかり歩んでいる人もいれば、空を切るように泳ぐ人もいた。また、人の口からは水の中へ泡が出ていて呼吸をしているようだったが、そこに空気はなかった。それ以外にもおかしいところはたくさんあって上手く理解できなかった。

「和真、この絵って、誰が描いたんだろう?」

「海の中に住んでる人じゃないか?」

僕は改めて不思議に思い、考え直していた。

『もし、ほんとに人が住んでいたら、どう生活しているのだろうか?』

『なぜ、海で暮らしているのだろうか?』

それ以外にもいろいろ疑問は湧いたが自分で考えても分かるわけなく、諦めて帰ることにした。


その帰り道僕たちは迷子になった。夕立に逢ったので大きな木の下で雨宿りをしていて、雨が上がり道のりに歩いていたはずだが、いつの間にか迷ってしまったらしい。

「日向、こりゃあもう一雨きそうだな」

「そうだな。早めに帰り道を見つけないと…」

「せめて雨しのげるところに行きたいよな」

「ああ。そうだな」

「あそこに良さそうな洞窟があるぞ。中に明かりがあるし、とりあえずそこに行くか」

その洞窟は雨が降りこみにくい山肌にあって中には光源となる黄光沢石という石もあったので明るい。奥は少し広くなっており鍾乳洞が広がっていた。鍾乳洞の地面には水がはっていて、鍾乳石には一切触れていないという不思議な状態が起こっていた。洞窟にはたくさんの壁画が描かれていた。入り口から順番にストーリー性があるようだった。

「和真、この絵って、蔵の壁画にすごく似てないか?」

「そうだな。同じ人が描いたのかもな。それと、描いてある絵のストーリー性についてはどう思う?」

「一枚目の絵は文明が生まれる前ぽいな。二枚目は昔の日本かな。教科書で見たことある感じか。平安京ぽい感じ。三枚目は街中が崩れてるな、地震が起こった感じか」

「そっから、絵の雰囲気が変わるな。全体的に絵が青い。まるで海の中のようだ。人もいるな。この辺りではない感じの建物の雰囲気だな。日本じゃないとこかな?」

「文明の発展の歴史を表してんのか。まっ、途中から意味わかんないけど」

「そうだな」

「だれだい?なんか用」

洞窟の奥の方から二人の声とは違う高い声が聞こえた。僕らは背筋が凍った感覚に見舞われ、さっき見た足跡を思い出す。すると奥から小さい子供が出てきた。

「あの、どちら様でしょうか?」

明らかに年下であるのに緊張で思わず敬語になってしまった。

「僕は海神、海を司る神様さ」

「なぜ神様がこんなとこにいるのですか?」

「僕はここに祭りの準備をしに来たんだ」

「準備って、神様自身ががですか?」

「ああそうだ。青光沢石の準備をしに来た」

「青光沢石って何ですか?」

「そんなことも知らないのかい?おこちゃまだなぁ」

体格はお前の方が小さいと思ったが、神様らしいのでこらえた。

「黄光沢石からできる、水の中で光る石だ。見てみるか特別だぞ」

そう言った途端、神様の手の上にあった黄光沢石を中心に円が生まれ二方向に赤と青の光が出た。その光はそれぞれ二つに分かれ、ひかれ合うように円に沿ってちょうど真ん中あたりのところで合わさり紫色になって風を起こし始めた。そこに神様は自分の緑の髪の毛を落とした。すると風は緑になり石を包み込んで空中に浮くと、中から眩い青い光が起こり、激しく光った後、青く光りながら神様の手のひらに落ちてきて、円を吸い込み、水の中に入って行き、青い光を放った。

「この光ってまるで祭りの時の海じゃないか」

「ああ正解だ。祭りはこのため、海の街のためにあるんだ」

「その石にはどんな力があるんですか」

「簡単に言えば水の中で呼吸ができる」

「それじゃあまるで神社の蔵や洞窟の壁画じゃないか」

「そう、あの絵はそれを表している」

「じゃあ俺たちも呼吸できるのか?」

「そう意味ではないんだ」

「それってどういうことなんだ?」

「海に住む資格を得る必要があるってことだ」

「そんなんがあるのか?」

「ああ、あるよ。と言ってもたいそうなものじゃない。誓いの言葉を述べるだけだ」

「誓いの言葉?」

「『海の神よ陸の神よ我に許しを、悲しみに慈悲を、どうか恵みを下され』というだけだ」

「それを言った後、陸の人には戻れるのか?」

「それは出来ない。そんなわがままは神が許さない」

「それってあなたが?」

「違う。惑星の神だ。この惑星を司るものだ。我々のような神はその端くれのようなものだ」

「なぜ許されないんだ?」

「人は陸に住めるように神が造ったんだ。それなのに海に住もうなんて傲慢だと思わないかい?しかし、大昔そうしなければならないほどの過ちを神は犯してしまった。それにより、神は一部の人に海で生きる権利を与える必要ができてしまった」

「それが、あの絵にある災害か?」

「ああ、そうだ。あれは自然ではなく神が起こした」

「それで海に住めるようになったのに何故その石が必要なんだ?」

「それは、神が海に住むときに条件を出したんだ。いわゆる時効を作った。そして、今それはもう切れている。しかし、海の中での楽な暮らしを手に入れると人はそれを手放せなくなり、私に頼んだ。そして、私はそいつらのためにこの青光沢石を作った。これで、今も海の中に人が住んでいるってわけだ」

「そんなことして、惑星の神様は怒らなかったの?」

「怒ったよ。だから今は陸の祭りに合わせてカモフラージュして儀式を行っている。あんたらがさっき見たものだ」

「しかし、お前らは秘密を知ってしまったよな。さ~て、どんな報復を受けてもらおうかな」

「そんなもんがあんのか?」

「そらあるだろ、秘密だぞ。神様の」

「でそれは何なんですか?」

「祭りの時にお前らに海との繋ぎ役をしてもらおうと思う」

『繋ぎ役なんてあったか?』

俺は和真に向かって問いかけたが、首は横に振られた。

「ああ、正式な祭りの中ではない。前まで私が直々に行っていたがこの機会だ、やっといてくれ」

「やっといてくれって、そんな感じでできることなんですか?」

「うん。海の波を見ているだけだ」

「それにはどんな意味があるんだ?」

「お前はさっきから意味を求めすぎではないか?そんなことはどうでもいいのだよ。と神が言うのだぞ、その通りだろ」

こんなときだけ神様みたいに振る舞われるのは普通ムカつく。

「じゃっ、よろしく」

そう言った瞬間、緑の光と大量の水を出しながら神様はどこかに消えてしまった。

「それにしても、なんで海の神様がこんな山奥の洞窟の中にいるんだ?」

「もしかして、この場所って・・・」

「神様の隠れ家的な?」

「絶対ないと思う。それよりおかしいと思わないか?鍾乳石が水に触れてないのも、海の神様がいたのも・・・。この水、海水じゃないか」

「そんなわけないだろ、ここは山だぞ」

そう言いながら、和真は水を口に含んだ。

「何これ、普通に海水じゃないか」

「そういえば、まだ奥がありそうだな、ついでに行ってみるか」

「そうだな」

その先は鍾乳洞がきれると海が壁のようにまっすぐになっているところがあった。そこを出ると一気に水面に向かって押し上げられ、小学校の前の浜に出た。

「なんかもう驚かなくなるもんだな」

「神様といい、今の移動といい、気にならなくなるのが怖いや」

「あと、海の中でも呼吸ができたように感じなかったか?」

「俺もそう思った。息が詰まらなかったというか、空気のバリアがあるみたいだった」

今日はもう日が暮れかけていたので帰ることにした。来週は学校の出校日があるからその時でいいだろう。


「よう!和真、おはよう」

「なんだよ。良いことでもあったのか?」

「実はな、海について新しいことがわかった。祭りの時には、この地域で高波が毎年発生しているんだ」

「ふーん。で、それにどんな意味があるんだ?」

「いやいや、あの子供(神様)に関係あると思わないか?」

「そうかもしれないけど、そんなの確認できないし、あの神様にも多分会えないだろ」

「そしたら、俺が一週間かけて調べたことはどうなるんだよー」

「知らねぇよ」

「いやいや、冷たくね?」

その日学校では神社の危険区域に勝手に入ったとして、呼び出しを食らった。『これからはしないようにしてね』と眠そうな顔で先生は言ったが当然無視である。

「めんどいなぁ。なんでこんなことしないといけないんだ?」

「そりゃ、立派に犯罪しているようなもんだからな」

「まぁ。クラスでからかわれるだろうな」

予想どうりクラスの中で真面目な奴がそんなことをしたというので囲まれたが、まぁ興味も長く持たずそこそこで解放された。

夏祭り「陸の界」が近づいて来た頃、街のあちこちには開催を示すポスターが大量に張られ、街の人は浮いていた。この祭りは陸の界というが実際は海の豊作に対する感謝&豊作祈願のためとして行われていた。なので祭りの際に使われる神社の「神輿」(船の形をしているが)は大きい鯛が釣りあげられているような、とても立派に金であしらわれたこの街で一番、贅沢と呼べるようなものだった。そして今日は神輿を蔵から出し洗う日で親に無理やり連れてこられた。

街の中には、星降り草の金色の花粉が飛んでいた。花粉といっても実際には花ではなく、海の水の塩分が蒸発して空中に舞ったいわゆる塩と考えられている。それは、長い間当たる日の光によって、透明に近づいていき、それに伴って塩のしょっぱさなどがなくなっていき、人に完全な無害な物資になる。それが日光を反射することで、金色に輝きその美しさが星降り草のようだとして、花粉と呼ばれるようになった。そんな花粉が宙に舞ってくると、祭りの近づきを示すものとなる。それはある種、祭りを盛り上げるものの一つになっていた。

僕たちは祭りに行くため、海の近くの港で待ち合わせていた。

「よう。どうだ、当日だぞ。なんかの」

「なんかのって、なんだよ。祭りだろ」

「あと、神様の約束の日な」

「そうだったな。ちょうどこのあたりか、約束の場所は」

「あれ以来、神様にも会ってないしもういんじゃね」

「うんまぁ正直どうでもいいし。俺達以外は知らない」

「まぁ。じゃあ行くか。」

そう言って、行こうとした時だった。俺たちの目の前に『花粉』が集まってきて、子供(神様)の形になった。

「やぁこれはどうも。少年たち」

「おっと。こりゃどーも。子、神様」

「いや、僕のこと子供って呼んだように聞こえたけど、まぁ、それはいいや。それより約束覚えてるよね。」

「ああ、残念ながらな。で結局海を見ているんだったよな」

「そうだ。君たちが知っている通り、高潮が起こると思う。おそらく、津波サイズの。」

「ああ?確かに調べたが。なんで知ってんだ?というか、そんな高い波なんて今まで…」

その時、和真の顔が凍てついた。

「ああ、その通りだ。『怪物』が今年は来る。」

「おい和真、神様、その『怪物』ってなんなんだ?」

「その、『怪物』っていうのはね~」

神様が言うのをためらった。

「いわゆる、海に住む最大の理由となった、高潮だよ」

「え」

「そうなんだ。『怪物』はやばい。恐らく、防がなければこの街、そして、山も消えて更地になると考えてもいい」

「は?」

俺は何も言葉が発せなかった。

『そんなの、どうしようもないじゃないか。それを受けたら、街が死んじまう。そうだ、防ぐってなんだ?そう、防げれば、大丈夫なのか?』

「防ぐって、どうしたらいいんだ。」

和真が顔を俯かせた。

「それは、星降り草だ」

「それはどこで手に入るんだ?」

「海だ。陸にはもうない。失われた。」

「え?海には行けないって。」

「でも、助かる方法はまだある。」

和真が顔をあげた。

「花粉だ。これを集めればまだ防げる」

「あと、光沢石にも小さいが同じ力がある」

「じゃあそれを持って来よう」

「いや、その必要な量は言うなれば無限だ。海に飲み込まれるまで、ずっと永遠に」

「星降りさえあらば、一瞬なのに」

「もうどうしようもないのか」

「いや、海には巫女がいる」

「巫女ってなんだ?」

「海を守るものだ。星降りを操る力がある」

「そいつは、今、来れるのか?」

「それは、端的に言って無理だ」

和真がまた顔を下げた。

「陸に上がる必要がある。前神様が言った通りだ」

「それじゃあ。陸は完全に」

和真が肩に手を置いた。

「それ以上は、言うな」

「じゃあ、陸を頼む。できる限りはするよ」

と神様はいなくなった。

「もう人類は終わったのか」

ハハ、ハハハ、ハハハハ…

和真がかすれた声で笑った。

「まぁ、海でも見てようか。」

そっから砂浜に移動した。祭りには行かなかった。

「祭りなんか行かなかったら、明日の親が怖いな」

「あした」

黙り込んでしまった。そして、花粉が漂う中、静かな時を過ごしてきた。


その時だった。海から女の子が流れ着いた。僕は心配に思い、呼びかけた。その子の服に触れるとそれは濡れていなかった。

少しすると、その子が目覚めた。

「どうしたの。体調悪い?」

「──、───」

声がかれて、なんて言っているのかわからない。彼女は一回咳払いした。

「助けてくれたんですよね。ありがとうございます。私、巫女として街を守ろうとしたのに。失敗したんですかね。力が足りなかったか」

「巫女なんですか」

「巫女をご存じなのですか?」

「存じるも何も、だって、今日『怪物』が来るって」

「それも知って・・・あの私を助けてください。『怪物』を止めないと」

体を無理に動かそうとした彼女はつらそうだった。

「イタッ」

「無理に動いちゃだめですよ。うちに来てください。休憩してからの方がいいですよ」

「そうですね。すいません。ありがとうございます」

動かない和真は家に帰ってもらい彼女を連れて家に帰った。家には親がいた。

事情は説明せずにダッシュで自分の部屋へ直行した。扉の隙間から母雰囲気がしたが気にしない、ふりをした。無視である。

女の子は春香とい海に住む人だが、陸の結晶というペンダントにより、陸でも平気という特殊な状態らしい。そして、『怪物』の対処法について話し合った。彼女の方が当然ながらその知識は多く、途中からは彼女に頼りきりとなり、結果もう一度神様に会う方法を考えることにした。しかし彼女は神様を知らなかった。そんなとき僕は彼女に顔が似ている人を思い出していた。

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