第29話 ダイエットしよう
ロコ「……ちょっと太ったかも」
体重計に乗ったとき、わたしの顔や全身から汗が噴き出るのがわかった。
♦
うみ「そうか? あたしにはぜんぜんそうは見えないんだけどなー」
言いながら、うみちゃんが直接おなかをさわってきた。
ロコ「あぁんうみちゃん、そんなにぽよぽよしないで~」
なんだかいけないことしてるような気分になって、すぐにやめた。
ほとんどロコの素のままではあるんだろうけど、なんかこう……な。
うみ「まぁでも確かに、お菓子食う量はちょっぴり増えてるかもなー……」
ロコ「そんなぁ、ずっとほとんど変わってないって思ってたのに~……」
瑞穂「ちょっと、うみさん? なんでロコさんにはそんなに甘いんですか?!
この前わたしがお菓子持ってきたとき、あなた、あからさまに
『学校にお菓子持ってくるなよ』みたいな顔してたじゃないですか!」
うみ「(心の中読んでたのかよ……)とりあえずまぁちんちくりんは黙ろうか」
瑞穂「ちんっ……?!」
青筋が立っているのが、自分でも手に取るように分かった。
うみ「痩せる気があるんだったら、これからあたしと一緒に運動しないか?」
ロコ「うーん……」
うみ「……やめとこっか」
ロコ「うぅん、がんばる!」
うみ「いいぞ! よし、そうと決まれば今から校庭5周! はい、いった!」
ロコ「これから授業だよ?」
うみ「あぁそっか、すまん……さっきのはほんの冗談だ、忘れてくれ。な?
じゃぁ、こういうのはどうだ? 運動しながら、おしっこをこう……」
気持ちよさそうな表情で、うみちゃんは躊躇なくちょろちょろと何かを垂れ流す。
ロコ「うみちゃん?!」
うみ「どうした、ロコ……って、なんじゃこりゃぁぁぁ!」
片目を開けたあたしが見たものは、衝撃的な光景だった。
指の間から目をのぞかせるロコも見えて、あたしは状況をようやく理解した。
連日極寒だったせいか、あたしの身体がいつの間にかおかしくなっている。
うみ「ちょっと考えてただけなのに、こんなことってあるかよ……」
ぞくぞくっとするあれが襲ってきて、たまらずまた出してしまった。
ロコ「保健室、行ったほうがいいんじゃないかなぁ……」
うみ「……そうさせてもらう」
瑞穂「そういえば英語の『ダイエット』って、たしか『食事』の意味ですよね?
だったら別に、無理して痩せる必要なんてないんじゃないですか?」
いかにも瑞穂らしい、
春泉に確認する素振りも見せず、やつはそう言い放ってどやっていたけど……
これ、もしかしなくても過去に挫折した人っぽそうだな。
――そんなこと気にしてる余裕なんて、このときはあまりなかったけど。
♦
うみ「あぁ、やっちまった……」
ひさしく忘れていた感覚を、不意に思い出してしまうことになった。
うみ「過去には勢い余ってロコに飲ませたりなんてこともしたけど……
あれ、冷静に考えたらとんでもねーことしてたんだな……」
いまさらながら、あのときのあたしが恥ずかしくなった。
うみ「なんとかお詫びしないとな……そうだ、未咲のおしっこ……」
……あれっ。
うみ「なんであたし、おしっこのことばかり考えてんだ……?」
声に出してみると、自分でも驚くほど似合わなくて。
うみ「そりゃ、これまでいろいろあったかもしんねーけど……」
どこまでも乾いた声になりながらも、あたしの思考を何とか整理してみる。
うみ「つまりはあたしも、あいつらと同類だったってことか……?」
誰かと似たようなことはあっても、あたしだけは違うと思っていた。
そう、いまのいままでは。
うみ「くそっ、なんでいままで気づかなかったんだ……!」
それがわかっていれば、いまごろあいつらともっと深くまで……。
うみ「戻らないと!」
なんだかよくわからない衝動に駆られて、あたしはひとっ飛びで教室に向かう。
♦
うみ「ロコ、おまえら、いままですまん! これからはちゃんと……」
ロコ「はぁ、はぁ……うみ、ちゃん……!」
うみ「おい、どうしたんだよ、ロコ! そんなに震えてよぉ……」
ロコ「なんかね、急におしっこしたくなってきちゃって……!」
顔が青ざめるくらいになっているのを見て、ついあたしもあせってしまう。
うみ「立てるか? それとももう、いっそのこと出して……」
瑞穂「……うみさん?」
瑞穂の目はかなり冷たいが、いまはそんなこと気にしている余裕などない。
ロコ「だめっ……じつはさっき、ちょっと出しちゃったの……!」
うみ「それ以上出すなよ! いま、あたしがなんとかするから!」
ロコ「なんとかする、って……んんっ!」
ロコの口元がこわばったと思ったら、すごい勢いのある音が聞こえてきた。
ロコ「だめぇ、もうがまんできないよぉっ……!」
あぁ、またこいつを救えないのか……そう思いかけたときだった。
瑞穂「ロコさん、わたしの背中に乗ってください!」
ロコ「瑞穂ちゃん……!」
そこまではよかったんだけど。
ロコ「あぁっ……!」
せっかく我慢できていたものが、無残にも瑞穂ちゃんの背中を濡らしていく。
驚きのあまり、つい目を丸くして冷や汗をかいてしまった。
瑞穂「これって、まさか……」
ロコ「なさけなくおもらししちゃうどうしようもない子でごめんね……
ちっとも悪気はないの……ほんとうにごめんね、瑞穂ちゃん……!」
泣きながら、しかしロコさんはどこか気持ちよさそうにおもらしし続ける。
瑞穂「あったかいです……つられてわたしまでおしっこしちゃいそうですよ」
ロコ「ごめんなさい……」
瑞穂「謝ることないですよ。だってほら、わたしも我慢できませんでしたから」
言って、瑞穂ちゃんは肝心の部分を隠すことなくさらけ出してくれた。
いつの間にか、瑞穂ちゃんまでぱんつをぐしょぐしょにしてしまっている。
瑞穂「やっぱり気持ちいいですよね……おもらしという行為はいつだって……」
まるでいつもしているみたいな言い草。きっと嘘はついていないんだと思う。
瑞穂「だって仕方ないですよ……こんな世界にいたら、誰だってこうなります」
あきらめたようにそう言って、おそらくわたしを慰めようとしてくれている。
出る涙もなくなってしまうほど、ひどいことをしたような気がしているのに。
瑞穂「先生が来る前に、ひととおり教室を掃除しておきましょうよ」
ここから切り替え、と言わんばかりに、瑞穂ちゃんはぴんと立って合図する。
ロコ「それにしても、すごく芳醇な匂い……」
瑞穂「気づいちゃいました? またお父さんにぶどうジュース飲まされて……」
よく見ると、どこか顔が赤く、街で見かける酔っ払いさんのようにも見える。
そのせいなのか、わたしがやってしまった後少し声が上ずったように聞こえた。
ロコ「もしかして、あのときから酔っ払いはじめてたの……?」
瑞穂「いえ、ずっと隠してたんです……ばれてしまったらなにかと大変ですから」
よくよく考えてみたらそうだったけど、やってしまった後で頭がよく回らない。
ロコ「背中のそれ、ばっちいよね……よかったら、その……わたしの制服着る?」
罪悪感を覚えているのか、ロコさんはその場で脱いでわたしに渡そうとする。
瑞穂「いやいやいや、そこまでしなくていいですから!
……よく嗅いでみると、それほど悪い臭いってわけでもなさそうですし」
ロコ「?」
瑞穂「えっと、その……なんでもないです」
言って恥ずかしくなったのか、瑞穂ちゃんは小動物のように縮こまった。
ロコ「(かわいい……)」
その姿がいとおしくなって、わたしはやっぱり自分の制服を貸したくなった。
瑞穂「だから脱がなくていいんですってば!」
なぜかすごく顔を真っ赤にして瑞穂ちゃんは全力で断るけど、わたしも折れない。
ロコ「いいから着て! わたしからのお願い!」
瑞穂「意味わかんないんですけど!」
わちゃわちゃした感じになり、結局掃除はかなり後回しになってしまった。
先生に見つかって申し訳なさそうにする二人が、いまもずっと印象に残ってる。
あたしはあのとき、少しくらいは痩せたんじゃないかって気がずっとしている。
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