第4話 獣
フルートとリサ、ガキ大将のジャックと子分のペックとビリーは、チムを探して魔の森の中を歩き回りました。
けれども、いくら呼んでもチムの返事はありません。
リサはますます青くなりました。
「あの子ったら。どこまで行ったのかしら?」
「森の奥に迷い込んだんだろうね」
とフルートは木立の重なる向こうを透かして見ながら言いました。
森の中は下
「ち、しょうがねえヤツだな。おい、ついてこい」
とジャックが先頭に立って歩き出しました。
その手が抜き身の剣を握っていたので、フルートは目を丸くしました。古ぼけていますが、正真正銘本物のロングソードです。赤い
ジャックは、にやりとしました。
「驚いたか? これは俺のじいさんの形見なんだ。じいさんは先の国王陛下の正規軍で隊長をしていたんだぞ。素晴らしい名刀なんだ」
「ふぅん? あたしにはただの古い剣にしか見えないけど」
とリサが遠慮なく言うと、ジャックは鼻で笑いました。
「ふん、女なんかにこの剣の価値がわかってたまるか。俺のじいさんは、この剣で数々の戦場をくぐり抜けて大勢の敵を倒してきたんだ。英雄だったんだぞ。俺は英雄の孫なんだ」
フルートはちょっと首をかしげました。
いくら英雄の孫で名刀を持っていたって、ジャックが英雄というわけではないのですが、口に出してそれを言うことはしませんでした。
リサも
そのとき、行く手の木陰で茂みがガサガサと音を立て始めました。
「チム!?」
リサが駆け寄ろうとすると、フルートが制止しました。
「待って! みんな動かないで!」
茂みの中に黒いものがちらりと見えたのです。
全員が立ち止まると、茂みからぬっと獣が現れました。
――熊でした。
フルートはベルトからナイフを抜いて布を投げ捨てました。ナイフと言ってもお母さんが台所で使う料理用です。
ジャックは祖父の形見の剣を構えます。
すると、熊が後足で立ち上がりました。大きな熊の体がぐんとふくれあがって、いっそう大きくなったように見えます。
とたんにビリーがわぁーっと悲鳴を上げました。
「い、いやだぁ! 食い殺されちまうよぉぉ!」
熊に背を向けて全速力で逃げ出します。
「あっ、この野郎……!」
怒って振り返ろうとしたジャックに、突然フルートがぶつかりました。
二人がもつれて地面に倒れると、熊の前足が宙をひっかいていきました。間一髪で攻撃をかわしたのです。
フルートは素早く跳ね起きると、またナイフを構えました。
熊はすぐ目と鼻の先です。
すると、リサが言いました。
「みんな、目をつぶって!」
丸いものが地面にたたきつけられます。
とたんに強烈な光がほとばしり、あたりが真っ白に輝きました。
目がくらんだ熊はうなり声を上げて逃げていきました。
光が消えた後の地面に、乾いた粘土のかけらのようなものが残ります。
フルートは驚いてリサに言いました。
「
「ずっと昔、うちに立ち寄って食料を買っていった旅の魔法使いが置いていったのよ。五つあったんだけど、兄さんたちが面白がって使っちゃって、これが最後のひとつだったの。とっときの武器にするつもりだったんだけど、早々に使っちゃったわね」
「ううん。おかげでみんな助かったよ」
すると、ジャックとペックがわめき出しました。
「目! 目が……!」
「目が全然見えない! どうなってるんだ……!?」
リサはまた呆れたように二人を見下ろしました。
「ばっかねぇ。まともに光玉を見たわけ? 目をつぶれって言ったじゃないの」
「馬鹿野郎、いきなりそんなこと言われてできるか!」
とジャックがどなり返します。
「あら、フルートはちゃんと目をつぶってたわよ。あんたたちが鈍いんでしょう。安心なさい。五分もすれば、また見えるようになってくるから」
とリサは言ってからちょっと考え、改めてフルートを見ました。
「でも、そう言われれば、あんたはよく目を閉じたわね。あたしが光玉を持っていたなんて知らなかったのに。それに、さっき、あんたがジャックに体当たりして熊から守ったように見えたんだけど……」
「馬鹿言え! こいつにそんな勇気があるもんか! 熊から逃げようとして俺にぶつかったんだよ!」
とジャックはまたどなりました。目が見えない分、余計にいらいらしているようです。
リサもすぐにうなずきました。
「そうね、フルートだもんね。あたしの勘違いだわ」
フルートはそっと首をすくめました。
本当はリサが最初に言ったとおりだったのです。でも、それはわざわざ口に出して言うようなことではないと思っていました。
やがて、ジャックたちの視力が戻ってきました。
「うぅ……目の前がチカチカしてるぞ。なんて道具だ」
ジャックは不機嫌に
「ビリーのヤツ、覚えてろよ。町に戻ったら絶対ただじゃおかねえからな」
それを聞いて、たったひとり残った子分のペックは青ざめました。
本当は彼も逃げ出したいのですが、ジャックの手前逃げるに逃げられなくなっているのでした。
ジャックは立ち上がると、剣を持って歩き出しました。
「行くぞ、ペック。油断するなよ」
ペックは悲しげな表情でジャックについて行きます。
「さ、あたしたちも行くわよ」
とリサはフルートに言って、先に立って歩き出しました。
フルートは先ほど投げ捨てた布を拾ってポケットに突っ込むと、料理用のナイフを握りしめて、しんがりを歩きました。
魔の森は、奥へ行くほど濃く深くなっていきました――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます