迷宮はかくありなん⑨

 無理をするつもりはないが、クロートは【迷宮宝箱ダンジョントレジャー設置人クリエイター】としての仕事を取ったことになる。


「……仕方ねぇな。いいか、まずは情報だ。無闇に飛び出すなら許可しねぇ」


 ガルムはクロートの意志を尊重して言いながら、大剣ではなく、ベルトに装着した短剣を抜いた。


 狭い通路では、振り抜くことができない大剣での戦闘は不利である。


 それに、ガルムは打算がないわけでもない。


 まず、【迷宮宝箱ダンジョントレジャー設置人クリエイター】としてではなく、情報を販売する組織『ノーティティア』としても、この情報が欲しかった。


迷宮宝箱ダンジョントレジャー設置人クリエイター】の隠れ蓑とはいえ、『ノーティティア』は組織としても真っ当な活動をしているのである。


 次に、もしレイドボスを狩ることができれば……その核はいい稼ぎになること間違いなしなのだ。


 なによりガルム本人、冒険者としての血が滾る。


 これが迷宮。これが冒険。


 こうして迷宮に魅せられた者たちの飽くなき挑戦は続いていくのであり、同時に……ガルムはこの先にクロートが経験するであろう苦悩を思い、少しだけ唇を噛んだ。


 クロートを【迷宮宝箱ダンジョントレジャー設置人クリエイター】としての道に連れ出してしまったのはガルム自身。


 楽しいことばかりではない。


 それでも、やらねばならないことだってある。


 どのような答えを出すのかは、クロートが決めることだ。


 ガルムは、そのときに強くあれるよう、まだ駆け出しの【迷宮宝箱ダンジョントレジャー設置人クリエイター】を導きたいと思っていた。


「……父さん、先陣は任せていいか? その、慎重にいきたいんだけど」


 すると、クロートがおずおずと口にした。


 ガルムはその言葉に、思わず緩みかけた頬を引き締める。


「いい判断だ。気ィ引き締めろ。駆け出しが訪れる迷宮だろうが、マナレイドは容赦ねぇぞ」


「わかった」

「わかりました」


 クロートの返事に重ねるように、黙って聞いていたレリルが声を上げる。


 クロートはそこで、蜂蜜色の髪をランプの灯りに煌めかせる少女を振り返った。


 ――そうだ、俺……。


「行くぞ」


「――あ、ちょっと待って父さん」


「……おいッ!」


 突っ込んだガルムは、踏み出しかけていた右足をなんとか引っ込める。


 クロートは「ごめんごめん」と頭を掻いて、改めてレリルに向き直った。


「あー……さっきは、その。悪かった」


 レリルは一瞬だけ新芽のような黄味がかった緑色の目を大きく見開いて、口元を緩める。


「うん。わざとじゃないのはわかってるよ」


 彼女はそのまま歩き出し、擦れ違いざまにクロートの右肩をポンッと叩いた。


「……」


 クロートはその優しい手の感覚に、むず痒さを覚える。


 彼は、もう少しこの【監視人】についても知る必要があるだろうと密かに思った。


「……行きましょう、ガルムさん」


「ああ」


 そうして、クロートは先に歩き出すふたりの後ろをしっかりとした足取りで歩き出す。


 いまはまず、この状況を調べることが先決だ。


 細い通路に体を押し込むようにして、三人は息を潜めて奥へと向かった。


 個々にランプは持っているが目立ってしまうためガルムのランプだけを灯し、さらに可能な限り灯りを絞って暗闇に目を慣らす。


 靴の裏に感じるじゃりじゃりとした感触は、キャタプたちの核だろう。 


 足音を殺し、通路を数分歩いた先はまたもや部屋――というか、大きな空洞になっていた。


 やはりヒカリゴケはどこにも見当たらない。


 おそらく大量発生したキャタプたちが食い荒らしてしまったのだろうが、そのキャタプたちもどこにもいなかった。


 眼を凝らしてみても空洞の全貌は見えず、まずガルムが踏み入った。


 天井もよく見えないほど高く静まり返る空洞に、ガルムの鎧が立てる音が微かに響き渡る。


 それほど大きな音ではないが……しかし。


 闇に潜む『それ』が聴き取るには――正確には音波を感じたのだが――十分なものだった。


 五本の指先が球体のような形をした四本脚。


 人ひとりを丸々呑み込むことができるほどの、ぶよぶよとした皮膚を持つ真っ黒な体。


 天井にぴったりと張り付き、部屋に入ってきた三人を見下ろしていたのは、このマナレイドで大量発生したキャタプとともに生まれたトカゲ型の魔物だ。


 ちろりと舌舐めずりをするその口の中には、獲物を呑み込むときに骨を砕けるよう、平たく細かな歯がびっしりと並んでいる。


 ……魔物はときに、魔物同士で喰らい合う。


 キャタプに太刀打ちする術はなく、トカゲ型の魔物はたらふく食べた芋虫のお陰で丸々と肥えていた。


 食事は済ませたばかりだったが、芋虫よりも旨そうなもの――すなわち、魔物ではなく生物が現れたとあっては、我慢できるほどの思考回路は持ち合わせていない。


 頭から左右に飛び出した、暗闇でもよく見渡せる紅い眼をギョロリと動かし、トカゲ型の魔物――リザードラの変異種は、音も立てずにするすると動き出した。


 ……最初に異変を察したのは、やはり熟練の感覚を有するガルムだった。


 広々とした部屋に出たことで、彼はすぐさま己の得物を使い慣れた大剣に持ち替え、神経を研ぎ澄ます。


 微かな風の流れが頬を撫で、彼は怒鳴った。


「構えろ! 来るぞ!」


「上だッ!」


 続けて大声を上げたのはクロートだった。


 彼の鼻は、濃くなった甘ったるい臭いのもとが見通せないほどの暗闇に潜んでいるのを感じ取ったのだ。


「収束……ッは!」


 レリルが生み出す魔装具の弓、それがマナの光を纏う矢を放つ。


 淡く光る矢は、天井へと真っ直ぐに飛んでいき、一瞬だけ、なにか黒い影を浮かび上がらせる。


 頭から飛び出した紅い眼が、忌々しい光にギョロリと動いたのをクロートは見た。


「――こんなところにリザードラだと!?」


 ガルムは正しくその正体を把握し、ランプの炎を最大にして足下に転がした。


「下がれ!」


 通常は体色が白くもっと小柄だが、リザードラは駆け出しの冒険者が相手できる魔物ではなく、もっと難易度の高い迷宮に生まれるものだ。


 おそらく、マナレイドによってより強化された変異種。


 暗がりを好む魔物のため、ランプの灯りは多少の時間稼ぎにはなるだろう。


 しかし、獲物を前にして諦めるほど、灯りを恐れることはない。


 ガルムはクロートとレリルが通路に飛び込むのを見届け、その前で大剣を構えた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る