迷宮はかくありなん②

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迷宮宝箱ダンジョントレジャー設置人クリエイター】。


 ガルムいわくどこかの冒険者がしたためた物語に出てくる発音を使うが、読んで字の如く迷宮に宝箱を設置する人のことだという。


 クロートが物心ついた頃には親子は気ままなふたり旅をしていたが、ガルムがうまく隠していたのもあってクロートはまったく気付かなかった。


 ちなみに、ガルムいわく母親は「どっかで元気にしてるんじゃねぇか?」とのことで、きっとこのガサツな性格に嫌気が差して逃げられてしまったんだろう。


 クロートとしても母親はいなくて当たり前だったし、ガルムとの旅は楽しかった記憶が多く充実していて気にならなかったのだが。


 ……そんなガルムが迷宮に挑むあいだ、クロートは宿屋に預けられることが多かった。


 クロートが十二歳を過ぎた頃からは宿屋の雑用を手伝って稼いだり、ふたりで一緒に迷宮に入ることも増えていったのだが……ガルムが【迷宮宝箱ダンジョントレジャー設置人クリエイター】であると知ったのは、つい一年前だ。


 世界マナリムでは七日が一週間、週が四回で一ヶ月、それが十三回巡って一年となり、一年の始まりの日だけは「マナリムス」という独立した祝いの日となる。


 忘れもしない――。それは、クロートがフォルス――四の月に十五歳を迎えたときのこと。


 その日、ガルムはいつも選ぶ迷宮よりもかなり難度が低いものを選んでいて、クロートと一緒に最奥にいた大きな鳥のような魔物を倒したところだった。


◇◇◇


 迷宮の最奥、親子が並んで寝ても余裕があるほど大きな鳥の巣の上で、倒した魔物がふわりとマナに還ったのを見送ったクロートはころんと落ちた核を拾い上げた。


 彼の親指の先くらいあるそれなりに質のいい核は、つるりと滑らかな楕円形で美しい翠色をしている。


 ――これだけ形も整っていて透明度が高いなら、多少高値で買い取ってもらえるかもしれないな。


 クロートは考えながら、核を袋に――大切そうに――しまった。


 そのとき。


「……なぁ、クロート。もし、宝箱を作って設置している人間がいたらどうする」


 突然、ガルムが笑いながら言い放った。


「はぁ? なんだよそれ。宝箱はマナでできてるだろ?」


 クロートがしかめっ面で返したのは、馬鹿にされたと思ったからである。


 宝箱は、開けると魔物と同じようにマナに還ってしまう。


 もちろん、中身だけは残るけれど……それを作れるなんて話は聞いたことがない。


「『マナ術』が使えるのかもしれねぇぞ」


 ガルムはなぜか上機嫌でにやにやと不敵な笑みをこぼしながら、さらに言い募った。


 とはいえ、マナを使って攻撃や防御をする『マナ術』が使える奴がいると聞いたことはあれど、クロートが出会ったことは一度もない。


 魔物の核を燃料にした設備や道具、マナでできた魔装具まそうぐと呼ばれる装備が存在しているなかで、マナ術がどれほど役に立つかはまったくの未知である。


 正直なところクロートは、眉唾ものなんじゃないか? とまで考えていた。


「……宝箱が作れるなら、当然中身も自分で用意するんだろ? わざわざ置いていってやるなんて、お金が勿体ない」


 クロートが呆れて口にすると、ガルムはうーむと唸った。


 ちなみに魔装具とは、難度の高い迷宮の最深部など……とにかく危険な場所の宝箱からしか出てこない、特別な力を秘めた逸品ばかりの装備品のことである。


 ――いつかは欲しい。絶対格好いい。


 冒険者であれば誰もが思うように、クロートもずっとそう思っていた。


「確かにな。じゃあこれならどうだ? 宝箱を作って設置できるが、同時に中身も作れる。ただし、自分では触れねぇんだ。触ると宝箱が中身ごとマナになっちまう。……そうすると、自分は置くだけになるだろ?」


「置いてどうするんだよ。誰かが拾ってくれるのを待つのか? ――あ、仲間を連れていって取っちゃえばいいのか?」


 ――なんでこんな身にならない話に真面目に応えてんだろう、俺。我ながら親父思いのいい奴だなぁ。


 クロートがため息をこぼしながら考えていると、ガルムはまたも頷いた。


「それができないように監視がつく。監視をつけずに行う宝箱設置は違法で、処罰される。これならどうだ?」


「だから~、なんだよそれ、どこの法だよ! 聞いたことないよ! なに、宝箱を設置する人がいて、それを管理する組織でもあんの?」


 ――もう面倒臭い。


 クロートが投げやりに言うと、ガルムは嬉しそうににやりと口元を緩めた。


「おお、いい考察じゃねぇか! ご名答!」


「嬉しくない! ……って、はあ? ご名答?」


 そこで、ガルムはでかい剣を背負い直し、両腕を突き出した。


「よーっく見てろよ? …………『出ろ』」



 あのときの衝撃は、クロートが腰を抜かすほどで。


 ギャー! とか、ウワー! とか、なにか異様な声を上げたクロートを、ガルムは腹を抱えてひとしきり笑ったあと、宝箱に触れてマナに還してしまった。


 どうやら、作った本人が触ると還るっていうのも本当のようだと、クロートはへたり込んだまま考える。


「俺に開けさせてくれればよかったのに……」


 あとでガルムに言ったら、彼は盛大な拳骨を食らった。


「馬鹿言うんじゃねぇ。言っただろう? 監視がついていねぇと駄目なんだよ、あれはな!」

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