迷宮宝箱設置人《ダンジョントレジャークリエイター》

迷宮はかくありなん

迷宮はかくありなん①


『シャアッ!』


 鋭い刃が紙を切り裂いたかのような音とともに、真っ黒な巨軀がガルムに躍りかかった。


 ガルムは大剣でそれを受け止め、弾き返して大きく踏み出す。


「オォッ!」


 気合を音にして吐き出しながら、ガルムは大剣を左から右へと横薙ぎに振り抜いて剣の勢いそのままにぐるんと一回転。


 流れるような動作で剣を逆手に持ち替え、再度飛び掛かった魔物の頭に大剣をぶち当てた。


『ジャ、ギャッ……!』


 ランプの灯りの範囲から弾き出された魔物が断末魔を上げる間もなく沈黙する。


 ――仕留めたッ!


 ガルムは手応えを感じ取ると確実にとどめを刺すべく踏み出そうとしたが――気付いたときには遅かった。


 通路で息を殺しているクロートには別の方角から飛び出した黒い影がガルムの左肩へとのし掛かったように見え……声を上げる間もなく。


「ぐあっがああぁ――ッ!」


 ……耳をつんざく絶叫。


 弾き飛ばされるようにして通路のすぐ横の壁に叩きつけられたガルムは、大剣を取り落とす。


 二体目の魔物の巨大な口が、ガルムの左肩を噛み潰そうとしていた。


******


 すべての源であるマナ満ちるこの世界――マナリム。


 世界マナリムには数多の迷宮が存在し、マナの塊、マナの生命体ともいうべき『魔物』も数多く生息していた。


 魔物は特に迷宮内に多く生まれ、生物との違いは、すべてがマナで構成されており命――といっていいのかは本来非常に難しい問題だが――を落とすと、すぐにマナに還ることである。


 人や植物、動物――いわゆる非マナの生命体である生物は、命を落としてすぐにマナに還るということはない。


 時間をかけ、いくつもの変化を経て分解されていく。


 多くの好戦的な魔物は生物を喰らい、自らの体内でマナへと消化して生きる糧とするため、生物にとっては往々にして脅威であった。


 また、魔物たちは倒してもしばらくすると『リスポーン』する。


 強さや大きさによってリスポーンまでの時間は異なるが、弱い魔物であれば一日で元通りに復活……なんてのもよくある話だ。


 なら迷宮に挑まず、魔物なんて相手にしなければ平和だろう。


 それは至極真っ当な意見だが……そうもいかない事情がある。


 魔物の命が尽きるときに生成される核――生息時間や内包するマナの量によって色や形、大きさがまったく違う――は、マナリムで生きるための必需品と言っても過言ではない価値を持つからだ。


 それだけではない。迷宮には宝箱が眠っており、難度の高い迷宮ほど強力な道具や装備が手に入るため、危険は伴うが見返りも大きい。


 しかも宝箱は取得してもいつの間にか新しく設置されていて、これも『リスポーン』しているのでは? と囁かれている代物である。


 そのため世界マナリムには一攫千金を狙う冒険者たちが迷宮の数以上に存在し、日夜迷宮攻略や魔物討伐に明け暮れているのであった。


******


 これは、そんな世界マナリムの謎――『宝箱』設置を使命とする、【迷宮宝箱ダンジョントレジャー設置人クリエイター】たちの創造譚である。


******


 ……時はしばし遡り。


「だあぁっ!」


 ばすんっ


 振り下ろした剣が当たり、小気味よい音を立てて薄緑色をしたゼリー状の魔物が弾け飛んだ。


 真っ二つになったそれが淡い光となって溶けるようにマナへと還っていくのを見届け、クロートは「ふうーっ」と息を吐いて額の汗を拭う。


 まだ幼い殻を破ったばかりの初々しい光を宿した翠色の目で油断なくあたりを伺い……彼はゆっくりと落としていた腰を上げた。


 いまので小さな部屋にひしめいていた魔物は殲滅したようだ。


 クロートの足下には小指の爪ほどもない小さな水色の核――魔物が死ぬと核となり、残りはマナに還るのだ――が大量に転がっている。


「なぁ父さん……いい加減、スライムは飽きたんだけど……」


 不満の気持ちを盛大に込めてこぼした愚痴は、数歩離れた場所にいる壮年の男――クロートの父親であるガルムに鼻先で一蹴された。


「馬鹿言ってんじゃねえ。いいかクロート。お前ぐらいの駆け出しはなぁ、スライムで十分なんだよ。油断してると死ぬぞ」


 ガルムは冒険者であり、その道何十年という熟練の戦士でもある。


 筋肉ごつごつの厳つい容姿で、左の頬には縦に大きな傷痕。


 適当に切り揃えたような濡羽色に艶めく黒い短髪で、ギラリと光る翠色の目は、クロートのそれと違って貫禄が滲んでいた。


 右手には体付きと同様の厳つい巨剣を担いでいたが、この狭い部屋では振り回すには大きすぎるだろう。


 ちなみに、スライムとは弾け飛んだゼリー状の魔物のことだ。


「よし、ここでいいだろう。やってみろ」


 ガルムは人の気配がないことを確認し、クロートに向かって顎をしゃくった。


 ……ここはスライム洞窟と呼ばれる、まさに駆け出し冒険者たちが訓練のために訪れる場所である。


 迷宮はざっくり自然迷宮と人工迷宮に分けることができるが、ここは自然迷宮だ。


 読んで字のごとく、自然に作られたのか人工的に作られたのかがその違いとなる。


 ごつごつとした岩肌を晒したほぼ一本道の洞窟の最奥にクロートとガルムはいるのだが、なにをしにきたのかというと……これはクロートへの試験だった。


 クロートはガルムに頷いて剣を収めると、両手を突き出す。


 ――ようやく、このときがきたんだ。


 クロートがそっと心のなかで呟くと、掌の前、マナがゆらゆらと収束して淡い光を放ち始める。


 彼は渾身の思いを込めて――数カ月のあいだ考え抜き、何度も練習した――その言葉を口にした。


「……我が名においてここに命ずるッ、出でよ」

「ぶっはァ!」


 後ろにいたガルムが盛大に噴き出すのと、クロートの手に集まりかけていたマナが霧散したのはほぼ同時。


 無惨に散ったマナに、クロートは絶叫した。


「ああぁぁーッ! 父さんが噴き出すから集中が途切れただろ!」


「ぶっ、ふふ、はははっ、なんだよその我が名においてーとかいうのは! ひははっ」


「う、うるさいな! どうせなら格好良い呪文がいいんだよっ!」


 クロートが振り返ると、懸命に考えた彼の呪文がツボだったのか、ガルムは腹を抱えて顔を真っ赤にし、ぷるぷるしていた。


 ――な、なんだよ。いいじゃんかっ……。


 むすーっと頬を膨らませたクロートに、ガルムは笑いながら首を振る。


「いや、真面目な話、呪文は短くしとけ! 迷宮での数秒は死に直結するからなっ……はは! それに慣れれば詠唱なんていらねぇんだから!」


「でもさぁ。父さんの使う『出ろ』ってのは、やっぱ格好悪いしさぁ!」


 クロートが反論すると、ガルムは肩で呼吸しながら呆れた声で返した。


「んだよ、あんなわかりやすい台詞はねぇぞ? は……仕方ねぇ奴だな。それじゃ……『クリエイト』ってのはどうだ」


「くり……え?」


「クリエイト。どっかの冒険者がしたためた物語に使われててな、『創造』って意味らしいぞ」


「創造……」


「呪文は自分が集めたマナを『変換』する最後の気合い入れみてぇなもんだ。迷宮の奥で長ったらしく唱えてると簡単に死んじまう。ぱぱっと済ませるのが俺たちの仕事だ。忘れんじゃねぇぞ?」


 ガルムの説明らしき言葉を聞きながら、クロートは口の中でもごもごと言葉を転がした。


 ――クリエイト。……創造クリエイト。うん、なんか格好いいぞ? ちょっといいかも。


 クロートはひとりで勝手に頷いて向き直ると、もう一度両手を前に出しマナを集める。


 再び淡く光り出したマナがじわじわと大きくなっていき……それが『なにになるか』を頭のなかにしっかりと思い描く。


 そして、彼は今度こそ呪文を放った。


「――創造クリエイトッ!」


 瞬間、光がギュッと凝縮し、眩い輝きを散らしながら弾け飛んだ。


 マナの残り香のようなものが、しゅうぅ……と音を立てて空気に溶けていく。


 ……そして、クロートの足下には。


「で、できた……」


 ボロボロだけど、木で作られたひと抱えほどの箱がひとつ。


「おー。ま、最初はこんなもんだろ」


 ガルムがクロートの足下を覗き込んで、歯を見せて笑う。


「……すごい、本当にできた! ……俺、俺が……宝箱を創れるなんて……!」


 心臓は走り回ったあとのように跳ね回り、唇は勝手に両端を持ち上げる。


 目尻なんて思わずだるっだるに垂れてしまったし、クロートは踊り出したい気持ちを必死で抑えながら、ガルムを振り返った。


「なあ! これ合格だろ⁉」


 ガルムはクロートの満面の笑みを見ると苦笑して、デカくてごつい手で、その頭をぐしゃりと撫でた。


「ああ。いいだろう! ……クロート、よく来たな。俺たち【迷宮宝箱ダンジョントレジャー設置人クリエイター】は、お前を歓迎する!」


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