サーシャの疑問
「イーノ村ねー……」
訓練所でもう少し射撃の自主練習をすると言うランと別れたサーシャは、士官学校の校内を歩きながら呟いた。
「『イーノ村にいるランちゃん』は貴女とは全く違うよー? ランー?」
今ここにいない、訓練所で別れたランに向かってサーシャはそう言った。
サーシャはイーノ村の村長の娘であることに加え、兄と同じく便利な異能の使い手であった事から、昔から村の仕事に参加していて村の住人のほとんどの顔と名前を記憶している。その中には確かにランという名前もあるのだが、イーノ村のランと今日知り合ったランは全くの別人である。
イーノ村のランは赤色がはいった茶髪で、今年で十歳くらいになる可愛らしい女の子。
そして今日知り合ったランは艶のある黒髪で、顔立ちの整った美人な上に長身でスタイルもいい女性。
ついでに言えば黒髪の方のランは、サーシャと同じか僅かに大きいくらいの巨乳で、もし彼女が本当にイーノ村にいたら村の青年達、なによりサイが放っておかなかっただろう。
とにかくランがサーシャと同じイーノ村の出身者というのは完全な嘘であるのは確かだが、そうなると新たな問題が出てくる。
(ランは一体何処から来てー、何が目的なんだろー?)
士官学校に入学する時、学生は自分の出身地を明記する必要があり、ここで明記した出身地は後に軍隊に正式に入隊した時にも使用される。だからここで出身地を偽れば、後でその事が分かった時に罪に問われ、最悪他国からの密偵と見なされることがある。
それを知っていながら出身地を偽っているランは他国からの密偵なのかもしれないが、サーシャが見た感じだとどこか違うようにも思われた。
(この事ー、やっぱり学校の先生達にも言った方がいいのだろうなー? でも信じてもらえるかなー?)
ランが他国からの密偵である可能性がある以上、それを士官学校の教員達に報告するべきだとサーシャは思う。しかしイーノ村の出身者というだけで教員達が信じてもらえるかどうか疑問であった。
(それよりもー、ランがどんな人か調べる方が先なのかなー?)
サーシャが報告するべきか、ランの事を詳しく調べるべきか悩みながら士官学校の校門まで歩いていくと、校門の前に貴族が乗るような豪華な馬車が一台停まっていた。
「やあ、サーシャちゃん。待っていたよ」
馬車の扉が開きそこから一人の男が出てくると、その男はサーシャに声をかけてきた。
「貴方はー?」
いきなり知らない男に声をかけられたサーシャは僅かに警戒するような表情となるが、声をかけた男はそれを気にすることなく自己紹介をする。
「僕はフランメ王国の准将でゴーレムトルーパー、ハンマウルスの操縦士のアースレイ・トールマン。つまり君のお兄さんのサイ君の同僚ってこと。後、永遠の十七歳だからそのあたりよろしくね」
「そ、そーですかー……。それでそのアースレイさんが何のご用ですかー?」
ゴーレムトルーパーの操縦士で兄の同僚だと言ってきた男、アースレイの言葉をどこまで信じればいいか分からないままサーシャが質問をすると、アースレイはそれに頷く。
「うん。本当はサイ君の妹である君にちょっと挨拶をするだけのつもりだったんだけど、君があのランって子と接触したという報告を受けたからね。ちょっとその事について説明をしようと思ってね」
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