ビアンカとの会話

 アックア公国。


 フランメ王国の東方に位置する国で、フランメ王国とは古くから同盟関係を結んでいる同盟国である。


 国土はフランメ王国よりも多少広く、国内には大小合わせて多数の川があり、その豊富な水源を使って農作物を育てる農業が主な産業である。更に言えばアックア公国は、惑星イクスの右半分「人類の生活圏」のほぼ中央に位置している為に周囲の国々との貿易が盛んで、この貿易も国の大切な収入となっていた。


 そんなアックア公国の南西の地に、南の国々との貿易の拠点となる一つの街があり、サイとピオンの二人は今そこに訪れていた。


「…………………………」


 街にあるこの地を治める領主の館に案内されたサイは、応接間のソファにまるで彫像のように体を硬くして座っていた。そんな彼の隣にはホムンクルスの少女ピオンが、テーブルを挟んだ向かい側には長く伸ばした艶のある黒髪をポニーテールにした二十代頃の女性が座っていた。


「固いな。そんなに緊張していないで、もっとくつろげばいい」


「………」


 黒髪の女性は面白がるような表情を浮かべてそうサイに言うが、そんな事は彼に出来る筈もなかった。まず間違いなく彼女が面白がっているのは緊張している自分のこの姿なのだろうが、それを反論する余裕なんてサイにはなく、隣で何でもないように座っているピオンが羨ましく思えた。


 元々この屋敷の物は黒髪の女性の物ではなく、本来の持ち主であるこの地の領主から使わせてもらっているだけなのだが、彼女はまるで本来の所有者のようにソファに座ってくつろいでおり、その姿には何の違和感も感じられなかった。しかし黒髪の女性の肩書きと実績を知っているサイは、それも当然だと思えた。


 ビアンカ・アックア。


 それが今サイの目の前にいる黒髪の女性の名前。


 現在アックア公国を治めている大公の実の妹であり、アックア公国に三機しかないゴーレムトルーパーの内の一機の操縦士。ナノマシンの力によって外見こそは初めてゴーレムトルーパーに乗った二十代のままだが、実際はその倍は生きていて今日まで多くの戦いを経験してきた歴戦の軍人であった。


「あ、あの……。び、ビアンカ様には、大変無礼な事を……」


 サイは緊張で震える声でビアンカに謝罪を述べようとする。


 サイとピオンが乗るドランノーガは、この街を襲おうとしたモンスターの大群と戦う前に、ビアンカの乗るゴーレムトルーパーを後ろから奇襲して戦闘不能にしたのだ。実際にそれを実行したのは隣に座っているピオンなのだが、それでも謝罪をしようとするサイをビアンカは手で制した。


「無理に謝る必要はない。あの時、何故お前達が私を強引にあの場から引き離したのかは理解しているつもりだ」


 あの際限なく増え続けるモンスターの大群との戦いでは、広範囲に攻撃が出来るドランノーガの武装が有効であった。しかし地上で近接攻撃しか出来ないビアンカの乗るゴーレムトルーパーとは連携が取り辛く、最悪攻撃に巻き込んでしまう可能性もある。


 だからピオンはモンスターの大群と戦う前に、攻撃に巻き込まないようビアンカの乗るゴーレムトルーパーを戦場から引き離したのだ。……そのやり方は乱暴極まりなかったが。


「この街をモンスターの大群から守ってくれた事には礼を言おう。しかしこの国の人間ではないお前達が、あんな正体不明のゴーレムトルーパーでやって来た事は見過ごす事は出来ない。……お前達が何者で、何処であのゴーレムトルーパーを手に入れたのか説明してもらえるか?」


「は、はい。勿論です。まず俺の名前は……」


 ビアンカに聞かれてサイは、自分達の素性を始めとしてこの国にやって来た経緯を説明した。


「サイ・リューラン。フランメ王国のリューラン男爵家の嫡男で、軍学校を卒業して軍に正式入隊するまでの準備期間を使って実家に帰省。『その道中で気まぐれに立ち寄った前文明の遺跡でゴーレムオーブオーブを発見』してあのゴーレムトルーパー、ドランノーガを手に入れた。そしてそこにいるピオンという少女はホムンクルスで曽祖父が遺した遺品であり、実家の倉庫から発見した……と。それでドランノーガの操作を訓練している時にあのモンスターの大群を見つけて駆けつけてくれた。……そうだな?」


「はい。そうです」


 今さっき聞いた説明を声に出して確認を取るビアンカに、サイは出来るだけ内心の感情が表情に出ないように気をつけて返事をする。


 サイがビアンカにした説明は一部を除いて全て本当の事だ。ただ、曽祖父が発見して自分達に遺してくれた前文明の遺跡の情報だけは秘密にした。


 これは事前にピオンと話し合って決めた事で、実際フランメ王国の王都リードブルムとイーノ村との間には、発掘され尽くして観光名所みたいになっている前文明の遺跡があるので、ドランノーガとなったゴーレムオーブはそこで偶然発見した事にしたのだ。


(ふむ……。大体は本当の事を話したが一部に嘘が混じっている……あるいは肝心な部分を話していない、という感じか)


 サイの話を聞いたビアンカは、彼の嘘をあっさりと見抜いて結論を出した。


(まぁ、どこまでが嘘かなんてどうでもいい。そんなのは些末な問題だ。肝心なのはあのゴーレムトルーパー、ドランノーガの力だ)


 そこまで考えてビアンカはあのモンスターの大群と戦っていたドランノーガの姿を思い出す。


 空を自由に飛び、遠距離から炎の玉を飛ばして敵を一方的に攻撃して、最後には平原が焦土と化すような凶悪な熱線を放ち何百何千といたモンスターを一瞬で消滅させたあの戦いの光景。あの力がもし自分達に向けられたらと思うと考えただけで恐ろしくなる。


 そして次は逆に、ドランノーガが自分達の味方になったら、一体どれだけの戦力になるかビアンカは考える。


(フランメ王国とは古くからの同盟国だ。……しかしあのドランノーガ、この同盟国の男爵家嫡男を殺してでも手に入れる価値はあるかもしれないな)

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