巨万の財を生む宝

「マスター。この通路をまっすぐです」


「ああ、分かった」


 サイとピオンは、二人が出会った部屋を出て遺跡の通路を歩いていた。向かう先はホムンクルスの少女が言う、この遺跡にあるもう一つの遺産の元である。


「なぁ、ピオン? さっきから自信ありげに道案内をしてくれているけど、道は分かっているんだよな?」


 サイの質問にピオンは自慢気な表情で答える。


「当然です。私とあの部屋にいた三体のホムンクルスは元々『ある目的』の為に調整された特別製なんですよ。ですから学習装置で様々な情報を入力されていまして、その情報の中にはこの施設の情報もありますから」


「そうなのか。……それでピオン? 俺はいつまでこの格好で行かないといけないんだ?」


 今サイはランタンを持つピオンを両手を使って抱き抱える、いわゆるお姫様だっこの格好をしていた。実家での農作業と軍学校での訓練でそれなりに体力がついている青年は、ホムンクルスとはいえ女の子を一人抱えて歩く程度では疲れたりしないのだが、先程から手や肌から感じる柔らかい感触のせいで落ち着かない様子であった。


「仕方がないじゃないですか。私もマスターの負担になるのは心苦しいのですが、こんなところを裸足で歩いたら足の裏を怪我をしてしまいます」


 ピオンの言う通り彼女は裸足の上、遺跡の通路は長い年月の経過によってあちこちが崩れたりしていて、サイもここを彼女に歩かせるのは流石にためらわれた。


「まあ、それもそうだけど……」


「それとも私はそんなに重いですか?」


「そんなわけないだろ。重さなんて気にならないって。それにピオンの身体は柔らかいしいい匂いもするし、何より歩く度に服の上からでも胸が揺れるのが分かってずっと抱いていたい……って! 何言ってるんだよ俺の馬鹿!」


 ピオンに聞かれて思わず自分の本音を出してしまったサイ……じゃなくて巨乳好きな馬鹿。そんな巨乳好きな馬鹿を見上げながらホムンクルスの少女が嬉しそうで、それでいて楽しそうに笑う。


「ふふっ♪ マスターって嘘がつけないんですね。ですけどそこまでマスターに私の身体を気に入ってもらえたのは嬉しいです。……ねぇ、マスター? 『私』が欲しい時はいつでも言ってくださいね? 心をこめてたっぷりと『ご奉仕』させてもらいますから」


「……え?」


 下心が満載で聞く女性によっては激怒しそうな本音を口にしたサイにピオンは笑ってそう答えながら妖艶な視線を送る。その見られているだけで体の奥に異様な熱が生じそうな視線と意味深な言葉にサイは足を止めた。


「ピオン? それってどういう意味……」


「見てください、マスター。あそこですよ」


 サイの言葉を遮ってピオンが前方を指差す。彼女が指差す先には扉があり、わずか開いている隙間から微かに光が見えた。


「光? 外に繋がっているのか?」


「ふふっ♪ 行ってみたら分かりますよ。さあ、マスター」


 ピオンに言われるままサイは扉の元へ行き、両手がふさがっているためホムンクルスの少女に開けてもらって扉の奥へと進むと、そこは遺跡の外……ではなくとてつもなく広い広間であった。


 そして広間の中心には巨大な鋼鉄の柱が一本立っており、柱の表面を見れば淡い緑色の光の筋が何本も走っていて、そこから放たれる光が広間を照らしていた。


「何だこれは? もしかしてあれがひいおじいちゃんが言っていた巨万の財を生む宝なのか?」


「恐らくは。あの柱こそ前文明の人類がモンスターとの戦いのために叡知を結集して作ったもの。『ゴーレムオーブ』を製造するためのプラントなのです」


「へぇー、ゴーレムオーブを。……って! ゴーレムオーブ!? ゴーレムオーブって、ゴーレムトルーパーを作るのに必要なあのゴーレムオーブ!?」


 柱を見上げながらピオンの言葉に相槌を打つサイだったが、次の瞬間に言葉の意味を理解して驚いた顔でホムンクルスの少女を見る。


 ゴーレムトルーパーとはこの世界で最も有名な前文明の遺跡であり、その存在の有無が戦争の勝敗を決めるとまで言われている最強の兵器だ。現在の惑星イクスの技術ではゴーレムトルーパーを一から作り出すことは不可能なのだが、唯一新たなゴーレムトルーパーを手に入れる方法があり、それがゴーレムオーブである。


 ゴーレムトルーパーとゴーレムオーブは「ナノマシン」という極小の機械の集合体で、ゴーレムオーブに「ある条件」を満たすことによってゴーレムオーブのナノマシンは増殖して変形し、ゴーレムトルーパーへとなるのであった。


「あら? マスターはゴーレムオーブのことをご存知だったのですね」


「ああ……。軍学校の授業で習ったよ。……ゴーレムオーブを作り出すってことはあの柱が『生鉄の樹』ってことなのか?」


 感心したように言うピオンに、サイは信じられないといった表情で目の前の柱を見ながら答える。


 生鉄の樹というのは現在の惑星イクスの人類がゴーレムオーブを製造するプラントにつけた名称である。ゴーレムオーブを、結果的にはゴーレムトルーパーを製造する生鉄の樹は、ゴーレムトルーパーと同じく戦術的価値が最も高い遺産として各国で厳重な体制で管理されていた。


「今見つかっている生鉄の樹は全ての国のを合わせて……確か十二本だけのはずだ。こんな所に十三本目があるなんて聞いたことがないぞ?」


「だからこそ、マスターの曾祖父様はこの施設を土地ごと自分のものにしたのでしょうね」


 サイの呟きを聞いたピオンが納得の表情を浮かべて口を開いた。


「世間には知られていないこの施設を秘密裏に独占していれば、ここで得られる利益は全てマスターの一族のもの……。マスターの曾祖父様はそう考えたのでしょう。ゴーレムオーブならそれはもう高値で売れるはずですからね」


(そりゃあ、高値もつくだろうさ……)


 ピオンの言葉にサイは内心で呟く。軍学校にいた頃、何かの授業で講師がもしゴーレムトルーパーが売られたら小国を買い取れるだけの値段がつくと言っていた事を思い出して、青年は自分の胸の鼓動が早くなったのを感じた。


(凄いよ、ひいおじいちゃん。確かにこれは巨万の財を生む宝だよ)


「……ですけどあのプラントの様子だと、ゴーレムオーブの生産は難しそうですね」


 生鉄の樹が文字通りの「金の成る木」に見えて興奮をあらわにするサイの耳にピオンの冷静な声が聞こえてきた。


「……? ゴーレムオーブの生産が難しい?」


「はい。プラントがゴーレムオーブを生産するには非常に大量なエネルギーを必要とするのです。しかしこの施設の動力はすでに止まっていて、こうなるとプラント自身がエネルギーを生み出して生産に充分な量を貯める必要があるのです。私の中にある情報だとエネルギーが貯まるまで早くて五十年、遅くて百年以上かかりそうですね」


「あ……」


 ピオンに言われてサイは父親から聞いた曾祖父の言葉に「今はまだ宝には価値はなく、価値が出るには百年、せめて五十年はまつ必要がある」という部分があったのを思い出した。軍学校で習った生鉄の樹の知識にも「生鉄の樹がゴーレムオーブを生み出すまでに長い年月を必要とする」とあったのだが、宝を目にした興奮によって言われるまで忘れていた。


「そうか……。そういえばそうだったよな。実家の倉庫の奥で宝物を見つけて億万長者、なんて夢物語あるわけない……」


「ですがすでに完成しているゴーレムオーブもあるみたいですし、今はそれで良しとしておきましょう」


「えっ!?」


 先程までの宝を見つけた喜びがぬか喜びに終わったと思い、落ち込んでいたサイはピオンの言葉に驚いて彼女の顔を見る。


「? どうしたのですか、マスター?」


「ゴーレムオーブ、完成しているの?」


「ええ。ほら、あそこに見えますでしょう?」


 ピオンはサイの言葉に答えると生鉄の樹の根元を指差す。彼女が指差した生鉄の樹の根元の表面には、林檎程の大きさの球体が盛り上がっていた。

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