37話「私を信じてください」
37話「私を信じてください」
☆☆☆
「このメール、私が送ったの………?」
「そうだよ」
柊からそのメールを見せてもらったけれど、やはり全く思い出せなかった。宛名は風香からになっている。送信履歴を見ればわかるだろうが、きっと削除してあるだろう。
「な、なんか………申し訳ない気持ちと、恥ずかしい気持ちがあるな………」
「そう?俺はこのメッセージ、ずっと残しておくつもりだよ。プリントアウトしておきたいぐらい」
「それはだめだよ!」
風香は柊の言葉に反応して、拒否する。
すると、柊は微笑みながら風香の髪に触れた。
「いろいろ悩ませてしまってごめん。薬、飲んでくれてありがとう、とは言えないけど………。でも、助かった。無事に美鈴さんを逮捕出来た」
「うん…………」
「…………本当に心配したし、離れている間は寂しかったんだよ」
「私もだよ。………でも、どうして柊も記憶喪失になってたの?」
「あぁ………あれは、演技だよ」
「え………演技…………って、えぇ!?」
柊の言葉に風香は驚きの声を上げた。
そんな様子に柊はニコニコと笑っていた。「気づいていなかったなんて、俺もまだまだ舞台に上がれるかな」と微笑んでいた。そう。柊は、元々大学では演技部だった。
「な、何で嘘なんてついたの!?私、すっごい不安だったよ!?………寂しかったんだよ?」
風香は彼にそう言いながら、思わず目に涙が溜まるのがわかった。急に柊が目の前から居なくなり、現れたと思ったら記憶がなくなっていたのだ。あの時の不安を思い出すと今でも切なくなる。彼との思い出がなくなってしまうのが耐えられなかった。
それが全て嘘だったというのは、風香にとってもかなりショックな事だ。
「ごめん………風香。君を悲しませるとわかってやった、俺の責任だよ」
「……………」
今、柊に向けて言葉をかけてしまえば、きっと暴言を吐いてしまう。そんな気がした。
そのため、柊から視線を逸らしむつけながら、彼の話しの続きを待った。
「言い訳していい?」
「ちゃんとした言い訳じゃないと、すごく怒るっ!」
「………大丈夫。ちゃんとした理由ある。美鈴を表に出すには油断させるしかなかった。だから、俺が風香から離れる事が1番だと思ったんだ。だから、風香と離れる理由を考えて思い付いたのが、君の真似をすることだった」
「…………メモリーロスを飲むって事?」
「そう。でも、俺は警察で捜査もしているから記憶を失う事は出来ない。それに、風香を忘れることなんて、考えられなかったんだ。例え、それが一時的なものでもね。だから、メモリーロスを飲んだふりをした。本当は、失踪してる間に姿を見せてくれればよかったんだけど、それは叶わなかったから。だから、記憶を失くしたフリをした。そうしたら、風香の目の前から警察はいなくなる。だから、少しでも油断させようとしたんだ」
「そんな事を考えてたの………」
絶句した風香を見て、柊は申し訳なさそうに眉を下げたけれど、柊の視線を揺るがずまっすぐだった。きっと、柊はこの作戦に自信を持ち、変える予定もなく実行したのだろう。
「それに、風香が頑張って苦しい思いをした。そして、一部記憶を亡くしたんだ。だったら、本当にメモリーロスが飲めないとしても、忘れたフリをして苦しもうと思ったんだよ」
「………それで私が悲しんでても?」
「それはごめん………でも、風香の決意を絶対に無駄にしたくなかったんだ。わかって欲しい」
「…………バカ………何でこんな方法にしたの?」
風香はこぼれる涙を拭きながら、訴えかけるように問いかける。
すると、いつもの優しい笑顔。昔のままの彼の微笑みで、はっきりと言ったのだ。
「…………警察として、君の夫になる男として、決めたことだよ」
「っっ………ずるい………そんな事を言われたら何も言えないじゃない」
顔を手で覆いながら風香はそう言うと、柊は「ごめんごめん」と、風香の頭を撫でて子どもをあやすような声を上げてくれる。
風香には柊の気持ちが痛いほどわかった。
彼は風香の行動を気持ちを、絶対に無駄にしないように、と考えてくれたのだ。
風香の事を守りながら、美鈴を監視したり捕まえたりするのは難しかったのかもしれない。けれど、それを見事に成し遂げてくれたのだ。
風香がメモリーロスを飲んでしまった事に対して、柊は気にしていたのだろう。自分と全く同じ思いをするのは出来ないこと。だが、演技をすることで、自分のの気持ちを少しでも知りたいと思ったのかもしれない。
結果として、風香は寂しい思いをしてしまったけれど、柊は会いに来てくれた。そして、また恋人になった。
「美鈴さんもいろいろ警戒してて時間がかはかってしまったんだ。けれど、風香のおかげで現行犯逮捕が出来たよ」
「うん………」
「じゃあ、俺の事、許してくれる?」
答えがわかっているはずなのに、柊は風香の顔を覗き込みながら、そう訪ねてくる。意地悪だ、と思いつつ「………仕方がないから、許す」と返事をすると、柊はクスクスも笑いながらも「ありがとう」と返事をした。
「あ、でも、メモリーロスを飲み続けていなかったのに、どうして長い間記憶を失ったままになってたの?」
「あぁ………それは、和臣からサプリメントもらってただろ?あれ、実は医療用のメモリーロスだったんだ」
「そ、そうだったの!?」
「頭痛がするのは、記憶が戻ってくる事のサインらしいんだ。だから、その時に薬を飲むように伝えてもらったんだ。風香はしっかり量を守って飲んでくれるだろうからって安心してたんだ。けど………」
「………あ、少し早く飲んでしまったから、倒れてしまったの?」
少し前に自分が倒れたことを思い出しそれを伝えると、柊は頷きながら「そうだよ」と教えてくれた。
「やはり効きすぎるのはよくないみたいでね。薬により体に負荷がかかってしまったみたいだ」
「そうだったんだ……」
あの時、彼が自分に謝罪した意味は、そういう事だったのだ、と風香は改めて気づいた。
「………それにしても、本当に柊は私に秘密ばかりだったのね」
ため息をつきながら、少し意地悪な事を言うと、柊は「あ、でもヒントはあげたんだよ?」と言った。
けれど、風香はその事について全く気づいてもいないのだ。風香が首をかしげながら、いろいろ考えてみるが、ヒントなんてあったのか、と思うぐらい何もわからなかった。
「アスターステラホワイト」
「………柊がプレゼントしてくれたお花?それがどうしたの?」
「その花言葉は何だと思う?」
「わからないわ」
「『私を信じてください』」
「気づくわけないじゃい」と言ってしまいたかった。けれど、柊はプレゼントにまで意味を込めてくれていた。それを、知ってしまっては文句を言えるはずもない。怒りたいはずなのに、嬉しいと思ってしまうのだ。
「…………もう、演技はおしまい?」
「あぁ………もう、『風香ちゃん』じゃくて、『風香』って呼んでいるだろう?」
「じゃあ、私も『柊』って呼んでいいんだよね?」
「あぁ。呼んでくれ」
風香は、潤んだ瞳で彼を見上げる。
そこには、何も変わっていないはずなのに、少し昔の柊が居た。記憶を失うふりの前の、彼だ。
「柊………おかえりなさい」
「あぁ………本当の風香が帰ってくるのを俺も待ってるから」
「…………うん」
「風香、愛してるよ」
「私も愛してる、柊」
お互いに目を瞑り、梅雨の晴れた間の温かい日差しが入る部屋で、久しぶりの2人のキスの感触を味わったのだった。
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