13話「鍵」






   13話「鍵」




 人は本当に恐怖を感じると動けなくなってしまうのだなと風香は思った。



 部屋の中は照明がついておらず、真っ暗だった。廊下の電気の明かりで、廊下の途中までは何とか見えるが、そこは無惨なまでに荒れ果てていた。玄関はシューズボックスに片付けていた靴が散乱しており、廊下には食器なども落ちていた。



 「…………どうして、こんな事が………」



 玄関に手を伸ばし電気を着けようとしたが、まだ誰かがいたら。

 そう思うと体に寒気か走り、手を戻した。



 風香は、震える手でバックからスマホを取り出した。電話をかけたのは、もちろん柊だった。大好きな人に助けて貰いたい。傍にいて欲しい。そう思い、すがる思いで柊へと電話をした。

 何回かコール音が響いた。

 けれど、柊が電話に出てくれる様子はなかった。


 風香はますます震えが止まらなくなり、呼吸も荒くなってきてしまった。心の中では「どうしようどうしよう………」と、不安な気持ちが溢れかえっている。


 何回か柊に電話をしたけれど、電話に出てくれる事はなかった。

 風香は次に110番をし警察を呼んだ。大家にも連絡をし、そして柊の後輩でもある和臣にも一報を入れた。



 『え!?部屋が荒らされているって、誰かに住居侵入されたって事ですか?』

 「そうみたいです。………電気を着けるのが怖くて玄関と廊下しか見えてないんですけど………ぐちゃぐちゃになってて」

 『入室しないのが正解ですよ、風香さん。部屋の外で待っていてください。俺も向かいます。柊さんには連絡は?』

 「したんですけど、繋がらなくて………」

 『…………わかりました。俺からも連絡をとっておきますね。急いで行きます』



 そう言うと、和臣は電話を切ってしまった。

 電話を切った瞬間、また一人になってしまったのを実感し、強い恐怖心に襲われる。



 「…………鍵をしめたはずなのに、どうして………」



 風香は震える体を自分の腕で抱きしめながら、自分の部屋を見つめた。

 鍵は閉めたはずだ。しっかりと覚えている。出掛ける際、待ち合わせに遅れそうで急いでいた。鍵をかけた後すぐに、鍵を落としてしまったのだ。それを鮮明に覚えているので間違えはないはずだった。



 それなのに、部屋は荒らされている。

 部屋は5階にあるので、窓の侵入は難しいと風香は思う。けれど、角部屋なので何かの方法で侵入は可能なのかもしれない。

 けれど、何故風香の部屋に侵入者が現れたのか。それが不思議だった。そう考えた時に、風香は美鈴の話を思い出した。



 「もしかして、宝石が目的?」



 風香が大切にしている祖母から貰ったガーネットのネックレス。とても貴重な物だと聞かされており、風香は祖母から貰った時にそれを大切にしていた。風香の母親は早くに亡くなっており、祖母は自分の形見を孫である風香に渡したのだ。

 濃い赤をした宝石はガーネット。グラスに入った赤ワインをそのまま閉じ込めたような深い味わいの色だ。ロードライトガーネットというものだと教わった。風香は宝石の価値はよくわからなかったけれど、稀少なものだという話しと、祖母が大切にしていたものだった事から、風香も大事にしていたのだ。


 けれど、それのガーネットの事を知っているのは、本当にとても親しい数人だった。

 やはりただの泥棒なのだろうか。


 理由はどうであれ、もし風香が自宅に居る時に侵入されていたら。それを考えると、震えが一層強くなってしまう。




 「………柊………」



 風香は、夜の静かすぎる廊下にずるずると体を落とし座り込んでしまいそうになった。スマホをギュッと握りしめながら、風香は目を閉じた。







 それなら、どれぐらい時間が経っただろうか。きっと、数分だったはずだが、風香には何時間も一人で待っているような気さえしてしまった。

 遠くから、数人の足音が響いてきた。少しずつ足音が近くなっていく。



 「風香ちゃんっ!?」

 「…………柊…………柊………さん!」



 聞こえて来たのは、ずっと待っていた愛しい彼の声だった。

 風香は顔を上げて、ゆっくりと立ち上がろうとする。そこへ柊が駆け寄ってきた。



 「風香ちゃん。大丈夫だった?」

 「………柊さん。よかった、会えて………」



 風香の体を支えてくれる柊。彼の手が手や肩に触れられ。じんわりと体温を感じる。それだけでも、安心出来てしまう。



 「私の部屋が…………」

 「風香ちゃんが大変な時に電話に出れずにごめん。怖かったよね?」

 「……………うん」



 風香の顔をジッと見た後に、柊は風香の後頭部に手を置き、そのまま自分の胸に引き寄せた。



 「大丈夫。俺に任せて。」

 


 いつもの優しい口調でそう言った後、風香の頭を優しく撫でて、そして「少し待ってて」と言った後、柊は風香の部屋へと向かった。



 「和臣、行くぞ」

 「はい!」



 和臣も一緒に来てくれたようで、柊に駆け寄り、風香の部屋へと入っていく。複数の警察官もその後に続いた。風香の傍には女性警察官が居てくれていた。


 しばらくすると、柊が出てきて「誰もいかったよ」と教えてくれた。風香はホッとして、明かりがつけられた部屋を見た。



 「貴重品や失くなってるものがあるかを確認して貰いたいんだ。何かを探しているような感じだったから………。自分の部屋が荒らされてるのはショックな事だから、無理はしないで」



 柊は仕事モードになったのか、少し厳しい表情でそう言うと、風香を部屋の中へとうながした。皿などが割れており危険だったのでスリッパを履いて入室した。


 明るいところで見る自分の部屋は、大きな地震があったかのように荒れ果てていた。

 リビングや寝室は、引き出しは全て開いており、中身も飛び出ていたし、クローゼットの洋服も散乱していた。仕事道具のパソコンは無事だったが、画材置き場はぐじゃぐじゃになっており、風香はさすがに悲しくなってしまった。



 「大丈夫?」

 「………やっぱり怖いし悲しいですね………。パッと見た感じは1番高価なパソコンは大丈夫でしたし………あと少し確認してみます」



 風香はそういうと部屋の中をゆっくりと見て回った。けれど、無くなったものは見つからず、全て落ちていたり、そのままになっていた。



 「風香さん!どうでしたか?」

 「あ、和臣さん。さっきは電話ありがとうございました。」

 「風香さんが無事で何よりです。それに、柊さんもすぐに見つかってよかったです。今、柊さんは管理人さんと話しをしてるので、俺が話しを聞かせて貰うことになりました。何か失くなってるものはありましたか?」

 「たぶん、ないと思います。片付けていって、もしかしたら無いものがわかるかもしれないんですけど」

 「そうですよね。今まで、こういう事をされたり、ストーカーっぽい行為はなかったですか?」

 「………ないですね」



 柊と付き合い、婚約もしていたのだ。

 ストーカーなどは一切なかったし、誰かが部屋に侵入している事など全くなかった。

 思い当たる事など検討もつかない。



 「そうですか………あと、侵入が玄関のドアのようなんですが。風香さんは出掛ける時鍵をかけた記憶はありますか?」

 「はい。ちょうど鍵をかけた後、急いでいて鍵を落としてしまったんです。なので、今日は必ず鍵を閉めていました」

 「なるほど………。鍵穴に、むりやり工具などで開けた様子もなかったみたいんですよ」

 「…………え………」

 「そうなると、侵入してきた犯人は、この部屋の鍵を持っていた事になります」

 「そんな…………」

 「風香さん。この部屋の鍵は風香さん以外の人物で持っている人はいますか?」



 その問いかけに風香は、鼓動が激しくなるのがわかった。

 冷静にしなければ。いつものように返事をしないと。笑顔で、言葉を伝えなければ。和臣に不審に思われてしまう、と。



 「誰も持っていません」



 風香は嘘をついてしまった。

 今も鍵を持っている人はいる。



 そう、記憶がなくなる前の婚約者である柊だけが、風香の部屋の合鍵を持っていたのだ。





 

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