8話「宝箱のお菓子」






   8話「宝箱のお菓子」




 『そう………じゃあ見つかったのね』

 「うん。だから、一安心ではあるかな」

 『でも、風香の事忘れてるなんて………また、悩みすぎないでね?』

 「うん………大丈夫。ありがとう」



 風香は、友人である美鈴に彼が見つかった事を電話で報告した。美鈴も心配してくれていたのだ。それを伝えたときは喜んでくれていたけれど、記憶がないと言うと驚き、声を低くしてしまった。



 『それなのに、またデートに誘われたなんて驚きだわ。記憶がなくなったのに、縁は繋がったままなんて、素敵じゃない!』

 「そう、かな……。そう言われるとは嬉しいな」

 『デートは深く考えないで楽しんできて欲しいな』

 「うん。そうするね」



 彼女との電話を終えた後、風香は仕事に戻る。今回の仕事は、ゲームの背景の発注だった。近未来の街という指定で、少し寂れており、緑がない街という事だった。

 イラストレーターとしてキャラクターを描く事もあるが、風香は背景画が最も得意だった。

 RPGになるような、ありえない架空の街や森、海などファンタジー要素が強い絵柄が好きだった。沢山の絵を提供してきたからか、大手ゲームメーカーともよく契約するようになってきたのはありがたかった。

 風香は自分の仕事がとても好きで、好きなことをしてお金を貰えているのがありがたいと思っていた。


 いつものようにゲームの設定を熟読して、自分の中でイメージを膨らませる。それを取引相手とイメージの相互がないかを何度も話し合いそして絵にしていく。書き直しなども何回もあり大変な部分も多いが、それが完成したとにゲーム開発をした人の想像はこんな感じだったの知れたり、ゲームをプレイしてキャラクターが背景の上に登場すると感動するものだった。



 今回は以前にも絵を描いた事があったゲームだったために、想像はしやすかった。

 絵を描いている間、風香は没頭してしまうのか、周りの事が見えなくなってしまう。音楽をかける事もなく、静かな部屋でパソコンを見つめながら絵を描き続けるのだ。



 「んー…………あれ、もう夕方か………」



 腕を伸ばして固くなった体を解していると、窓から夕暮れの赤い光りが差し込んできているのに気づいた。

 美鈴と話をしたのがお昼前だったので、もう5時間ぐらい仕事に集中していたようだった。

 風香は今さら空腹を感じてしまい、キッチンに行って作りおきのおにぎりとスープを温めながら、スマホをチェックする。

 すると、柊からメッセージが入っているのに気づいて、慌ててそれを開いた。

 彼から電話もあったようだが、その後にメッセージが入っていた。



 『仕事中にごめんなさい。明日の確認だったのでメッセージにしました。明日は、17時に駅に迎えに行くので待っていてください。美味しいチーズを楽しみに仕事頑張ってください。楽しみにしてます。では』



 そのようなメッセージが入っていた。

 風香は電話をかけようか迷ったけれど、そのまま「ありがとうございます。私も楽しみにしています」と返信だけにした。柊もきっと仕事をして忙しいと思ったのだ。



 前回食事をした後の帰り道。柊に次のデートの誘いを受けた。2人の休みや仕事終わりを話し合い、明日に会うことになったのだ。


 柊はとても紳士的に風香に接してくれるが、話しているととても楽しい。ニコニコと楽しそうにしてくれたり、自分の事に興味をもってくれているのがよくわかった。

 彼の反応が嬉しくて、風香もきっと記憶がなくなる前は知っていたはずの事を何度も話す事が苦ではなかった。むしろ、もっと知ってほしいなとさえ思えた。


 行方不明になっていた間に会えなかった寂しさ。それまでは毎日のように連絡をとり、彼と話していたのだ。

 それが突然なくなってしまった。

 その間の寂しさをうめるように、風香は柊に会いたいと強く思っていた。




 前回と同じように駅での待ち合わせ。

 今回も柊の方が早く駅で待っていてくれた。



 「こんばんは。お仕事お疲れ様です」

 「お疲れ様。近くの駐車場に車止めてるから行こうか」

 「はい」



 柊はそういうと車まで案内をしてくれた。

 彼の車はネイビー色の高級車だった。案内されたのと見たことのある車だったので、風香は安心した。



 「じゃあ、風香さんに……はい、これ」

 「これは?」



 助手席に座ると、隣に座った柊が何が入ったビニール袋を差し出してきた。風香は不思議に思いながら受け取り中身を見ると、そこにはミネラルウォーターのペットボトルに飴、コンビニで売っている梅干しが入っている。



 「風香さん、車酔いしやすいってこの間話してたから。そんなに長い時間乗ってるわけじゃないんだけど、こういうのあった方がいいかと思ったんですけど……ほら、梅干しとか酔うのに効くっていいますよね?あ、それと、クローブボックスにお菓子も入ってるので、どうぞ」



 そう言って、柊は風香の前にあるボックスに手を伸ばして開けると、そこからはチョコやグミ、おせんべいなどのお菓子が入っていた。



 「ふふふ………、ありがとうございます」



 それを見て、風香はつい笑ってしまった。

 付き合っていた頃も全く同じ事があったのだ。初めて遠出をしたときに、風香は車酔いをしてしまった。彼の運転はとても丁寧なのだが、風香は元々車酔いしやすい体質だった。薬は飲んできたものの、久しぶりのドライブだつたので酔ってしまったようだ。その時にコンビニでいろいろ買ってきてくれたのが、柊だった。それからは、クローブボックスにつまめるようなお菓子を準備してくれて、風香が車でも楽しめるように、酔わないように準備してくれていたのだ。


 それを思い出して、風香は笑みが溢れた。

 柊の前で素直に笑った瞬間だったかもしれない。

 クスクスと笑っていると、横から彼の視線を感じた。笑いすぎてしまっただろうか、とチラリと彼の方を見ると、とても嬉しそうにしながら、風香を見ていた。



 「ご、ごめんなさい。笑ってしまって」

 「喜んでくれたみたいで嬉しいです。では、行きましょうか」

 「はい」



 穏やかな雰囲気の中、車はゆっくりと走り出した。柊から貰った飴を1つ口に含むと甘いイチゴの味がした。





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