第7話 だから、これは賭けだった。

 何故ロックをしようと思ったか。HISAKAはマリコさんにバンド結成当時、こう言った。


「一つはまあ、あの音が好きになった、ということもあるわ」


 一つ。まだあるのか、とマリコさんは訊ねた。


「だけど別の意味で重要なことがあるわ。彼女の関わりない所で、彼女以上の圧倒的な支持を受けること」

「そのルートがロックだ、ということですか?」

「カウンター・カルチャーだからね。まほちゃんの話からすると、『あのひと』はロックは嫌いということだわ。それでいて世代的には、わりあいカウンターカルチャーの力をどっかで信じている…… 信じていたかった世代じゃあないかと思うの。と、いうことは、よっぽどその世界が彼女の属する世界に接近…… じゃなかったら彼女の世界を脅かす存在にならない限りは無視する分野だと思うの」

「彼女の視界の外で力を持つことが大事だと」

「と、あたしは思うということ。本当に脅威になったら…… どうかしらね」


 まあ方法としては、悪くないとマリコさんは思う。ただそれは机上の理論だ。

 何と言っても、感性が最も要求される世界である。感性と、技術と、運。これが揃っていれば、あとは自分もサポートできる。

 そこでマリコさんはその三つが自分と、当時の「ハルさん」と「まほちゃん」に揃っているかどうかを考え始めた。


 技術。


 これはおそらく大丈夫だろう、と思った。ハルは練習熱心だったし、もともと音感とリズム感はそれまでの生活で養われている。まほの方もそう悪くない。


 感性、という点。


 これはハルよりもまほの方がすさまじいものがあった。


 声。


 自分はどうやらそこに引っかかるものはなかったようだが、「コンテスト」の結果の話やら、ハルが「墜とされた」という感覚だのひっくるめて考えると、確かにまほの声には何か人を引きつけるものがあるらしい。ハルもセンス自体は悪くない。それに大柄で美人、というのは武器になるだろう、と思った。


 と、なると、後は運だが。


 こればかりはマリコさんには考えることが出来なかった。予想ができないから運、なのだ。

 上手く情勢を読んで、その波に乗る。これはテクニック的なもの。ただ、その波の到来を本当に掴むのは運だ。テクニックでは「おおよそ」しか掴めない。マリコさんは、自分が「おおよそ」の部類だということは知っている。だが「運」のいい方ではないことも知っている。

 それではハルやまほは果たして「運」がいいのか。良い方にせよ、悪い方にせよ、滅多にないようなことを呼び寄せてしまう体質だろうか。それは全く予想がつかなかった。


 だから、これは賭けだった。


 そして、長い長い戦争の始まりのような気がしていた。その戦争は、結局はたった一人に、致命的なダメージを食らわせることができるかどうか。そして、そこまでたどりつくには、すさまじい数の段階が必要だ、と。

 だがそこまでしてまほのためにする必要があるのだろうか、とマリコさんは思わなくもない。

 正直言って、時々自分が嫉妬しているだろう、と客観的に判る瞬間がある。

 だが、ハルが「そうしよう」と言うのだから、自分はやるだろう。彼女の決めたことを。この先MAVOを憎むことがあったとしても、とにかく。

 自分で決めたことなのだ。



 待ち合わせて、クラブ・フィラメントの下見に行こう、と誘ったのは相棒の方だった。

 会った瞬間、あ、居た居たと抱きつかれそうになったので、丁重に腕でガードしてやった。ここを何処だと思ってるんじゃ、と出しすぎた茶を呑んだ時の顔で相棒を見ると、さすがにTEARもそれ以上のことはしなかった。ただ顔にはにやにや笑いが張り付いていたが。


「今日のバンドあんた知ってる?」

「P子さんの友達のバンドが出るとか言ってた」

「へえ。何てバンド?」

「『LUCKYSTAR』。ゴリゴリのハードロックらしいけど」

「けど?」

「でもその半分が女。それも何だか女子プロレスラーのようなごつい女とかどーとか」

「……へえ……」


 女子プロレスラーと言ってもピンからキリまでいるが、何となくTEARの言いたいことは判る。


「最近それでも増えてるんかな」


「いや、そんなことはねーと思うよ。北関東あっちでも珍しいとか言われてきたとかだとか」

「珍しい、ねえ」


 その珍しい女達の一部に自分達も入るのだろう、とFAVは思う。外見がどうあれ、腕がどうあれ、ひとくくりにしたがる連中は存在する。

 待ち合わせた場所からフィラメントの最寄りの路線の駅まではやや距離があった。この時期は最も夜が早く、朝が遅い。五時になったばかりというのにもう周囲は暗い。

 通りのショウウインドウには赤のリボンと緑の葉、金のベルなどでデコレーションされている。何の曲だったかな、とFAVはふと耳を澄ます。その一番音がよく聞こえるところから離れた瞬間、「そりあそび」だったか、とようやく思いだした。


「サンタクロース、何歳まで信じてた?」

「……あー…… あたしゃ五、六歳くらいかなあ」


とTEAR。


「早え…… あたし小学校二年くらい」


 FAVは意外な気がした。


「クリスマスってのは、それが来るってことだけでブレゼントだ、って昔ラジオで聴いたことがあるんだわ」

「へえ」


 そう言ってTEARはある大御所ポップスバンドの名をあげた。


「あのバンドがまだ二枚か三枚くらいしかアルバム出してない頃だったかな」

「かなり昔じゃん?」


 FAVはややあきれる。


「別に日本人だからさ、キリストさんがどーとかなんてないけどさ、ただあの何か知らないけどうきうきするような」

「まあコマーシャリズムに踊らされてると言やそれまでだあね」


 FAVは肩をすくめる。


「まーね。でもたとえそーだったとしても、誰かに何かしてあげたい、とか思える日ってのはやっぱり貴重さあ」

「そう思える訳?」

「そう思えない訳?」


 そう言われてしまうとFAVはぐっと詰まる。


「まああたしゃあんたには一年中いつでも何かしらしてあげたいなあ、と思ってはいるけど?」

「ああそーですか」


 ふと減らず口が止まったと思ってFAVは横の相棒を見る。何やら陽も出ていないのに眩しそうな表情になってる。と、大きくくしゃみをした。

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