クライマックス

「二階にいくで!」そう言うとモグはお母さんをお姫様抱っこすると階段を駆け上がった。


「まっ、待ってよ!」僕はズボンのチャックを閉めてから後を追いかけた。チラリとトイレの窓を見ると敦子あつこの姿は消えていた。


 部屋の中に飛び込むとお母さんの体をゆっくりとベッドの上に寝かせた。


 ガタガタ!ガタガタ!ダダダダダダ!!

 大きなネズミでも走っているかのような音が天井を走りまわる。


 天井の上を何かが駆け回る音がする。


「モ、モグ……」僕は不安で胸が張り裂けそうになる。

「心配すんな!お札の威力は絶大や!天井裏に入れてもそこから先には行かれへんはずや!」モグは自信満々で胸を張った。


 遠くで花火大会の音が鳴り響く。


 ガッシャ!


 窓を破って侵入を試みる敦子の姿があった。中に入れないジレンマのせいかその顔は病院で何度もあったあっちゃんとは明らかに違うけだものの形相であった!


「この猫又ねこまた風情ふぜいが、生意気に邪魔などしてお前も八つ裂きにしてくれる!」地団駄を手で踏んでいるかのように窓ガラスを激しく叩き続ける。しかし、ガラスが割れる様子はない。


「ええ加減諦めろ!人の命を犠牲にしてお前が幸せになれるわけないやろ!」モグは拳を握りしめた。


「あ、ああお母さん……!?」僕達が敦子に気を取られている間に、お母さんが起き上がり窓に貼られていたお札を剥がしてしまった。


「お母はん!何をすんねん!」慌ててモグがお母さんを窓際から乱暴に引き戻すが、時は遅し窓ガラスを破壊して敦子が部屋の中に突入してきた。


「こういうこともあるかと思って、その母親に暗示をかけておいたのよ。私の念じた事をやるようにね!」敦子はこの世の物とは思えない下劣な笑い顔を見せた。そこにはあの可愛い少女の笑顔の欠片もなかった。


「モグ!」ガクガクと足が震える。


 僕の目の前でモグと敦子の闘いが繰り広げられる。ほぼ互角のように見えるが、わずかに敦子の力が勝っているようであった。


「お前!そんな力を身に付けるのに一体何人喰らってきたんや!」モグの頬に切り傷が出来ていた。そこから赤い鮮血が流れている。


「そんなの忘れたわ。あなたも大したものよ。その力、百年位生きている猫又の力かしら」


「アホ抜かせ!俺は永遠の十七才やって何べんも言うとるやろが!」モグが殴りかかった。


「モグ!」僕の体を羽交い締めするものがいる。それはお母さんだった。まだ敦子に操られているようであった。


「くそ!」モグは苦虫を噛み締めるような顔をした。


「お母さん!放して!お母さん!」お母さんの目には何も映っていないようであった。


「ふふふ、このままゆうちゃんの魂は私が頂くわ」敦子はあっという間に僕の側に近づくと、僕の顎を右手で持ち上げてニヤリと笑った。


「やめろ!!!!」モグの声が部屋の中を響き渡った。


 外ではクライマックスを迎えた花火大会が激しい連発打ち上げの音を響かせていた。



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