13 二人の夜 二




 汐見しおみからノートパソコンと筆記用具を借りて、景史けいしは徹夜覚悟で調べものをしていた。


 自分が体験したことや汐見から聞いた話をノートにまとめ、ネットで見つけた情報もいくつかまとめた。汐見には「パソコンにはメモ帳とかあるんだし、紙のノートはいらないんじゃない」と言われたが、こうしてノートに記した方が考え事をするにはちょうどいい。


 そういえば、「見られても困るものないし貸してもいいけど、変なサイトとか開いてウイルスに感染とかさせないでよ。私、あんまりパソコン得意じゃないからそういうのよく分からないし」とパソコンを借りる際に彼女は言っていて、実際デスクトップ上のアイコンも少なく、調べもの以外には利用していないのが見てとれた。


 その調べものだが、ブラウザにブックマークしてあるいくつかのページに気になるものがあった。というか、彼女が自分で登録したのだろうそれらの記事全てに目を通すことになった。プライベートを覗くつもりはなかったが、調べていたらそこに行き着いたのだ。


 景史が調べていたのは異象いしょう対策特務機関や鬼などに代表される異象そのもの、そしてそれらの関わった事件、中でも一年前に自分も巻き込まれた一件についてだ。

 以前にも一年前の事件については自分で調べたことがあったが、改めて検索してみると、表示したページがブックマークに登録されていることに気付いた。そんなことが何度かあり、思い切って見てみたらどうだ。彼女も同様の調べものをしていたらしいことが分かった。


 もしかすると、それこそ彼女が協力を申し出てくれた理由なのかもしれない。彼女も一年前に起こった何かについて知りたい事情があるのかもしれない。たとえば、この家。彼女が一人で暮らしていること。亡くなったという両親。考え過ぎだろうか。


「…………」


 あんまり踏み込むべきではないかもしれない。少なくとも、彼女が自分から打ち明けてくれるまでは、勝手に詮索すべきではないと思う。


 それより今は集めた情報を自分の中でまとめてみよう。とはいってもほとんど既知の情報で、そこに説明が加わったりしたくらいで大した進展はないが、それでも改めて見直してみることで何か発見があるかもしれない。


 たとえば、異象対策特務機関こと異特についてだ。いろんなサイトを見たが、個人が運営するものや公的なニュース記事でも大抵彼らのことを『異特いとく』と呼んでいる点。

 単なる引っ掛かりでしかないが、汐見の話で聞いた異象関係者は組織のことを呼ぶ際、一般のように『異特』ではなく、『機関』と呼んでいるようだ。大したことではない。とは思うのだが……。


「……機関」


 自分の中ではどうしてその呼称が定着しているのだろう?

 思えば汐見が鬼に襲われて、教師たちに通報を促した時もそうだ。あの緊急時に、自分はどうして『機関に通報を』なんて。対応としては正解だったはずだし、一年前に被害に遭った身なのだからそういう反応をしてもおかしくないと自分を納得させられはするが。


 それでもう一度、記憶を失う前の自分を、穏原おだわら景史を見直してみようと思った。もしかすると、今のこの状況と、一年前の事件には何かつながりがあるのかもしれない、と。


 だが退院してからすぐそうした時と変わらず、一年前にこの街で起こった事件についての詳細な情報は得られなかった。事件の現場や被害者の数などは公表されているのだが、具体的に何が起こってどうなったのかは伏せられているのだ。異象。その一言で片づけられているといってもいい。


 その件に関していろいろ抗議もあったようだが、それに対する回答もあまり明瞭ではない。鬼の出現の影響による集団への肉体的、精神的な悪影響による被害拡大、同時多発的に複数の鬼が出現したことによるパニック等々……正直あまりピンとこない。難しい論文でも読んでいるかのようで、本当に知りたい『実際何が起こったのか』の内容についてはぼかしているかのような印象を受けた。


 鬼の発現を目にしたばかりだから、当事者でさえ何が原因でどうなったかがよく呑み込めないというのは分かる。でも機関ならもっと詳しく原因特定することができなかったのだろうか。


 視点を変えてみて、当事者たちにあたってみることにしたのだが、こちらもあまり成果はなかった。被害に遭ったものの無事だった人々が自身のブログなどにその時のことを書き込んでいて、そういう記事を遡っていくと当時の混乱がよく伝わってきた。でもそれだけだ。当事者といってもそもそも鬼には視える人とそうでない人がいて、視える人は突然現れた化け物を見て混乱していたり、視えない人は鬼の起こすポルターガイストのような破壊現象に戸惑い怯えていた。そして人々が逃げまどいパニックが起こったことが分かった。まあブログなどの記事は事件後すぐのものもあったが、個人の記憶に依るところも大きく全てをうのみには出来ない。いずれにしろ、事件の中心についてはいまひとつ手が届かない。


 いったん一年前の件から切り上げて、今度は機関自体について調べてみた。その成り立ちやら組織図、一般の個人による機関に関する記事や異象に遭遇したという情報などなど。こちらは意外にも機関が公式のホームページをもっていて、代表者の名前など何やらいろいろ載っていた。準機関員についてもそこで知った。


 中でも驚いたのは、彼らの持つ刀に関する公式発表だ。

 あれは『延肢刀えんしとう』と呼ばれる特注の刀剣で、機関の人間にしか扱えない仕様となっている。また、延肢刀を用いなければ鬼をはじめとした物理的な肉体をもたない霊的存在に対処することは難しい。

 鬼にダメージを与えるには鬼に対する敵意、戦意のようなものをぶつける必要があり、これは銃などよりも素手やナイフなど直接的な手段の方が効果的で、延肢刀はそうした想念を効率よく伝達する機能を持っている。延肢刀はその名が意味する通り、腕や脚の延長線上のものとして使用者の想念を伝えるものらしい。


 これだけ読むと一般人でも鬼に対抗することが出来るかもしれないなんて勘違いしてしまいそうだが、この想念というやつが厄介なもので、鬼に対して有効打となりえるには鬼や異象などを構成している〝想気〟なるものを扱う想術の素養が必要になる。想気はひとの想念に応じて異象を引き起こすが、これを鬼退治等に用いるのが想術であり、機関の人間はみなこの想術の才能を持っている。さらにいえば、延肢刀はその想術を補助する機能もあるらしく、いわば魔法使いでいうところの杖のような役割を担っている。


 汐見を助けたヤワタリイツギもこれで機関の人間である可能性が高まった。鬼を退治した時に使った道具がまとっていたという青い光、それこそ可視化した想気だろう。彼には鬼を倒せるだけの想術の才能と技術がある。


 個人の想術研究ページに目を通してみたところ、あの姿が見えないやつも想術に一種で、『隠形おんぎょう』と呼ばれるものらしい。もとは闇に紛れるために黒い服を着たりといった、集団や環境に溶け込む技法だったそうだが、機関はこれを想術によって例の通りのステルス効果にまで昇華させた。


 想術以外にも、機関のページには「これは異象かと思ったら」という相談ページがあり、一瞬いまの自分の状況を匿名で相談してみようかなどという考えも浮かんだが、汐見との話し合いの末、機関には頼らない、彼らのことは信用できないという結論に至った。抜け駆けみたいなことはやめておいた方がいいだろう。


 ひとまず、機関や想術についてはこれくらいにしておいた。でもまだ今後彼らと出くわした時のために知っておいた方がいいことはたくさんある。本腰を入れて調べたいところだ。ただそうなると時間を喰うと思うので今は後回し。


 次は――まずは他に気になること、特に検索して何もなければとりあえず保留に出来るような、断片的な情報について簡単に調べてみることにした。



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