第17話

 神社の前まで来ると神狐はフフンと気取って胸を張り、参道の横に腰を落ち着けてこう言った。

主人あるじ、巫女をお連れいたしました。おや!月詠様、ご機嫌麗しゅうございます。」

 神狐が勿体ぶって話すのをめんどくさいなぁと思いながらキョロキョロ辺りを見回していたのだが、最後の言葉に神狐の視線の先を探った。


 風がクルリと渦を巻いて、人影がふたつ現れた。図らずも自分の望んでいた状況が目の前に急に差し出されたことに目を見開いた。すぐに月詠に相談を持ちかけたいが、はやる気持ちを抑えなければと思い留まる。

 人影の一つは月詠、もう一つは知らない女性だった。初対面の人を挟んで内輪話をするのはお行儀が悪い。もどかしいが、多分、いや絶対今度も神様だし失礼にならないようにしよう。心を落ち着かせる。


 そのひとは、穏やかな微笑みを湛えた美しい女性だった。お伽話に出てくる天女そのものだ。たっぷりと余裕のある衣は細やかな装飾で彩られ、優雅さを見せながら、風にふわりと浮きそうな軽やかさである。どこかで見たことがあるように思うが、もちろん知人ではない。


(えー、七夕の織姫?うーん、なんかちょっと違う。こう、拝むとご利益のありそうな)

「織姫は寧ろ…ふふ。」

 こちらが考えていることがわかるのだろう、その女性はクリクリとした愛らしい瞳でももの顔を見つめると、満面の笑みを浮かべて話しだした。


「あぁ、お懐かしい」

 女性はフワフワと衣の裾を揺らしながら、こちらへそっと歩み寄った。豊かな栗色の長髪が、動きに合わせてふわりとなびく。


 神狐が気取って声を張り上げる。

「ももさん、我が主人がお出ましで在られます、頭を垂れて礼をとり」

「もも、来てくださってありがとう。わたくしは宇迦うかと申します。」

 高く持ち上げた鼻先がプルプルしているが、神狐はそのまま静かになった。宇迦と名乗ったその女性はこちらの手をそっと取り、愛おしげにひと撫でした。ふんわりと甘い香りに包まれて、ほっと心が安らいだ。

「… だこと」

 俯きがちに重ねた手をじっと見て、宇迦さまは何か囁いた。


「…うかさま、でいいですか?」

 宇迦さまはパッと顔を上げて笑った。

「あら…もちろん。ふふ、昔が偲ばれますわ。」

「はぁ。」

 百襲の姫もそう呼んでいたという意味なのだろう。


「なあ、宇迦。面白いだろう。」

 月詠はニコニコしてそばにやってきた。宇迦さまは月詠に真っ直ぐに振り返って、にっこりと微笑む。



 よくわからないけれど、宇迦さまが自分と会えて喜んでくれているらしいことを、自分も嬉しいと思った。触れ合った手やその佇まいから、宇迦さまが自分に何かしら喜びを与えてくれる存在であることを、ぼんやりと悟った。


 その時、神狐が今だとばかりに再び気取って話しだした。

「ももさん、我が主人、宇迦御魂尊は恐れ多くも人間共にとってかけがえのない御方です。命の源である食物の」

「わたくし元々は稲の神として祀られていたんですけれども、今は結構いろいろ祀られていますのよ〜お稲荷さんって呼ばれることも多いですわ。」

「お稲荷さま!?」

 急に親近感を覚える名詞が出てきて理解が進むものの、目の前の美女と、稲荷というイメージの差が大きくて虚を突かれた気分であった。


(お稲荷さま、おいなりさん…お寿司の?)


 キェェェッと神弧が雄叫びをあげるが、宇迦さまはコロコロと笑って言った。

「そう、稲荷寿司のお稲荷さんですの。」

「あ…私の心の中って、やっぱりわかるんですね…」

 恥ずかしさのあまり、下を向いた。

「あっ…仕方ありませんわ、巫女の体質なのに何も教わってこなかったのですもの。ももが望むのならお手伝いして差し上げたいですけれども…」

 宇迦さまはそこで口籠って、月詠の方を振り向いた。つられて月詠を見る。


 月詠はにこやかに宇迦さまに応えた。

「今日はその話がしたくて来てもらった。どうやらももにも悪い話じゃ無さそうで安心しているところだ。」





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