40 剣聖の落とし物
夜はにぎわっているが、昼は静かな裏通り。多くの娼館や奴隷館、裏市場などが並ぶメナンカートの裏通りを昼から駆け回る1人の男がいた。
その男の名はサイカ=グラン、世界に数人しかいないSランク冒険者であり、剣聖という二つ名がつけられるほどの剣の達人である。彼の戦闘方法を習得するべく、彼に弟子入りしたものは数多い。しかし、今はふらふらと世界を放浪していてまともに稽古をつけないため、一部の弟子たちからは嫌われているようです。
さて、そんな凄腕の冒険者がなぜ、メナンカートの裏通りを日が出ているうちから駆け回っているのか。それは彼の恰好を見れば一目瞭然です。
剣聖の証ともいえる、魔剣ゼルドラド、銀装フェルナンドがありません。
どちらもこの世に一つしかないオリジナルアイテムであり、とても強力な能力、そしてその派手な外観から剣聖を形作っている重要なものと言えるでしょう。実際、街の小さな子供に剣聖を書いてみて、と言ったら魔剣ゼルドラド、そして銀装フェルナンドを書くだけで肝心のサイカの顔は適当です。それほどの重要なものがありませんが、いったいどうしたのでしょうか。
剣聖サイカ=グランはとある娼館の前で立ち止まります。
「リンリンちゃん!リンリンちゃんはどこだ!」
剣聖は慌てた様子でとある女の名前を叫ぶ。
「ちょっとお客さん、まだ店は開いてませんよ。さぁさぁ早くかえ」
店のボディーガードらしき人に止められるが、剣聖は『瞬歩』を使って店の中に入っていく。
「え、今あいつどうやって。」
ちなみにいうが、魔剣と銀装のない剣聖は、剣聖と気づかれないのだ。
「リンリンちゃん!」
そこは娼婦の待機部屋だった。中には娼婦がたくさんいたが、剣聖が探していた娼婦の姿はどこにもなかった。
「ねぇお姉さんたち、リンリンちゃんって人どこにいるかわかる?」
娼婦の1人が口を開く。
「リンリン?昨日急にやめたよ。なんか~、もうお金に困らなくなるから働かなくていい~みたいなこといってたわね。」
剣聖はそれを聞いて焦った。つまり、剣聖の魔剣と銀装はリンリンという娼婦に盗まれてそれを売りに出そうとしているということだ。そして最悪なことにここは海岸貿易国ポーラルの首都メナンカート街。様々な商品が行き来するため、魔剣と銀装がもし他国にわたってしまえば探すのは困難であろう。まだこの街にあることを祈りながら剣聖は裏市場を駆け回る。
たくさんのものが売られている裏市場。そこは今日も怪しい人たちであふれている。剣聖はその人込みをかき分けていく。すると、探していた女らしき人物を見つけて近くまで駆け寄り話しかける。
「リンリンちゃん!探したよリンリンちゃん!」
「…!」
女は剣聖に気づくと逃げ出したのだ。しかし剣聖は『瞬歩』を使い、女を止まらせた。
「ねぇリンリンちゃん、僕の愛剣と銀装、どこにあるのかな?」
「し、知らない、知らないわ!」
「とぼけないで。俺は極力女の子に暴力は振るいたくないんだ。」
「売った!もう売ったわ!どっちも売ったわ!」
「同じ冒険者が買ったのか?」
「そんなわけないでしょ!あんな高いもの、別々の冒険者が買っていったわ!」
「…うーん、そりゃ困ったな。その冒険者さんたち、死んでないといいんだけど。」
「ははは!とんでもねぇ魔力を感じると思ったら裏市でこの魔剣を手に入れられるなんてな!」
「ねぇ、そんな高いもの買っちゃってよかったの?私たちの財産もうゼロじゃない。」
「馬鹿いえ、こんな強い魔剣さえあればどんな魔物でも倒せる自信がある。」
「その魔剣、どこかで見たことあるような気がするが?」
魔剣を持った冒険者、そしてそのパーティが裏市場を歩いていた。
そこへ剣聖がやってくる。
「ふぅー!人混みが多いと魔力探知するの大変だな。」
「な、なんだ貴様は!」
「俺?俺のことわかんない?やっぱゼルドラドとフェルナンドがないとわかんないのか。」
「…おい待て、こいつ剣聖サイカ=グランだぞ。」
「その通り、その剣、実は俺のなんだ。返してくれない?」
「ちょっとまって!じゃあこの魔剣ってもしかして、あのゼルドラド!?」
「へへ、こりゃあ相当の当たりじゃねぇか。残念だったな剣聖、これは俺が買ったものなんだ。」
「うーん、それ言われると苦しいんだよね。フェルナンドに金とか収納してるから払えないんだよねぇ。」
「よくわかんねぇが、この魔剣さえあればもう何も怖くねぇ。いくら積まれたって返す気はないぞ。」
「そっかぁ、じゃあ力づくで返してもらわないとなぁ。」
「ここで死ね剣聖!!!『空間断絶(ディヴァインド)』!!!」
空間断絶。それは魔剣ゼルドラドのみ繰り出すことのできる超位スキルである。斬撃を遠距離まで飛ばすことのできる魔剣ゼルドラドは、その斬撃で空間をも引き裂くことが可能である。その斬撃に触れたら最後、空間ごと引き裂かれて死んでしまうという。しかし、それはあくまで魔剣の使用者しだいである。大した強さのないものが魔剣を使えば、滅んでしまう。そして魔剣ゼルドラドを手にしたこの冒険者も同じである。
「あぁ、そりゃだめだよ。」
「な、なな…。」
『空間断絶(ディヴァインド)』を使おうとした冒険者はみるみると圧縮されてしまい、無空間へと消えて行ってしまった。冒険者が立っていたところには魔剣ゼルドラドと冒険者の血痕のみが残っていた。
「俺は素直に返せって言ったんだからね?お金も返すって。じゃあ、これは返してもらうね。」
「あーやっぱりこうなるか。」
メナンカートから少し離れた山の中で銀装フェルナンドは落ちていた。銀装フェルナンドの能力は『存在剥離』。使用者の透明化、その間の物理攻撃遮断というすさまじい能力である。しかし、これもまた魔剣ゼルドラドと同じで生半可なものが使えば大変なことになる。力のないものがフェルナンドの『存在剥離』を使ってしまえば、使用者の存在は完璧に消滅してしまう。つまりは死である。
「いやぁ…俺のミスで二人の冒険者が死んじゃったな。今後気をつけよっと。」
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